12-1 再会





息を整えた深紅の瞳が射抜く。
無言で問う、
お前は本当にカガリ・ユラ・アスハなのかと。

報告で受けた遭難地点とはかけ離れたこの場所に、
それもプラントの機密の塊である廃棄コロニーであるメンデルに
彼女がいるなんて、幻覚だと言われた方が納得できる。

もしも、目の前の彼女が偽者だとしたら、
何者かによって仕掛けられた罠だとしか考えられない。

だが、
偽りの無い真直ぐな瞳がこちらを向いている。
反射的に顔が歪む、
そう、この瞳が嫌いなんだと
無意識の自らの反応が証明していた、
彼女はカガリ・ユラ・アスハだと。

 

カガリは研究室の扉の方へと歩み出した。

「おい、何処へ行くんだよ。」

ぶっきらぼうな言葉の端から薫る優しさに目を細め、
カガリは振り返った。

「乗ってきた機体まで案内する。
その後でいい、イザークの元へ連れて行ってくれないか。
私達の事情はそこで詳しく説明する。」

「私達、ってことは
他に・・・?」

「あぁ、ムゥも一緒だ。」

前を向いたカガリは
決して振り返らず
意識さえ向けずに
ただ出口の方へと歩みを進めた。

ケイの存在を
シンに知らせてはいけない。
二人が出会えば、
間違いなく争いが起きる。
あの小さな手は
躊躇いなく引き金を引く。
仲間では無い、
それだけで敵の条件を満たす、
今のケイにとっては。

その選択が
どれほど哀しいものなのか、
ケイはそれすら知らないのだ。

歪んだ瞳を瞬きで隠して
カガリは歩みを緩めず前に進んだ。

後からついてこない足音に不安が走る、
だがそんな感情をあっさりと押し込んで
至極自然に振り返った。

「シン、置いてくぞ?」

腰に手を置き軽く首を傾ける、
そんなカガリの仕草ひとつで
シンの苛立ちは沸点に達する。
カガリは視線を残すように向き直ると、
扉に手をかけ廊下へと姿を消した。

「ったく。
置いてかれて
困るのはどっちだよっ。」

シンは吐き捨てるように呟くと
カガリの後を追った。
その背後の小さな視線には気付かずに。

 

 

「あ、ムゥか?
助かったぞ!シンがいたんだ!」

廊下に響く弾んだ声。
この緊急事態とはかけ離れた明るさに
シンは頭を抱えたくなった。
研究室で顔を合わせて数分の間に
随分振り回された気分だった。

「え?ディアッカと合流したのか?
そっか、良かった!」

込み上がった溜息をシンは飲む込む、
ひまわりのような笑顔がこちらを向いたのだ。

「シンっ!
ムゥも無事だった!」

一瞬、風を感じた。
懐かしい、常夏の風を。

「・・・あっそ。」

シンは俯き加減で横を向いた。
どんな顔をしていいのか分からなくなった、
そんなこと、絶対にアスハに気付かれないように。

 

 

思わぬ来客に、
ジュール隊の艦にざわめきが走ったことは言うまでも無い。
ルナは思わず手に持ったPCを落としそうになった。
驚かずにいられるだろうか、
ソフィアからの帰路で行方不明になったと報告されていたアスハ代表が
目の前を歩いているのだ。
凛々しくも朗らかな笑みを浮かべて。
カガリとムゥを先導するように歩くディアッカ、
そして最後尾に着けているのは――

居てもたってもいられずにルナは駆け出した。

「ちょっと、シンっ」

ルナは小声ながらもとがった声を上げ、肘でつついた。
するとシンは面倒くさそうに髪をふり、

「んだよっ。」

瞳だけルナの方へと向けた。
もともと感情を包み隠さない性格のルナは
驚きをそのままに声だけ潜めて問うた。

「どうなってるのよ。
なんで、アスハ代表がここに――」

「不思議だよな。」

ルナの問いに応えたのはシンでは無く

「よっ。久しぶりだな。」

前方を歩いていた…筈だったカガリだった。
軽やかにルナの前に出て手を差し出している。

あっけに取られたルナは

「どうも・・・。」

良く分からない返事をしながらも握手を交わした。
根本的な問いは抜きにして状況判断で体が動くところは流石だ。

「あんた、イザークの所へ行くんじゃなかったのか?」

ぶっきらぼうに言い放つシンに

「ちょっと、アスハ代表に失礼でしょ!」

飛ぶような声でルナは咎めたが、

「カガリだ。そう呼んでくれよな。」

当の本人から返ってきた言葉に
瞬間的に返した言葉は

「呼べません!」
「呼ぶかっ!」

そのままシンと重なって
あまりに息の合った二人にカガリは噴き出した。
涙目を手の甲で抑える、何気ない彼女の姿は
自然から萌える息吹のような輝きに見えて
一瞬ルナの息が止まる。
何だろう、この感覚は。

「いつか呼んでくれよな。」

そう言ってカガリは前を向き直ったが
ひまわりのような笑顔がルナの胸に残った。
微かな、
決して不快ではない、
違和感を残して。

 

 

「到底信じられんな。」

腕を組んだまま、イザークは冷涼な眼差しを向けた。
カガリとムゥが通されたのは艦長室だった。
極端に物が少ないこの部屋は無機質と言うよりイザークらしかった。
何気なく部屋へと目を向けると、ディアッカと目が合い
軽く手を上げる仕草も彼らしく、居心地の良さを感じた。
そうか、とカガリは思う。
私は心細かったんだ、と。
そんな当たり前の感覚は極限の状態の中で、
身を護るように堅く小さくなっていたのだと。
それが、こうして戦友に会えるだけで解放されていく。

何故だか嬉しそうにも見えるカガリの表情に、
イザークは理解不能とばかりに溜息を漏らした。
仮にカガリとムゥの言うとおり、航行中に遭難したとしても
ソフィアと地球を結ぶ航路からこのメンデルは離れ過ぎている。
いくら方向を失ったとはいえ、
戦闘後の機体では、メンデルに到着する前に燃料が切れる可能性が高い。

――それも、量産型のカプルとボルジャーノンだぞ、
   在り得ないだろ・・・。

だとすれば、カガリとムゥが航路を外れたのではなく
もともと外れていたと考える方が妥当だ。
だが、

――ソフィアのシャトルが航路を外れたことに
  誰も気づかなかったと言うのか・・・?

オーブも、
そしてソフィアも。

アスハ代表が遭難し、さらに命を落とせば
単なる国際問題の範疇では済まされない。
この情勢を見れば一気に戦争に突入してもおかしくない。

――それが分からなかったソフィアではあるまい。

イザークの脳裏にカミュ・ハルキアスの顔が浮かび

「しょうがないだろ、事実なんだから。」

頭の中のカミュが勝手にしゃべりだし
音声だけが現実として鼓膜を震わせた。
目の前のカガリとカミュが重なって見えてきて
イザークの表情が一層険しくなった。

「間違いないぜ。」

息を吐き出すように言った後、
ムゥは一気に言葉を続けた。

「俺たちのシャトルは確かに航路の上を順調に進んで、敵と遭遇。
俺とカガリは交戦後、爆風に吹き飛ばされて遭難した。
メンデル付近の空域に漂っていていたカガリと合流し、
一時メンデルに避難していたって訳。」

どこか空虚に響く声には、ムゥの胸の内が現れていたからだろう。
そう、全ては“表向き”の話なのだ。
真実は、まだ見えない所にある。
まるで雲に隠れたように。

その雲を突破する、一つの可能性。
それはここでカガリと遭遇することと同程度、信じがたい事だが
同じ考えがイザークとディアッカの頭に浮かんでいた。
そう、それはアスランが導き出した答えと一致していた。
今は製造、所有ともに禁止されている情報兵器、ネビュラ。

イザークはカガリの瞳の奥、
彼女が見てきた宇宙を見るように問うた。

「航行中、星雲が視界に入ったか?」

唐突なイザークの問いの中にカガリは何かを感じ取ったが、
記憶と結びつかず小さく首を振った。
戦闘した空域を離脱してから、
いや、どうやって離脱したのかさえ
カガリは覚えていなかったのだ。
パトリック・ザラの声以外、何も。

「あとは、ガスみたいなの、とか?」

ディアッカが言葉を加えると
ムゥは記憶を辿るように答えた。

「星雲・・・ではないが、ごく薄いガスのような空域はあったぜ。
って、おいっ、まさか・・・。」

ムゥは自分の言葉で引き出された答えに息を飲み、
同時に頭の中では冷静に納得していた。
航路にネビュラが散布されていたとしたら、
確かにつじつまが合う。

「ネビュラが使われていたと、そう言いたいのか。」

カガリの眼光に鋭さが増す。
プラントと連合、そしてオーブも、ネビュラの除去に尽力してきた、
その経緯を知っているからこそ、信じたくなかったのだ。
あれほど犠牲を出したネビュラを、
平和のためにナチュラルとコーディネーターが力を合わせ根絶させたネビュラを
再び散布した者がいることを。

ディアッカは可能性を飄々と告げた。

「ソフィアと地球を結ぶ航路に、ごく微量のネビュラが散布されていた。
シャトルは航路を外れたことに気付かず、敵が張っていた網に掛った。」

そう考える方が自然なことに思える。

「計画的な犯行だな、プラントだって気付かなかった。
奴等は、あんたらが乗ったシャトルを襲撃するポイントはもちろん
退路を断つために広範囲にネビュラを散布したんだろうよ。」

ディアッカは可能性を結び、
“やっかいだな”と呟いた。
ムゥはディアッカの仮説を受けて、思案する。

「確かに、離脱した後、カガリとなかなか通信が繋がらなかったし、
突然ディスプレイに表示された地点が変わったことも説明がつく。」

「でもっ。」

カガリはきつく拳を握りしめた。

「でも、何故ネビュラを使ったっ。」

瞬間、カガリの脳裏に蘇った言葉。
いくつもの光の矢が飛び交う空域で聴いた、敵機の声。

『お前もコーディネーターであれば分かるだろうっ!
どちらに正義があるかっ!!』

『これが自由への軌跡なのだ!
我々は今、その上にいる!』

彼らであれば、
あらゆる手段を排除しないのではないか。
遺伝子に阻まれた
自由を手にするために。

 

「心当たりが、あるんじゃないか。」

イザークの声でカガリは顔を上げた。
冷涼な瞳にあたたかさと厳しさを感じる。
瞳をずらせば、ディアッカも言葉を待ってくれている。

何処まで明かすべきか分からない。
でも、彼らに隠し通すことは出来ない、
いや、彼らには話さなければならない。

カガリの瞳に決意が宿った。


 


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