messenger
「いつも、ありがとな。」空白のまま思考停止した頭に響く君の声。
「…。
いや、こちらこそ…、
いつもありがとう。」そう反応するのがやっとだったのは、
予想とはかけ離れた言葉だったからではない。
何故だろう、
言葉のままの意味だけでは無い何かを感じるのは。
ありふれた言葉に込められた君の想い、
それが確かにここに在る気がして。
だから無意識に、琥珀色の瞳の奥を見詰めていた。
真実を求めるように。しかし、
真実は残酷なまでにあっさりと掻き消される。≪はい、アウトー。≫
空気を全く読んでいないキラの声に、
アスランは苛立ちを通り越して呆れ果てた。「キラ、お前の言っている意味が分からないんだが。」
するとキラが反論する。
≪それはこっちのセリフだよ。
チョコレートを食べたら想いを伝えるってルールだったでしょ?
それを破ったからアウトなの!≫「はぁ?」
“訳が分からない”とばかりにアスランは眉を寄せる。
カガリも同様に理解に苦しんでいるようだが、
キラを理解しようと一歩進み出るように問いかけた。「私はちゃんとアスランに想いを伝えたし、アスランだって応えてくれただろ。
ラクスだって言ってたじゃないか、“普段は言葉に出来ない想いを”って。」“どうしてダメなんだ”と、純粋な疑問を抱いたままちょこんと首を傾けたカガリに、
キラはきつくは当たれないが、ルールも譲れない。≪確かに、感謝の気持ちって伝えるタイミングが難しい場合もあると思うよ。
でも、言おうと思えばいつだって言える言葉でもあるよね。
だから〜≫キラは野球の審判のような動作で“アウトー!”と叫んだ。
アスランは、悪ふざけがすぎるとキラを一睨みし、
完全に酔っ払っているキラを説得するのであれば加勢が必要だとラクスへ視線を向けた、
が。≪では、アウトになってしまわれたお二人には
罰ゲームをしていただきますわ。≫「罰ゲーム?!」
今度は驚きの声が見事に重なった。
声が室内に反響し、余韻が消えても直固まったままの2人に
ラクスは不動の微笑みを浮かべる。≪お二人とも、チョコレートに込めたわたくしたちの想いを受け取ってくださったのですから、
ルールには従っていただきますわ。≫何者でも抗えない程のオーラを放ちラクスは告げる。
アスランは溜息をつき、“悪ふざけもいい加減にしろ”と口を開こうとしたが、「アウトなら仕方ないな。
で、私達は何をすればいいだ?」カガリの言葉に目を見開いた。
まるでスポーツマンのようにルールに従い次に向かって前を向く
カガリの態度はあまりに清々しい。
が、その清々しさに流されてはいけない。「待て、カガリ。
罰ゲームを受けるなんて。」「仕方ないだろ、キラとラクスからもらったチョコレートなんだからさ。
それに、2人とも楽しそうだし。」何処までもお人よしなカガリの視線を辿れば、
子どものように瞳を輝かせたキラとラクスが、
作戦会議だと言わんばかりにこそこそと相談しあっている。
カガリの気持ちは最優先で大切にしたい、
だが、勝手に作られたルールに従って罰ゲームをさせられるなんて納得がいかない。
しかも、酒が入ったキラとはしゃいだラクスが言いだす罰ゲームが
可愛いものになるとは到底思えなかった。
どうにかならないかと思案を巡らせ代替案を出すよりも先に、
ラクスの声が晴れやかに響いた。“では、1番さんが2番さんにチョコレートを食べさせなさい、ですわ。”
沈黙すること3秒――
「ラクス…、言っている意味が分からないんだが。」
唐突すぎて本意が掴めず、アスランは問いかける。
一方のラクスは伝わらなかった意味が分からないのであろうか、
年相応の可憐な表情で小首を傾けている。
“わたくしは、何か間違ったのでしょうか。
ディアッカから罰ゲームの定番だと教えていただいたのですが。”とキラに問えば
キラは“大丈夫だよ、あとは指名すればいいんだ。”とエスコートするようにラクスを導く。
仲睦まじい2人のやり取りを常であれば微笑ましく見守るとこであるが、
この間にも罰ゲームのカウントダウンが始まっているかと思うと気が気ではない。
ラクスが納得したとばかりに手を打ったその音で、アスランは追いつめられたような気分になった。“では、1番はカガリで2番はアスランを指名いたします。
では改めて、命令致します。
1番さんが2番さんにチョコレートを食べさせなさい、ですわ。”――王様ゲームかっ。
ラクスの狙いを理解したと同時にアスランは頭を抱えたくなった。
こんな茶番に付き合う必要は無いと、罰ゲームからカガリを護るべく向きなおった
アスランは絶句する。「よしっ、行くぞ!」
――嘘、だろっ。
カガリは試合前のスポーツ選手のように気合い十分といった表情で
チョコレートを摘み上げアスランを待ちかまえていた。「カガリ?」
カガリは罰ゲームの趣旨内容を理解した上で実行に移そうとしているのか、
態度から明らかであっても確認せずにはいられなかった。――だって俺達は…。
一介の将校が代表首長にチョコレートを食べさせてもらう等、考えられない行為だ。
そもそも一度別れを選んだ自分たちは――こんな事、あってはいけない。
そう頭で理解はしていても、
目の前に迫った現実に胸の高鳴りがクレッシェンドのように鼓膜を叩く。「ほ、ほら。
早く口、開けろよな。」いつもよりぶっきらぼうな口調、
そこに君の恥じらいが見え隠れして。秒速5cmで近づくチョコレート。
画面の向こう側から響く音頭を取る様なキラも声も
傍に寄り添うラクスの笑い声も聞こえなかった。チョコレートまであと15cm。
近づくココアに染まった白い指先。
その向こう側の密色の瞳から目が離せない。頬を染めたまま薄く噛んで色づいた唇も、
決して外さない潤んだ瞳も、
この仕草を全部知っている。君が恥ずかしい時、
それでも一生懸命、頑張ろうとする時――――君はこんな顔をするんだ。
俺だけが知る、君の癖。
そんな君がたまらなく
――愛おしい。
チョコレートが口に入ったのは
暴走した思考に赤面したのと同時だった。
血液が一気に沸点に達したかのように体が熱くなり、
湯気で視界を遮られるように思考が真白になった。
口内でとろける感触はあるものの味など分かる筈も無くトリュフを飲み込んだ。「ど・・・うだ?」
と、カガリに問われ
味が分からないとは答えられず「あ・・・、えーと・・・。」
言葉を探していたら、
カガリが自分の指先に小さな舌を這わせ
キスをしたかのような仕草で唇を離した。「あ…。」
吐息交じりの声が漏れそうになり、
アスランは咄嗟に口元を押さえ顔ごと背けた。
カガリはただ、チョコレートの味見をしたくて指先のココアを舐めただけなのだと、
頭の中で分かってはいても、
今の精神状態のアスランには刺激が強すぎた。
あらぬ妄想が噴き出す前に、全てを遮断するように瞳を閉じる。――全く君は、どうしてそうなんだ…。
不意打ちで薫る色気は、
普段隠れている分だけ強く迫る。
だからこそ自分はいつも衝動的になってしまった、
君を求める時はいつも…。
≪アスラン、何かやらしい事考えて無い〜?≫
キラの能天気な声にニヤニヤと嫌な笑みが透けて見えて
苛立ちを通り越して怒りがわいてきた。「キラ、いい加減にしろ。」
このチョコレートを受け取った時は、
カガリとの時間を作ってくれたキラとラクスに感謝をしたものの、
今やそれを撤回したい気持ちになってきた。
キラとラクスの乱入からここまでずっと振り回されっぱなしで、
何もかもが狂ってきている感覚に眩暈を覚える。≪お味はどうだったのでしょうか。≫
ラクスの問いに
舌先に残った僅かな味覚を総動員させ「あ、甘かった…。」
その結果の感想に
キラの爆笑が響いた。
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