messenger





手を伸ばせば抱きしめられる距離。
今の関係性では決して手が届く事の無い距離が、
実測の数値に戻っていく。
あれから互いに一歩も動いていないのに
ずっと近くに君を感じる。

名前を呼んで
ふれて
抱きしめて。

そんなことは決して許される事は無いと分かっている。
だけどせめて、君も今同じ時に同じ想いを抱いてくれたらと
そう願う事は許されるのではないか。
名を呼ぶその声は
願いにも似た響きを帯びた。

「カガリ。」

しかし、

≪ぶっ、ははははは!≫

声が全てを切り裂いて
2人を包む空気が一瞬で凍りつく。
聞こえる筈の無い声は聞き覚えがありすぎて、
冷や汗よりも先に冷え切った思考がはじき出した答えに
アスランは携帯用端末を取り出し苛立ちをそのままに一喝した。

「人の端末をハッキングで勝手に繋ぐな、キラっ。」

端末の画面には、今だ笑いが止まらないキラと
蝶が舞うように優雅に手を振るラクスが映されていた。

≪ごめんごめんっ。
でも、君達が突然告白しだしちゃったからさぁ〜。≫

“ねぇ、ラクス”とキラが呼びかければ、寄り添うようにラクスが応える。

≪はい、すてきな告白でしたわ。
まだ胸がドキドキして…。≫

ラクスは白魚のような手を胸元に当て、うっとりと瞳を閉じる。

アスランはこちらを置き去りにしてマイペースすぎる会話を展開する彼等に
内心で溜息をつきながらカガリに視線を向ければ、
恥ずかしさに耐えているのであろう、かわいそうな位真っ赤になりながら膝を抱えて小さくなっている。

――この状況を何とかしなければ。

カガリが “大好きだ”と言った、

――その想いは真直ぐにチョコレートへと向いていた。

カガリの本意はキラとラクスへの感謝だった筈だ。
心のこもったチョコレートを贈ってくれた2人への感謝、
そこに、

――俺への想いが入る余地は、
何処にも無い。

分かっていた筈なのに素直に冷え切っていく胸の痛みを切り捨てる。
錯覚に惑わされる時間は終わりだ。
今自分がすべきこと、
それは何よりも先に

――誤解を解かなければ。

今、カガリを護れるのは自分しかいないのだから。

「いい加減にしろ。
どこをどう聞き間違えたらそんな事になるんだ。」

微かに、隣にいるカガリの空気が揺れたような気がしたが
今ここで立ち止れば、キラとラクスから話の流れを奪う事は出来なくなる。
アスランはさらに言葉を重ねた。

「2人にも見せたかったよ、一つ目のチョコレートを食べた時のカガリの様子を。
とても気に入ったようだから。」

そう言ってカガリに視線を流せば、
頬を染めたままの彼女はアスランの意図に気付いたのであろう、
一拍遅れてコクコクと頷いた。

「本当においしかったぞ。
毎日食べたいくらいだ。」

カガリの言葉は真直ぐに感情を届ける。
ラクスは白魚のような手を叩き

≪まぁ、嬉しいですわ。
心を込めて作った甲斐がありましたわ。≫

と、素直に喜んでいるが
隣のキラが舌打ちをしたように見えたのは気のせいだろうか。
カガリとラクスが文字通り会話の花を咲かせる横で、
アスランは画面のキラの様子を注視する。
キラの普段の振る舞いとは異なる、そんな予感がした時だった。

「ラクスたちもチョコレート食べたのか?」

≪はい。
このチョコレートはワインととても良く合いますのよ。
マリアージュの言葉がぴったりですわ。≫

――ワイン・・・、まさかっ。

カガリとラクスの会話に引き摺られるように思考が視線を操作すれば
画面向こう側のテーブルには栓の空いたワインが2本並んでいるのが見える。

――コイツら、飲んでるな。

ラクスは基本的にザルで飲めば飲む程幸せな気分になるタイプで、
キラはカガリ同様あまり酒に強い方では無いが悪い酔いはしない、
が。
アスランは頭を抱えたくなった。
キラが酔った時はまるで子どものように無邪気になるのだ。
目を輝かせながら繰りだされるイタズラを何度仕掛けられたことか。
今度は何をされるのかと、嫌な汗が背筋を伝う。

≪次のチョコレートも自信作ですのよ。
お口に合えばよろしいのですが・・≫

ラクスに促され、カガリが二つ目のチョコレートを口に運ぶ。
子ウサギのようにソファーの上をはねている所を見れば
どうやら相当気に入ったようだ。
体中で想いを表現するカガリに目を細めていると、
目の前のカガリがいきなり腕を掴んで引っ張った。

「アスランも食べてみろよっ。
こっちも絶品だぞ!」

ぐっと近づいた距離に高まる鼓動を押し隠し、2つ目のチョコレートに手を伸ばす。
砕いたヘーゼルナッツがまぶされたチョコレートを口に入れれば、
中から広がるのは濃厚なキャラメルソース。
そこに軽やかなナッツの香りと食感が重なっていく。

“おいしい”と頷く様に言えば、
何よりも甘い君の笑顔が返ってくる。

しかし、こんな穏やかな時間がいつまでも続く筈は無く、

≪では、お二人とも、
想いをお伝えくださいな。≫

ラクスから放たれた言葉に固まった。

――今、何と言った・・・?

カガリも同様に思考と一緒に体が硬直しているのが見える。
力づくで視線を画面に映せば、ラクスが“さぁ、さぁ”と音頭を取るように拍手を繰り返している。

「ラクス、それは一体…。」

圧倒的な空気に抗って絞り出したアスランの声に応えたのは、瞳を輝かせたキラだった。

≪だぁ〜かぁ〜らぁ〜。
バレンタインデーは愛を告白する日、でしょ?
で、告白って要は想いを伝えるってコトだから、ね。≫

最後に放たれたウインクが恐い。
いつまでも言葉を発しないアスランに、
キラは助け舟を出さんとばかりに言葉を続けた。
むろん、それが追い打ちになることを承知の上で。

≪そんな難しく考える必要はないよ。
僕達だってチョコレートを1つ食べる度に想いを伝えてみたんだけど、
とっても楽しかったよね。≫

≪はい。
普段は言葉に出来ない想いを伝えあう、素敵な時間になりましたわ。≫

“ね〜”と声をハモらせながら小さくハイタッチする2人の背景に目を凝らせば
ワインボトルとグラスの間に底の浅い空き箱が見えた。
余裕で50個は入りそうな箱に敷き詰められたチョコレートを
想いを伝えあいながら食べる2人の姿が目に浮かぶようだ。

――それを俺たちにもやらせようと言うのか、アイツらはっ!

アスランの導き出した答えを裏付けるかのように、無邪気にキラは告げる。

≪さぁ、今度は君達の番だよ♪≫

語尾についた音符のマークに脳天を貫かれたかのように頭痛を覚える。
キラとラクスから繰り広げられる展開に着いて行けず遅れを取った、
それが敗因だった。

≪僕達が心を込めて作ったのに…、
その気持ちに君達は応えてくれないの?≫

キラがあからさまに肩を落とし潤んだ瞳で訴える。
アスランは胸の内で“そんな芝居に騙されるか”と突っ込んだが、

「そっ、そんな事ないぞ!!」

ここで信じてしまうのがカガリである。

――しまったっ。

アスランは青ざめる。
あまりに純粋で、誰に対しても誠実すぎるカガリの性格上、
キラとラクスの事を疑う筈が無い。
カガリの性格知っての上でキラは一芝居打ったのだ。
そうなる前に手を打たなければならなかったと、アスランは奥歯を噛みしめる、
が、それで時間が巻き戻る訳でも無く
カガリの言葉が撤回される訳でも無い。

――どうすれば…。

現状を切り抜ける方法を探し出すために全力を注ぐ。
そうしなければ君を護れない。

想いを伝えればきっと今の均衡は崩れてしまう、
それ程この胸にある想いは強すぎる。

しかし、答えがアスランの手の中に落ちるよりも先に
カガリの誠実さが言葉になった。

「アスラン。」

君の声に心が震えて息が止まる。
袖を引かれて顔を上げれば、真直ぐな瞳の君がいた。
少し潤んだ瞳、そこに微かな熱を感じるのは気のせいなんかじゃない。

――嘘…だろ…。

先程のキラとラクスの言葉が思考停止した頭の中で繰り返される。
“バレンタインデーは愛を告白する日でしょ。”
“普段は言葉にできない想いを伝え合う素敵な時間”

――そんな筈…

無いと、何度も繰り返した言葉。
それを打ち消したのは君の眼差し。
この眼差しを知っている、
君が想いを告げる時――

見間違う筈が無い。

俺だけが知る
その眼差しを。
 





←Back  Next→

Top   Blog