11-27 足音の主
研究室に入ってきたのは
マキャベリではない。
ムゥでもない。キラにそっくりな髪が一気に逆立つ程
ケイは鋭い眼光で周囲を見渡した。
その様子から、
自分の生まれた場所は
どんな場所でも特別なのだということを、
カガリは感じ取った。
だからケイは迸る様な敵意を剥き出しにして、
剣のような視線で周囲を探っている。――まずいな・・・。
カガリはケイの気持ちも理解できた。
特別な想いがある場所へ、第三者が土足で侵入してきたのだ。
自分がここに来たことをケイが許してくれたことの方が、
きっと不思議なんだと。もし、この場で
あの足音の主とケイが遭遇したら。間違いなく血を見ることになる。
ケイの手を
血で染めることになる。――あの小さな手を・・・。
とっさにカガリはケイの手を掴んだ。
驚いたケイがカガリを見上げた瞬間、
ケイの足ともでガラスが砕ける音がした。真空のように静まり返った研究室に響く音。
――しまった、気付かれるっ。
足音の主の耳に届かぬことを祈り、
耳を凝らすようにカガリは瞳を閉じる。しかし
現実はやはり現実のまま。「誰かいるのかっ!」
鋭利な声と共に、
足音が近づいてくる。気付かれた。
ケイの瞳が鈍やかな色彩に変わる。
まるで息をしていないかのような静かな呼吸、
空気の様な気配。
確実に人の命を奪う方法を、ケイは知っている。
瞬時に対応できる程
ケイの体になじんでいる。
その事実にカガリはどうしようもなく抱きしめた。一瞬何が起きたのか理解できなかったのであろう、
ケイは身動きできず、ただカガリの腕の中で固まっていた。「大丈夫だ。」
「・・・え?・・・。」
「大丈夫、
私が引き付ける。
その間に、マキャベリの元へ行くんだ。」「カガリ?」
見上げれば、ひまわりのような笑顔。
あたたかくて、なつかしい。
暁の光のような瞳に、
沢山の光を浴びてきたのだと、
ケイは漠然と感じた。
ここではない、
地球で、
あの場所で――カガリはケイの額に自らのそれを当てた。
重なる瞳。
互いの色彩を映し合う、
暁と紫黒。
それは夜明けのように溶け合い
新たな色彩を生む。「ケイに会えて良かった。」
一つ、ケイの胸を鼓動が打つ。
何故だろう、そのまま焦げるように胸が熱くなる。
その言葉と共に顔を離し、
立ちあがったカガリの背中にケイが叫ぶ。「カガリ・・・っ!」
詰まったような声は潤みを帯び、
振り返ったカガリの目に映ったのは
崩れたように手を突き、
静かに涙を落とし続けるケイだった。涙をふくよりも
抱きしめたい。カガリはきつくケイを抱きしめ、
涙にぬれた頬を包んで告げた。「また、会おうな。」
残光のように胸に残った
凛とした微笑みが
あたたかく、心地よく、
何処までもケイの心を穏やかにした。後になってケイは気付く、
どうしてあの時
返事を出来なかったのだろうかと。
本当は約束をしたかった、
もう一度会える約束を。
足音は高い天井に重層的に響いて近づいてくる。
確実にこちらの位置を特定しているのだろう。
カガリは慎重な足取りでケイが隠れる実験器具から距離を取り
ホルスターから白銃を取り出すと
構えることなく右腕で突き上げ、
そのまま床に落とした。空気を打つように硬質な音。
そして、沈黙が落ちた。「誰だっ!!」
足音の主は声を荒げ、
カガリの表情に不敵な笑みが浮かぶ。
それは、命を担保にした賭け。カガリはすっと息を吸い込み
凛とした声を響かせた。「武器は捨てた。
お前も銃を下ろせ。」迷い無い声は真直ぐに届く。
加速度を増す足音、
その方向を真直ぐに見詰め、
カガリは祈るように瞼を閉じた。
どうか、ケイが無事であることを。
――来たか。
カガリが瞳を開いた時、
足音の主は急に速度を緩めた。
歩みの乱れは衝撃の証。
カガリは凛々しい微笑みを浮かべた。
迷いの無い瞳に威光が宿る。「私は、オーブ連合首長国代表
カガリ・ユラ・アスハだ。」驚きに息を詰める彼に、
カガリは手を差し伸べた。「久しぶりだな、シン。」
深紅の瞳を開き、言葉を失った彼は酷く無防備に見えた。
状況が飲み込めないのだろう、
それはその筈だとカガリは冷静に頷く。
まさか、メンデルに
行方不明になっているアスハ代表がいるなんて。「シン?」
返事の代わりに
漆黒の髪の隙間から見える瞳から
燃えるような光がぎらついた。
あぁ、シンが目の前に居るんだ
そう思うだけで懐かしさと安堵が広がる。
心のままの穏やかな微笑みが、
シンの苛立ちを加速させた。しかし、いつまでもこうしては居られない。
背後にはケイが身を顰めている、
出来るだけ早くこの場からシンを遠ざけなければならない。
カガリはわざとおどけて小首を傾げた。「どうした、シン。
私は、遭難者だぞ。
早く保護しろよ。」シンは肩を震わせ、
そして絶叫した。「なんであんたが・・・、
ここに居るんだっ!!」
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