messenger
キスをする時、
唇を見ずともその場所が分かるのは、
全身で君を求めて
全身で君を感じているから。そう、だから。
これから起きる事を避けられなかった理由は一つ。
全身で君を求めて
全身で君を感じたい、
そう願っていたから。チョコレートが触れるまであと3cm。
その時カガリが自ら顔を近づけ唇を寄せ、
食べたしまったのだ、
チョコレートを
一口で、アスランの指先と一緒に。
――・・・っ。
指先に触れた唇の感触に息が止まる。
知っていると、体が訴えるように鼓動が胸を打った。
この柔らかさもぬくもりも、全部。
何度も重ねた君の唇を、
忘れる筈が無い。
求めてやまない、君の唇を。驚いた君の瞳、
そこにはただ自分だけが映っている事実に
喜びが波紋のように広がって、
くすぐったいような衝撃は頭を白で埋め尽くし
呼吸をすることさえ忘れて、ただ君を見ていた。口にチョコレートを含んだままのカガリが発した言葉
「ごみゃんっ!」
その意味は届かずに、
硬直したままのアスランは訳が分からずに「ごみゃん。」
同じ言葉を繰り返し、
画面の向こう側から爆笑が響いて我に返った。
と同時に噴き出した熱が顔に集中する。
鼓膜を打つような鼓動の音に煽られるように気持ちが急いて、
何をどうしたらいいのか分からずに、
白で埋め尽くされた頭に繰り返し同じ言葉が浮かぶ。――どうすれば…。
が、そんなアスランを現実に引き戻したのは
何ともおっとりとしたラクスの声で≪あらあら、アスランはカガリに食べられてしまいましたわね。≫
――何を言い出すんだっ。
解釈の仕方によっては非常にまずい言葉を、
ラクスは天然で言っているのか含みを持って言っているのか読めないが、――あぁ、もうっ。
キラとラクスに振り回された時間の分だけ溜めこんだ長い溜息が噴き出した。
するとカガリは誤って口に含んでしまったアスランの指先を包んで詰め寄った。――えぇっ。
突然目の前に迫ったカガリの意図が飲み込めずアスランが絶句すると、
何を思ったかカガリは眉根を下げ大きな瞳を潤ませた。
今にも涙が瞳を覆うのではないかと、その表情は酷くアスランを揺さぶった。「ごめんな、アスラン。」
――ごめん…て、何で。
そうして漸く気付いたのだ、
カガリが誤解していることを。
あの溜息の理由は、――君のせいなんかじゃないっ。
君が謝る理由も心を痛める理由も何処にも無い。
早く誤解を解かなければ、
既にショートして動きが鈍った頭の中をその言葉が埋め尽くしていく。
そして目の前のカガリが、小さく唇を噛み呟いた。「嫌な想い、させちゃったよな。」
「嫌じゃないっ。」
誤解を解くための最短距離は否定。
しかし、自分がとんでもない事を口走った事に気付いたアスランは
暴走した思考のまま飛び出しそうになる言葉に蓋をするように口を閉ざした。
このままでは新たな誤解を招いてしまう。
これではまるでカガリに食べられて嬉しかったのだと、――思われても仕方ないだろっ。
誤解を解き、自ら招いた誤解を振り払い、
真実を伝えたいとこれ程強く思うのに、「いや、だからその…。」
口下手な自分の無力さに焦りだけが募っていく。
――どうすれば、
どうすれば…。まるで熱を持ったかのような沈黙に包まれた2人。
その空気が切り裂かれたのは突然で、
そんな事ができるのはこの2人を除いて他にいない。≪大丈夫ですわ、カガリ。
アスランが気分を害する筈は無いのですから。≫≪そうそう、むしろアスランの方がカガリを食べちゃいたいんだから。≫
「お前達、いい加減にしろっ。」
アスランはキラの言葉を半ばで遮るのが精いっぱいだったが、
そんな不甲斐無さに己を叱咤するよりも先にすべきことがある。「それからカガリも、
気にしなくていい。
だから、謝る必要も無い。」動揺をねじ伏せて、どうか君に届く様にと声に集中する。
するとカガリは納得いかない表情ながらもおずおずと手を戻し、
アスランの胸を安堵が満たすと同時に、戻らないぬくもりに一抹の寂しさを覚えた。――とにかく、現状を収束させて
こちらのペースを取り戻す。アスランは軽く頷くと、切り替えるように思考を巡らせる。
罰ゲームは終わったが、これで全てが終わった訳ではない。
アスランとカガリは3つ目のチョコレートを食べてしまった。
という事は、恐らくキラとラクスは要求してくるだろう、――“想いを伝えろ”、と。
しかし、と、アスランはそっとカガリに視線を向ける。
するとカガリは端末の向こう側のラクスと微笑みあって会話をしていた。そう、何が起きても
――この想いは変わらない。
でも、
――この想いは伝えるべきでは無い。
あの微笑みを護るために。
そんな自分が、
今君に伝えられることは何だろう。
そこまで進んだ思考に待ったをかけた。
“伝えられること”ではキラとラクスは満足しないだろう事は
2つ目のチョコレートで証明されている。――じゃぁ、どうすればいい。
アスランの思考の滞りを見透かしたかのように、
ラクスの声が示唆的に響く。≪ですから私は思うのです、
チョコレートは想いを届けるメッセンジャーなのだと。≫ラクスの声にカガリが頷く。
「そっか。
そこに伝えたい想いがあるからみんな頑張るんだし、
受け取って、嬉しいんだよな。」アスランの中で何かがストンと落ちたような気がした。
まだ形も分からず言葉にもならない何かが、
追い風のように背中を押す。――そうか。
と思うと同時に、画面の中のキラがそっと頷いたように見えた。
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