12-3 伏せられた理由
シンを追いかけようとしたルナの足を
イザークの厳格な声が止める。「ルナマリア・ホーク。
話は終わっていないぞ。」後ろ髪を引かれながらも振り返ったルナは
下された命に瞳を見開いた。「お前とシン・アスカには、
この2名の世話役を命ずる。」ざわめきの中心に立たされたルナは、微かに眉を顰める。
言葉の意味が分からない訳ではない、
だが、いくら何でも現実に落とし込むことが出来るだろうか。「あの・・・、世話役って・・・?」
ルナの問いに、ディアッカはあからさまに溜息をついた。
「いいか?
さっきイザークが言った通りだとすると、
俺たちはこいつらをどうするんだっけ?」けだるく首をかしげたディアッカにルナは口をとがらせて答える。
「保護し、監視下に置く・・・
って、まさか!」――生活を共にしろって、コト!?
見れば目の前には辛気臭い笑みのディアッカ。
そして、カガリが“よろしく”とばかりに手を振っている。
その邪気の無さが、
自分の導きだした結論が正しいことを証明しているように感じる。「うそっ!だって、私には任務がっ!」
胸に手を当て、勝気な性格そのままに
イザークとディアッカに人選の異議を唱えようとした声は「い〜な〜、カガリ様と一緒かよ〜。」
「女同士だからって、得したな!」
「シンなんて、おまけじゃん?ずるいよなぁ〜。」一気に囲まれたクルーの羨望の声でかき消される。
「ちょっ、ちょっと待って・・・っ!」
一瞬で出来あがった流れの抗いがたさに頭を抱えたくなった時
カガリが壇上からルナの元へ一足飛びに降りた。
ふわり、軽やかに。「よろしくな、ルナ。」
ひまわりのような笑顔。
全ての壁を越えて、心の距離が無くなりそうな。
胸が熱くなるのは、
ありのままの自分が動き出したからだろうか。「よろしく・・・お願いします。
アスハ代表。」絞り出した敬語。
それは軽やかな笑い声に飛ばされる。「“カガリ”でいい。
さっきイザークが言ってただろ?
私の身分は証明することが出来ない、
つまり、“私がアスハ代表かどうか分からない”ってコト。
だから、今の私は“カガリ”という一人の人間である以外、何者でもない。」――そんなこと言われても・・・。
理屈は分かっても感情と目の前の光景が一致しない。
未だ思考が混乱しているルナを無視して、現実は確かに時を刻んでいく。「みんなも、聞いてくれ!
宇宙で遭難して、メンデルで保護された、
“カガリ”だ。」カガリの挨拶に、クルーたちから早速笑いが起きる。
心地よくあたたかな、
まるで常夏の風が吹き抜けるように
空気が変わる。「こっちは“ムゥ”。
みんな、よろしくなっ!」たった2言で空気を変える、
それは彼女が、誰もが知る一国の代表だからではない。
ラクス・クラインの持つカリスマ性とも違う。――何だろう、この感じ・・・?
手を繋ぎ互いに笑い合うような、
何もしていないのに、そんな気持ちになってしまうのは
何故だろう。
そして思うのだ、この感覚を覚えるのは初めてじゃ無いと。
「これから部屋を案内しますけど、
その前に着替えてください。」“こっちです”と言って前を行くルナにカガリは続いた。
背筋が伸びた姿勢、きびきびとした行動、そのどれもに好感が持てた。――きっと、納得出来ないことだって、沢山あるだろうに。
保護された者に個室が与えられるなど、
異例の待遇であることはカガリだって重々承知していた。
イザークは、クルーを前にして、
『カガリと名乗る者がアスハ代表である可能性がある。
その可能性を考慮し、敬意を示し対応することとする。』
と、説明していたが、――これじゃぁバレバレだな。
カガリは苦笑を浮かべた。
最も、待遇以前に自分の姿を目にしたクルーの反応で
正体がバレてはいたが。――これじゃ、納得できない奴が出てくるだろうな。
何故アスハ代表の保護をオーブへ報告しないのかと。
IDやパスで身分証明が出来ないだけで、理由になるのかと。
戦争を誘発する程、事態は差し迫っている、
軍人である彼らは、民間人よりも強く肌で感じているだろう。
目の前を行く、ルナも。
それでも何も言わず、こうして世話役を引き受けてくれた彼女に
カガリは小さく頭を下げた。
カガリがアスハ代表であることを伏せることが決定したのは、
艦長室でイザークとディアッカと話し合った時のことだった。
全てはムゥを含め、4人がその結論に合意した。『ネビュラを散布し、襲撃ポイントに布陣を張り、退路を断ち・・・
あの襲撃は計画的な犯行だった。』そう断定したイザークは、奥歯を噛みしめるように言葉を加えた。
『それも、緻密に積み上げられた犯行。
俺たちが気付かない位な。』鋭い眼光から、どれ程彼らが任務を越え、プラントを護り続けているのか読み取れる。
一方、ディアッカはニヒルな笑みを浮かべて、カガリを見た。『だが、彼らには誤算があった。
カガリの、パイロットとしての力量だ。』当初カガリたちの作戦では、
犯行グループの狙いはアスハ代表の暗殺若しくは誘拐と想定し、
敵の意表を突くと同時に戦力を増強するため
カガリがカプルで戦場に出た。
あの状況で、それも量産型のカプルで戦場に出るなど
パイロットとしての経験と自信、
そして何よりも覚悟が必要だ。
生きて護り抜く覚悟が。『アスハ代表が危険を犯す筈は無いと、思ったのだろう。
作戦の通り、犯行グループを撃破しアスハ代表は命を取り留めた。
ある意味、この作戦は成功した。』イザークの言葉の通り、“ある意味”なのである。
本来であれば、脱出ポットと合流しオーブを目指している筈である。
しかし今、カガリとムゥはメンデルにいて
脱出ポットの無事は確認出来ない。イザークの冷涼な声が響く。
『もし、既に脱出ポットが犯行グループによって発見されていたら、
当然、アスハ代表が同船していないことに気付く。
そうなれば、奴等は死に物狂いで探すだろう、
カプルとボルジャーノンを。』『・・・だろうな。』
ムゥは祈るように瞳を閉じた。
どうかマリューたちが無事であるようにと。
祈りが届いたように、ふと胸にマリューの顔が浮かび、
あまりに彼女らしい表情にムゥは笑みを漏らした。――そうだよな、君が負ける筈が無い。
大事なことは今を生き抜くことだと教えられた気がして
ムゥは本題へと意識を集中させた。カガリがこの艦に身を隠していることが漏れれば
光の矢の矛先はこの艦に向くことになる。
メンデルが彼らの拠点の一つである可能性がある以上、
ここでの戦闘は好ましいものではない。ディアッカがさらに言葉を加える。
『同じ理由で、今ここでアスハ代表を保護したと明るみにすることは避けるべきだ。
おっと、誤解すんなよ。
戦力が劣るんじゃないぜ。』わざと両手を上げておどけた表情を見せるのも
続く言葉も、彼の優しさが滲み出ていた。『護るためだ、
確実に。』危険性を孕むあらゆる選択肢を排除すること、
それがイザークとディアッカが下した結論だった。
イザークの胸に、ふと戦友の顔が過った。
――あいつは今頃、生きた心地がしないことだろう。
魂を削るように宇宙を駆けるアスランの姿が目に浮かぶ。
――必ず送り届けてやるから
せいぜい一生分心配でもしていろ。それはイザークの一方的な約束だった。
窓へ視線を流す。
広がる宇宙の何処かで、アスランは不安に冷え切ってゆく胸の内を隠し
捜索の指揮を執っていることだろう。――これは貸しにしておいてやる。
さて、どう清算してもらおうか。決して破ることが出来ない約束に
イザークは不敵な笑みを浮かべ視線を戻した。そして、“一刻も早く帰国したい気持ちは分かるが”、
そう前置いてカガリに告げた。『我々の任務が終了しプラントへ帰還するまで、
我々と同行してもらう。
その間、プラントへはもちろん、オーブへも報告はしない。』本来であれば今ここでプラントへ報告を入れ
即刻任務を中断し、カガリ達をオーブへと送り届けるべきだ。
しかし、ここで動けば
何処かに身を顰めている犯行グループに嗅ぎ付かれる可能性がある。
ネビュラを散布した彼等であれば、何処かに網を張っていると考える方が妥当だ。
故に、最も確実で安全な策は
彼らを保護したことまでも秘匿し、
何事も無かったように任務を遂行し、プラントへと帰還することなのだ。
例え忍耐を要する時間を費やすことになったとしても。『ただし、プラントへ帰還後は、
プラントが責任を持ってオーブへ送り届けることを約束しよう。』イザークの言葉にムゥは浅く頷いた。
今のカガリにとって、この宇宙でこの艦以上に安全な場所は無いだろう。
そしてイザークが提示した案以上に確実な方法も。
だが。――カガリはどう思うだろうな。
ムゥは視線を流してカガリを見た。
代表が不在であることで国家が被る打撃を
彼女は身に沁みて知っている。
イザークの案を飲めば、ただ黙って見続けなければならなくなるのだ、
世界が傾く音を響かせ、人々の未来に不安が傾れ込み、
オーブの民が心を痛めている今を。
現実的な力になれず、沈黙し続ける痛みもまた
彼女は知りすぎている。静かに眼差しだけでイザークは問う、
お前はどうしたいのかと。これまで一切言葉を挿まずにいたカガリは静かに瞳を閉じた。
まるで想いを飲み込むように。
その仕草を、もう何度も見てきたとムゥは思う。
細い肩にどれ程のものを負い、
その胸にどんな想いを仕舞い続けてきたのだろう。そしてまたカガリは、選ばれなかった未来を胸に仕舞い
開いた瞳の先で、選んだ未来を見詰める。
ひとつ、覚悟の光が宿った。『巻き込んでしまってすまない。』
そう言って、カガリは静かに頭を垂れた。
いきなりの行動に面喰ったディアッカは、『偶然、だろ?』
驚きを隠して軽く声を掛けたが
カガリは緩く首を揺すった。
自分たちをかくまうことがどれ程危険なことなのか
2人は理解した上で、最善の策を取ろうとしてくれている。
彼らの想いに、どうやって感謝を返すことができるだろう。『私に何が出来るか分からないけれど、
出来うる限りの全てをしたい。
お前たちに危険が降りかかる事は、絶対に避けたいんだ。』彼女の誠実すぎる眼差しにイザークは不敵な笑みを返した。
『なめるな。
ジュール隊はプラント最強の隊だぞ。』『そうそう、これはラッキーな休暇だと思ってさ。
“カガリ”って個人に戻って
気ままに過ごすのも悪かないぜ。』イザークとディアッカの言葉の裏に隠された気遣いに
カガリが今返せるものは一つしかなかった。『世話になる。よろしく頼むな。』
そう言って、彼らと握手を交わした。
晴れ渡る常夏の空のような笑顔と共に。
←Back Next→
Top Chapter 12 Blog(物語の舞台裏)![]()