12-2 イザークの決断
「やっぱり、何も聞こえないわね。」艦長室の扉に耳を当てたルナに、
「聞こえる訳ねぇだろ。」
あきれたような声をシンは返した。
「何よ、あんただって興味があるでしょ?
なんでアスハ代表がメンデルにいたのか。
遭難して一時避難していたなんて、信じられる?」“絶対に何かあるわよ”そう呟いて、
ルナはシンに並ぶように扉に背を預けた。
好奇心に目を光らせるルナを横目に
シンは腕を組んだまま溜息をついた。――“何か”、ねぇ・・・。
アスハに何があったとしても、
自分には関係の無いことだ。
嘗てオーブを捨て、オーブを焼き、終戦を迎えて。
今はあの時のような憎しみは無い。でも、アスハを見ると、
言葉では形容し難い感情が燻ぶるのも、事実だった。
そんな自分に苛立つ。――もう決着をつけたんだ、
そうだろう?そう言い聞かせても収まらない、
だからシンは扉の前から動けなかった。
「こっからは、俺から話すわ。」
飄々と前に出たムゥの意図なんて分かっている。
ここでの会話はプラント本国へ報告される可能性がある。
故に、国家元首であるカガリの言葉にかかる責任は重すぎる、
それをかばうために、ムゥは前に出たのだ。「ムゥっ!いいって!」
「まぁまぁ、細かいことは部下が説明するもんだろぅ?」こんな時までおどけてみせる、
何処までも優しいムゥをカガリは遮った。「いいんだ、
だって奴らの狙いはっ。」
「だけど、カガリは途中から記憶が飛んでるんだろ?」
「だがっ!」「やかましいっ!」
そんなムゥとカガリのやり取りにイザークの喝が飛び
室内に静けさが落ちる。
口を開いたのはディアッカだった。「安心しなって、
録音なんてしてないし、報告書を作るのはどうせ俺だし。
それに。」続く言葉はイザークが引き継いだ。
「Freedom trailを、知っている。」
カガリはイザークの言葉に驚くことは無く、
むしろ思考が澄み渡るように理解した。
きっと、アスランとラクスのことだ、
2人には真実を伝えたのだろう。彼らは全てを知った上で、このメンデルを調査しているのだ。
プラントを護ることは
Freedom trailを実現することだけではない、と。嘗てこの研究室で、無数の命を犠牲にしてまで
コーディネーターの自由へと手を伸ばした者たちがいた。
あれから時が経ち、今でも明確な解決の時を見ず、
コーディネーターの未来への橋は断絶されたままだ。
声に出さずとも、コーディネーターは誰もが抱えているのだ、
未来が断たれた哀しみを。
英知と労苦を注いでもなお掴めぬ自由への憤りを。
確実に聞こえる、終焉の靴音への絶望を。例えFreedom trailが、コーディネーターの未来をつなぐ
現存する唯一の道だとしても、
イザークとディアッカは
それを選ばなかった。何が彼らをそうさせたのか、
そんなこと問わずとも、
今、目の前の2人の眼差しが雄弁に語っている。
コーディネーターとしての、誇りを。――なんて、気高く、美しいのだろう。
強く尊い光を見るようにカガリは目を細め、
苦しい程に胸が詰まった。彼らが護ろうとしているものは
プラントだけでは無い。――私と同じだ。
国と人種は違っても。
彼らは世界を護ろうとしている。カガリはゆっくりと呼吸を置くと、
イザークとディアッカを見た。
不純物が一切取り除かれたように静まり返った空気に、
カガリの声が真直ぐに響いた。「私は、メンデルで生まれた。
スーパーコーディネーターを創り出すために生まれた
命の一つだ。」奥行きを帯びた響きには
確かな覚悟が見える。「それを、奴等は
知っている。」カガリの言葉に、
イザークとディアッカに驚きは見られなかった。
むしろ、彼らの思考は冷たく澄んでいった。
カガリの言葉をきっかけに
仮説が一つひとつ現実の色を帯びていく。
それならば、全てに説明がつくと。「シャトルを襲撃した者たちの狙いは、
アスハ代表ではなく、私だ。」アスハ代表の暗殺もしくは拉致が目的であったとすれば、
こんな手の込んだ作戦を選ばないだろう。
一息にシャトルを爆破するか、
シャトルをジャックし、カガリと対峙した時点で負傷させ、連れ去ることだって出来た筈だ。
しかし、彼らはカガリに銃は向けても身体を狙わなかった。
むしろ、傷つけることを恐れているようにさえ見えた。「彼らは、アスハ代表を暗殺し、
世界情勢の撹乱を画策したのではない。
真の狙いは、私の遺伝子だ。」奴等は知っている。
Freedom trailの存在も、
キラとカガリの真実も。「キラの双子である、
私の遺伝子だ。」
程無くして、ジュール隊はコンファレンスルームに集合が掛けられた。
もちろんシンやルナも例外ではなく、最低限の配置を除く者たちが詰めかけ
席は全て埋まりその周りを立ち見の者たちがぐるりと囲った。
彼らの関心は一点に集中していた。上座の扉が開き、イザーク、ディアッカに続いてカガリが入室した時、
一瞬にして室内に驚きと興奮が広がった。
その様子に、シンは何処か他人事のように思う、
アスハ代表は思いの外コーディネーターに好かれているのだと。「静かにしろ。」
壇上に上がったイザークの一声で、凍りついたように静まるのは
それだけジュール隊の統制がとれているからである。
興奮の息使いを残して口をつぐんだ部屋に、
イザークの声が淡々と響いた。「本日、この者たち2名をメンデル内部で保護した。
この者たちは自らをカガリ・ユラ・アスハ、ムゥ・ラ・フラガと名乗り
MS2機で遭難中、一時避難のためメンデルに滞在していたと供述している。」シンは違和感を嗅ぎ付け、
微かに表情を歪める。
イザークは何を言おうとしている――「だが、ここでアスハ代表と遭遇する可能性は到底信じ難いことであり、
しかし、それが真実であれば、
丁重に保護し無事オーブまで送り届ける責務が我々にはある。」妥当な言葉の響きに混じる意図。
それがシンの思考をゆっくりと歪めていく。「現段階では彼らの言葉が真実であると断定することは出来ない。
所持していたID,パスともに本物であると判断したいところだが
現状では慎重に判断せざるを得ない。」――まさか・・・っ!
「我々は彼らを一個人として保護し、
また、身分が証明されない以上、監視下に置くこととする。
よって、ジュール隊はこれまで通り任務を続行し、
メンデル離脱後、オーブ軍に通告することとする。」歓声と共に拍手が沸き起こる中、
シンは拳を握りしめていた。
納得が出来なかった、
目の前の女がカガリ・ユラ・アスハであることは火を見るように明らかであるのに、
何故、断定を避け、
何故、任務に同行させるのか。
しかも、プラントの国民にさえ秘匿されているメンデル再調査という任務に。――さっさと送り返せばいいだろう、オーブに!
イザークの決定により、確実に1週間近くは同じ艦で生活することになる。
この空間に、視界の何処かにカガリがいる。――なんなんだよっ!
シンの苛立ちの本当の根源は、
理屈とはかけ離れた場所にあった。
アスハと、同じ場所に居たくなかった。「・・・シン・・・。」
想いやるようなルナの視線にも気づかずに
シンはコンファレンスルームを後にした。
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