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箱に残された最後のチョコレート。
おやつを待つ子どものようにそわそわと落ちつかないカガリに、

「ほら、カガリも。」

とチョコレートを促せば、

「やったぁっ。」

と無邪気な声を上げて向けられた微笑みに
心が安らいでいくのを感じる。
こんな時間が当たり前にあることをずっと望んでいたんだと思い知る。
ありふれた時間は素朴で、でも尊い輝きを放つから
眩しさに目を細めた。

が、
安らぎが長く続く筈も無く。

≪カガリ!
ルール違反で、アウトー!!≫

またしても理解不能なキラの言葉に、アスランは溜息交じりに問い返した。

「キラ、何度も言うが、
お前の言っている意味が分からないんだが。」

≪だって、カガリが勝手にチョコレートを食べ始めたからアウトなんだよ。≫

そもそもこのチョコレートはカガリとアスランに贈られたものであるから、
どう処分しようとキラが口出しする余地は無い筈である。
しかも最後の一つをカガリが食べれば、
心を込めて作ったであろうラクスの心も満たされることだろう。
カガリならチョコレートの美味しさを言葉以上の感情をのせて伝えることが出来るから。
しかし、アスランは痛い程知りすぎている事を失念している事に気付けずにいた、
キラはいつも自分の想像を越えて行くのだと、
まるで翼を持つかのように、
高く、遠く。

≪罰ゲームはまだ終わって無いのにさ〜。≫

 

――は・・・?

 

アスランは思わず端末を凝視した。
つい先程やらされた事が罰ゲームで無くて何だというのだろうかと問いたい気持ちは
画面向こう側で頬を上気させ能天気に笑うキラの顔を見て吹き飛んだ。
言葉のままの真実なのだと直感的に理解したと同時に
嫌な汗が背中を伝った。

――まさか。

まだ何かやらされるのかと、声にならない予感は
続くラクスの言葉によって現実となる。
春の日差しのようにうららかな声で。

≪では、次の命令をいたします。≫

「ちょっと待て。」

流石にアスランは制止をかける。

“何でしょうか”とラクスがかわいらしく小首を傾げた横で
シンクロするようにキラも首を傾けている。
その様子が無性に腹立たしい。

「罰ゲームはさっき終わっただろう。」

≪うん、カガリの罰ゲームはね。
でも、君の罰ゲームは残ってるでしょ。≫

――あれが罰ゲームで無くて何だんだっ。

と瞬間的に苛立ちが沸点に達するが、
それでも罰ゲームの対象は自分に向いており、
これ以上カガリを巻き込む事は無くなりそうだとの唯一の安堵が
徐々にアスランの苛立ちを静めていった。
が、それは希望的観測に過ぎなかったと、ラクスの澄んだ声が決定づける。

≪それでは、
2番さんが1番さんにチョコレートを食べさせなさい、ですわ。≫

「どうしてそうなるんだ。」

アスランは間髪いれずに言葉を返す。
自分達のあらゆる想定を異次元で越えて行く2人の発想にあっけに取られ
遅れを取ったら最後、そのまま巻き込まれていくのは分かりきっている。
だからカガリを護るために自分にできる最大の防御は、
遅れを取らずに反撃すること。

――カウンターなら得意だ。

「罰ゲームの対象は俺の筈だ。
カガリを巻き込むな。」

隣で空気が揺れたので視線で制した。
目に映ったカガリは何か言いたげだったが、軽く首を振る。
カガリのことだ、“私にも半分背負わせろ”なんて考えているのだろう。
そんじょそこらの男も見惚れる程の男気を発揮するカガリであるが、
今回に限っては、これ以上カガリを巻き込むことはアスランの気持ちが許さない。

――さぁ、どう出る、
キラ。

カガリのことになると甘くなるキラの性質を知ってのカウンター。
しかし、

≪でもさぁ、カガリを外すとバランスが崩れちゃうんだよね。≫

“言っている事がわからない”、そう呟くのはもう何度目だろうか。
その呟きを拾ってキラが言葉を続ける。

≪だって、さっきはカガリの罰ゲームだったけど、
それにアスランは巻き込まれちゃった訳じゃん。≫

「巻き込んだのはお前らだろ。」

瞬時に入れた訂正はあっさりと流される。

≪それなのに、アスランの罰ゲームにカガリが付きあわないって…ねぇ。≫

――しまっ…。

アスランが息を飲んだ音は

「それじゃまるで、私が逃げているみたいじゃないかっ。」

カガリの声によって掻き消された。

「やってやるぞ、罰ゲームっ。」

そう言って、カガリは小さなに握りこぶしを両手に作って
気合い十分といった表情でファイティングポーズをしている。

キラは読んでいたのである、
こう言えばカガリは罰ゲームを進んで受け入れる事を、
そして、キラとラクスをやりこめるには100年早いという事を。

――アスランは射撃のカウンターは得意なんだけどね。

画面向こう側でうなだれるアスランを見てキラは笑みを浮かべた。

 

 

 

――どうしてこんな事になったんだ…。

アスランは込上げる溜息をすんでの所で飲み込んだ。
カガリは“来い”と言わんばかりの眼差しでこちらを見ている。
最早、退路も抜け道も無く、
前に進むしか無いのだ。
覚悟を決めたアスランはチョコレートを摘み上げ、
その拍子にカカオの香りが色彩を持つかのように鮮やかに迫った。

カガリが瞼を閉じれば、色づいた唇に目を奪われる。
秒速5cmで近づくチョコレート、
その速さは、まるでキスをする時と同じようだと気付き、
距離が近づく分だけ鼓動が痛い程胸を打ち、
煩い程鼓膜を震わせる。

君との距離感を保つために引いた予防線も、
想いを抑え込むための全ても、
消えて分からなくなる。
それは、打ちよせた波が引いた後の砂浜に似ていた。

君を傷つけた過去と
君と想い描いた未来、
それを繋いだ一本の糸のような線の上を歩いてきた。
その線上から逸脱しそうな危うさを体中で感じているのに、
この行為を止める事は出来ない。

止めたくないんだ。

君とふれあえる、この時を。

きっと俺は、
大切にしたいんだ。

まるで夢のようなこの時を。

この時が、
夢のように消えてしまっても。
 





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