messenger
既にキラもラクスも十分にこの一時を楽しんだ。
後は果たされるであろう目的を見届けるのみ。
ねぇ、君たちは知ってる?
チョコレートは想いを届けるメッセンジャーだという事を。だから受け取ってよ、
僕達がチョコレートに込めた想いを。いつも誰かのために一生懸命で
自分の事を後回しにする君達が
いつも今もこれからも、想いを胸に仕舞い続けるというのなら、夢の為に、
誰かの為に、
幸せを選ばない今を選ぶと言うのなら、僕達が大切にするよ、
君達の想いを。
≪さぁ、そろそろ時間だよ。≫
と、キラが声をかけると、
“あらあら”と時を忘れておしゃべりに夢中になっていたラクスは小さく手を叩き
本来の目的であろう言葉を告げた。
それは定刻を知らせる鐘の音のような響きに似ていた。≪では、3つ目のチョコレートを食べたお二人には、
もう一度、想いを伝えていただきます。≫2つ目のチョコレートを食べた時に伝え合った想いは
確かにずっと伝えたかった言葉だった。“ありがとう”
けれどそれは小さなきっかけと勇気さえあれば、
きっと何時だって伝える事ができる言葉だった。
“そうじゃないだろう”と、キラとラクスは言いたかったのだろう、――チョコレートは、想いを届けるメッセンジャー。
伝えるべき想いじゃない。
伝えたい想いを、
君に伝えるんだ。
意を決したような眼差しを向けたカガリに、
“そういう人だよな、君は”と、知りすぎたカガリの行動にアスランは淡い笑みを浮かべる。
伝えたい想いが大きい時や難しい時、
それに比例するように伝えるための勇気も力も必要になる。
だからこそカガリは、自分から伝えようとするんだ、――俺の為に。
だけど、
「カガリ。
今度は俺から言うから。」その細い肩にあまりにも多くのものを背負う君に、
これ以上背負わせる訳にはいかない。――これから起きる事は全部、
俺が引き受けるから。カガリはきょとんとした表情の後に、“むぅ”という言葉がしっくりくるような口を型どり、
両方の手で作った拳を小さく揺らしていた。
先程の失態の事を気にして、先に伝えようとしてくれたのであろう。――君の気持はありがたいけれど、
今回は譲れない。アスランは瞼を閉じて一つ呼吸を置き、
開いた瞳に覚悟を宿す。
一瞬、大空を羽ばたく白い翼を見た気がして、
漠然と自由を感じた。――緊張、してる筈なのにな。
だから、キラとラスクはいつも自由の中にいるのだろうと、
そんな事を考えて、小さな微笑みがアスランに浮かんだ。
「先ず、ラクスとキラには悪いんだが、
この端末を切らしてもらう。」アスランの一方的な言葉に
≪えぇ〜!≫
案の定、大ブーイングのキラの頭を撫でながらラクスは問う。
≪理由をお聞かせくださいな。≫
春のうららかな日差しのような声、
しかし真直ぐな眼差しは真実以外を許さない厳しさを持っていた。「カガリだけに伝えたいんだ。
他の誰にも聞かれたくは無い。」言葉が体に反響しより大きく響いていくような感覚がする。
しかし、ここで引くという選択肢は無い。「伝えたいのは、
そういう想いなんだ。」決めたんだ、
君に伝えると。≪わかりましたわ。≫
ラクスの浮かべた微笑みは喜びに満ちていて、
アスランは打たれたように気付かされる。
想いを伝えることで、誰かを幸せにできるという真実に。今まではずっと、
自分の想いを伝えれば
一番大切な人を傷つけるだけではなく、
誰も幸せには出来ないのだと思っていた。
だけどきっと、≪嫌だっ。
兄として、僕は聞き届けるんだ〜っ!≫想いを伝える事で、
誰かを幸せにできること、「キラ、お前は弟だっ。」
それはこの世界で起きる
≪今回はアスランにお任せすることにいたしましょう、キラ。
心配なのであれば、後でお二人とお話すれば良いのですから、ね。≫ありふれた奇跡なんだ。
≪ぶ〜。≫
願わくばその奇跡が
自分達に起きますように。
未だに納得のいかないキラをなだめながら
“ごきげんよう”の言葉と共にラクスの姿が画面から消え、
一瞬にして部屋は静けさに包まれた。「カガリ。」
名を呼んだ、
その声が思いの外響いて鼓動が乱れる音がした。
が、それ以上に、カガリの肩に掛った髪が大きく跳ねて
彼女もまた緊張していることを知り、――同じ、なんだな。
その事が何処かくすぐったくも嬉しくて、アスランに柔らかな微笑みをもたらす。
今は嘗てのような恋人と呼べる関係ではない。
だから抱きしめて口づけして、言葉無く想いを伝える事は出来ない。
だから、想いを込めて言葉にしよう。
そこに込めた想いを
受け取ってほしい。「お願いが、あるんだ。」
「お願い?」
アスランの切り出した言葉が意外だったのであろう、
カガリは素直に小首を傾げ、願いを聞き届けようと身を寄せる。「今夜、少しの時間でいいから、
宇宙を見上げてほしい。
今夜は星が、綺麗だから。」そう告げて、突然瞼が熱くなり
瞳を覆いそうになる涙を懸命にこらえた。
そうしてそんな衝動に駆られたのかという理由は後回しにして、
とにかくカガリに悟られないよう言葉を続けた。「俺の願いを聞き届けるがどうかは君の自由だ。
答えは行動で示せばいいから、今ここで応えなくてもいい。」今日この日は、
プラントの国民にとっては奪われた命に祈りを捧げ、永久の平和を願う日であり、
カガリもオーブを代表し哀悼の意を示したことは知っている。
その立場にあるカガリが、
ある特定のコーディネーターに対し個人的な祈りを捧げる事の意味が分からない程、
公私混同はしていない。
母上に祈りを捧げて欲しいなんて、アスハ代表であるカガリに願うべきでは無いことは分かっている。
でもこれが、偽りの無い心からの想いなんだ。
だから、宇宙を見上げる目的は告げない、
そうすれば君の心も立場も傷つかず、
無用な責任も背負わせる事は無い。「待てよ、それじゃ私は、想いを伝えて無いからダメじゃないか。」
アスランは緩く首を振る。
「俺の願いに対する答えを行動で示すのだがら、
君は想いを伝えたことになる。」カガリにとって最も負担が少ない方法をアスランは選んだのだ。
ゲームは終わりだと言わんばかりに、アスランはチョコレートの箱を片付け始めた。
包み紙が擦れる乾いた響きが室内に響いて、程無くして消えた。
夢のような時間はこれで終わったのだ。
アスランは立ち上がる。「今夜はもう遅いですから、
ご自宅までお送りいたします。」自分の声がひどくあっさりしたもののように聴こえ、
冷たく受け取られないよう紳士的に手を伸ばす。
と、カガリはその手を取りぐっと力を込め、引っ張っるように立ち上がった。
その勢いのまま「ほら、行くぞっ!」
駆け出した、
アスランと手を繋いだまま。「行くって、何処へっ。」
カガリに問う頃には扉を開き
「何処って、屋上に決まってるだろっ。」
自分のデスクの前を横切り
整然と並んだデスクの間をすり抜け、――君はいつも突然で、
廊下に出てエレベーターを探すカガリの横顔に
“こっち”と小さく囁いて手を引ひけば
宝物が眠る場所を見つけた子どものような笑顔が返ってきて、――俺の世界を変えていく。
目的のものは逃げて行かないのに全速力で駆けだす君がおかしくて、
エレベーターの扉が閉じると同時に2人で思い切り笑い声を上げた。
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