11-26 一瞬の自由
ケイの涙の理由を
カガリは知らない。
“キラ”を創るために生まれ
“キラ”になることを強いられ
“キラ”だと証明し続け
“キラ”だと叫び続けた。
“キラ”じゃなくなれば潰える命を
小さな手で護り、廃棄されていく
同じ場所で生まれた命たちを見ながら“キラ”だと叫ぶことで
白く冷たい闇を打ち消し
“キラ”になれると、
大人になったら
自分が“キラ”になるんだと
一心に信じて。そしていつか、
キラと会える日を夢見て。
夢が叶った、あの日。
笑顔をくれると
信じて疑わなかった。しかし、メンデルで遭遇したキラは
ケイに銃口を向け『消えろおぉぉぉ・・・・っ!』
拒絶の言葉と共に放たれた銃弾は
真綿のようなケイの心を撃ち抜いた。
そしてもう一度重なった運命。
ケイの未来であるキラを助け
今度こそ
キラが笑顔をくれると
思ったのに繰り返された拒絶。
放たれた銃弾が
確実に
粉々に
ケイの心を撃ち砕いた。『じゃぁ、死んでいいよ。』
キラなんか、
いらない。だって、
『僕が、キラになる。』
僕が、
僕だけが
本当の“キラ”になれる。僕は遺伝子から
逃げない。それはケイにとって、
生きることを許される
唯一の道だった。
砕かれた心のまま
自ら消し去った夢を置き去りにして
ただ、“キラ”として生きたケイ。果て無い真白い闇の中で
自由の名を持つ漆黒の翼を広げ
戦い続けるケイを、
何も知らないカガリは抱きしめた。『ケイ…』
突然、光に包まれたようなぬくもりを感じて
息が止まった。白い闇に浸し
凍てついた心に『ずっと会いたかったんだぞ、お前に。』
光は
ただまっすぐに
無条件にあたたかく
届いた。――僕も・・・、
ずっとカガリに会いたかった・・・。しかし、心のままに浮かんだ言葉は
硬直した体に阻まれる。この遺伝子を求める大人を
欲望に濡れた手を
数え切れぬほど見てきたから
心が自動的に予防線を引いたのだ。求められる喜びは、
キラ以外の人間には当てはまらない。遺伝子だけが生きることを許される条件であることを理解し
同時に、遺伝子を越えた自分への受容を求める矛盾。
それがケイの中でせめぎ合う。しかし、カガリの想いも声もぬくもりも
あまりに真直ぐだった故に
せめぎあう振幅が振り切れるように
小さな声が零れた。『・・・どうして・・・?』
瞳に広がったのは
いつか地球で見たひまわり様な笑顔。
太陽の匂いがした気がした。『お前が、ケイだからだ。』
笑顔が、重なる。
想い描き続けたキラの笑顔と。
ずっとほしかったんだ。――僕を、
僕として・・・。溶けだした心は瞳から溢れ
柔らかな頬を音も無く伝い
それを皮切りとして凍てついた感情が決壊した。いや、
本当はケイ自ら
感情を解き放ったのだ。今、あなたか
ここにいること。
出会い、
共に生きていること。
ケイの全てを喜びとして受け止める
カガリの受容が、
ケイに自由をもたらした。ありのままに
生きる自由を。今、この瞬間だけ――
研究室に響く
感情を吐き出す声と息使い。
それを静かに抱きしめる。言葉は無く
会話は成立しなくても、
ただ共にあるだけで
心が通い合うことが分かった。いつしか、ケイの呼吸はオーブの波のように穏やかになり、
カガリはそっと顔を離した。「泣き虫なところもそっくりだな。」
「えっ・・・。」
幾筋の涙を受けた目元も頬も赤く染まり
無防備な表情で見上げるケイにカガリの笑みが深まる。
未来はなんて愛おしいんだろう。
心からそう思う。「アスランが心配していた、
ケイはどうしているだろうかと。」「アスランっ!」
飛び跳ねるようにケイはカガリに詰め寄った。
「ねっ、アスランは、元気なのっ?」
必死に問うケイに、カガリはたおやかな笑みで頷いた。
「あぁ、元気だぞ。」
すっるとケイは人懐っこい笑みを浮かべ
よっぽど安堵したのだろう
小さな手を胸に当てて溜息をついた。
そんな仕草にカガリは笑みを深めた。「アスランが言っていた、
ケイは優しい子だって。
本当だな。」カガリの声に、過去が斑む。
『・・・ケイは優しいな・・・。』
アスランの声が、ワンテンポずれて重なる――
あれは、メンデルでアスランと出会った時。
コックピットの画面の向こう。
『ケイは優しいな。』
血が滲み蒼白の表情でに浮かぶ
何処までも優しい微笑み。そう、あの時、
アスランが僕にくれた言葉。その瞬間、
記憶はケイの心を一瞬にして凍結させる。『ケイは優しいな。
キラと同じだ。』――キ・・・ラ・・・
「・・・キラとは違う・・・。」
突然落ちたケイの呟き。
さっきまで体全体からあふれていた感情は一瞬にして消えた。
何かおかしい、
理由を求めるカガリを置き去りにして
ケイの優秀すぎる情報処理能力が一気に加速する。――遺伝子から逃げた
キラとは違う。「違う・・・。」
――キラはいらない。
――僕がキラになる。
厚い雲が太陽を隠すように
瞳から光が消え、
いくら待っても戻る気配は無く
触れた肩が急速に温度を失っていくように感じた。何かは分からないが、
きっと今動かなければ手遅れになる。
そう判断したカガリは強くケイの肩を揺らした。「ケイ、どうした。」
静かに、しかし確かな意思を持った言葉に、
ケイはうわ言のような声を返した。「・・・違う・・・。」
「ケイ・・・?」
ケイは知らない、
この拒絶を支えているのは
カガリがくれた受容であることを。「キラとは違うっ!」
乾いた音が響いた。
それは、ケイによって手が振りほどかれた音なのだと
カガリは自分の手の痛みによって知る。
驚きに瞠ったカガリが捉えたのは、
紫黒の瞳を鋭く光らせるケイだった。「僕が、キラだ。」
――どうしたんだ、ケイに何が・・・っ。
目の前のケイと、急変した理由を真直ぐに見詰めながら
カガリがもう一度ケイに手を伸ばそうとした時、
瞬間的にカガリは息を殺し、周囲に視線を滑らせた。何かの気配を感じる。
剣を突き付けるような
鋭利な気配。
ムゥではない。
誰――。錯乱状態にあるケイの腕を引き、カガリは実験器具の影に身を顰めた。
自由な感情の反動からか、驚いた瞳を素直に向けるケイに、
カガリは厳しい表情で頷いた。
危険を感じる、
そのシグナルを敏感に感じ取ったケイは
小さな首をひねる。「おかしいな・・・、
他にはマキャベリしかいないのに・・・。」「・・・マキャベリ、まさかっ・・・。」
聞き覚えのある名に息を飲んだその瞬間、
研究室に
硬質な足音が
一つ落ちた。ムゥのものでもない、
何者かの
足音が。
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