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セキュリティーを解除して屋上の扉を開く。
コンクリートの枠に縁取られた宇宙は、一歩踏み出すだけで無限の広がりを見せた。

見上げた宇宙があまりに広くて胸が詰まる。

屋上のヘリポートの中心に立てば宇宙を切り取る物は無く、
視界は満天で満たされた。
宇宙空間を漂うよりもずっと、宇宙に抱かれているような気持になるのは何故だろう。
それは、この宇宙に大切な人の魂が眠っているからか、
それとも、
君が隣にいるからか。

星降る夜に君の隣で思う、
この宇宙はあたたかいと。

「母上…。」

知らず呟いた言葉は常夏の風に溶けて消える、
ことは無くて、

「…ふっ、…くっ…。」

隣にいる君に届いて、
あの日と同じ、あたたかな涙を流す君の姿に、そのぬくもりに、
胸が締め付けられる。

「カガリ…。」

少し震えた声、
いつもであれば力づくで抑え込む感情も
今この時だけは許そう。

「ありがとう。」

 

 

柔らかな風が、まるで母の手のように君の涙を乾かした頃、

「う…ぇ?」

ブランケットでカガリをすっぽりと包めば、
大きな瞳がこちらを見上げた。

「いくらオーブでもそんな恰好じゃ冷えるだろ。」

“ごめん、すぐに渡せば良かったな”、そう言ってアスランは小さく溜息を落とした。
とは言え、自分のデスクを横切る時に、
椅子に掛けておいたブランケットを咄嗟に掴んで正解だったと思う。
白いうなじが覗くオフショルダーのニットに、
すらりとした足が剥き出しのショートパンツ、
こんな格好で長時間外に居たら、ブランケットを被っていても風邪をひいてしまうだろう。
しかし、

「いいって、オーブの冬には慣れてるし。
お前の方が風邪引くぞ。」

――そう言うと思った。

変わらぬカガリがそこに居て笑みが深まる。
そしてアスランの胸の内に小さな悪戯心が顔をのぞかせた。
あの時と同じ言葉を返したら、君は何て応えるだろうかと。

「俺の心配はしなくていい。
寒さは気にならないから。」

と何気なさを装って言えば、カガリはあの時と同じく瞳を大きく見開いて、
腰に手を当て呆れたような溜息を零した。

「寒さが気にならないって、どういう神経してるんだよ。
アスランの場合、強いのと鈍感なのは紙一重だって、前にも言っただろ。」

アスランは驚きに絶句する、
まさかカガリが覚えていたなんて。
幼かったあの頃の自分、
それ故に君を傷つける未来が待っていたとしても、
あの頃の、僅かな瞬間さえも、自分にとっては大切な思い出で。
同じように想ってくれていたらと、そんな傲慢な事は望まないけれど、
どうか痛みや不快な思い無く振り返る事が出来る、そんな思い出になっていればと願う。

 

どちらがブランケットを使うのか、
まるで先程の部屋での押し問答の再現のようなやり取り。
カガリはブランケットを譲ろうと必死で説得してくれるのだが、
その様子はアスランに笑みをもたらすばかりで、
結局折れたカガリは大人しくブランケットに包まれた。

「これじゃ、また借りを作っちゃうじゃないか。」

“借り?”と問い返せば、
カガリはふいと顔を背けて口を尖らせた。

「3つ目の想いを伝えろって、キラとラクスに言われた時、
本当にどうしようかと思ったんだぞ。
そこをアスランが機転をきかせて助けてくれたし、
ハンカチだって借りちゃったし、
それにブランケットまで…。」

唇を尖らせ、カガリが“借り”だと言うそれを指折り数える仕草は
何処か幼さを感じさせるかわいらしさで、

「アスランばっかりずるいぞっ。」

そういって睨みを利かせる君は子猫のようで、
くすぐったいような感情はそのまま自分の表情に現れていたのであろう、

「お前っ、何笑ってるんだよっ。」

“こっちは真剣なんだぞっ!”と言いながら、ポカポカと拳をぶつけてくる君がいて、

――カガリが、ここに居るんだ。

胸を満たす。
思わず抱きしめたくなる衝動をやり過ごすために、宇宙を見上げた。
何故だろう、
この宇宙の何処かで母上が笑った様な気がした。

「借りを作ってしまったのは、俺の方だよ。」

無垢な瞳で真直ぐに問い返すカガリからの視線を外し、アスランは応えた。

「カガリの立場を考えれば、こんな行動は政治的な意味を持ちすぎる。
例えプライベートであっても。」

カガリ自身が公私を明確に分けていたとしても、
誰の目にどう映るかは分からない。
一国の代表がコーディネーターの故人を、
戦争犯罪人の妻を、
悼み祈る事を良しとしない者もいるだろう。
ましてや、一介の将校の願いを聞き入れ行動に移すなんて。
想いを伝える事で、君に新たな責任も重みも負わせる事になるのだと分かっていた。
それでも願いを君に伝えた理由。

「でも、君に、今日この日に、
宇宙を見てほしかったんだ。」

自分の代わりに、カガリに祈りを捧げて欲しかった訳ではない。
君が同じ宇宙を見ている、それが自分の背中を押すような気がしたんだ。

「君となら真直ぐにこの宇宙を
見上げる事ができると、思ったから。」

2度も祖国を裏切った自分がどんな顔をして母と向き合えばいいのか分からなかった。
例えそれが自分の正義を貫いた結果であっても、
母が愛した祖国に、家族で幸せな時を過ごした祖国に、
銃をむけてしまった事実は変わらないのだから。
宇宙を見上げる、その手前で躊躇が視線を遮る、その繰り返し。
今の自分を取り繕ったってどうしようもないのだから、
もうこのまま、想いを霞ませる靄を取りはらえぬまま、
力ずくで宇宙を見上げるしかないと、そう思っていた。

だけど――

突然のスコールのようなハプニングに乗じて
君に告げた願い。
きっと自分は甘えてしまったんだ、
真直ぐな君に。

「お前また、ハツカネズミになってたんじゃないか。
前にも言っただろ、
子どもに会いたくない母親なんていないって。」

“忘れちゃったのかよ。”そう言って腰に手を当てる君。

――また、君に叱られてしまったな。

アスランは眉根を下げて笑う。

「忘れて無いよ。」

――君がくれた言葉を忘れる筈無いだろう。

「忘れて無くても、分かって無かったら意味無いだろ。」

“全く、だから心配なんだよ。”そう呟いて宇宙を見上げた君は
そのまま星に触れるように手を伸ばした。
突然の行動に驚いたアスランは、カガリの肩からずり落ちたブランケットを掛け直した。
何か言いたげなアスランの視線に気づいていたのだろう、
カガリは理由を告げる。

「レノアさまに、お願いしなくちゃな。」

意味を解せず問い返せば、

「秘密だっ!」

カガリは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 


きっと誰しも想いを胸に抱いている。
大切だからと抱きしめて、
苦しいからと握りしめ、
恥ずかしいからと広げた手で隠し、
忘れたいからと拳を押し当て、
愛おしいからと手を当てる。

その想いを解き放てば、
大空を羽ばたく鳥のように翼を授かり
飛んでいくのだろう。

君の元へ。

あなたの元へ。

でも今は――

 

カガリは最後の言葉を伝えるように宇宙を見上げ、
同じ宇宙をアスランは瞳に映す。

 

だからいつか。

きっと、ではなくて。

その時を、自分に約束しよう。

必ずこの想いを
解き放つ日が来る事を。



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Blogにて、おまけのお話を掲載しています。
よろしければご覧ください♪

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