大人の悪戯


戦前は、キラとラクスとアスランと、
小さなバースディパーティーを孤児院で開いた。
式典の、
キラと私の誕生日の前日に。

いつもアスランが贈ってくれたもの。
ラクスの育てた花で作った
生花のコサージュ。

花の香りは、まるでラクスのように優しくて、
アスランはどんな仕掛けをしたんだろう、
生花はいつまでも瑞々しく彩を輝かせて。

嬉しくて、
嬉しくて、
この胸に、あなたへの想いを抱いて
式典のドレスの胸元に
コサージュをさした。

あの頃。

 

 

サンダルのヒールを鳴らしながら、カガリはマリューの後ろに続いた。
ホームパーティーにしては静かすぎる廊下に、かすかに眉を顰める。

「なぁ、他には誰が来るんだ?。」

カガリの問いにマリューはたおやかな笑みを返すだけで、
益々訳がわからないとカガリは首をかしげた。
廊下の突き当たりのリビングの扉の前に行き着くと、
マリューは勢い良く扉を開けて、カガリの背中を押した。

 

 

Happy Birthday!!!!


その声と共に、クラッカーの弾ける音が華々しく重なる。
紙テープまみれになりながら、きょとんと瞳を丸くしたまま固まったままのカガリの目の前には
シャンパングラスを持った親しい仲間たちがいた。
ムゥやマリューをはじめとする戦友や軍の者たち、秘書官を含めた行政府の者たち、
コル爺やエリカといった技師を中心としたモルゲンレーテ組み、
そしてアンリやロイといった古い友人たち。

――パーティって・・・まさか、私のか?!!!

未だ突っ立ったままのカガリに、コル爺は無理矢理グラスを握らせると同時に
あまりに完結な乾杯の音頭を取った。

「飲むぞ〜!!カンパ〜イ!!!」

「「「「「カンパ〜〜〜〜〜〜〜〜イ!!!」」」」」

高らかに掲げたシャンパングラスの中で
星のような気泡が軽やかに弾けた。

 

エリカ特製ミートパイを頬張りながら、カガリはムゥとマリューに問うた。
カガリの頭上には、本日の主役ということで小さなティアラが飾られていた。

「もしかして、このパーティーって・・・。」

ムゥは(本日欠席)キサカ特製サバイバルカレーに舌鼓を打ちながら応えた。

「そ、カガリのバースディパーティーってこと。」

と、小さなお髭にパイくずをつけたコル爺が乱入してきた。
手にはアンリとロイの実家である旧ファウステン家自慢のアップルパイを持っている。

「まぁ、式典の前夜祭になっちまったけどな。」

庭と一体的なつくりになっている開放的なリビングには、
大きな皿に盛り付けられた料理が並んでいる。
カガリのためにおのおのが持ち寄った料理を振る舞い合う姿は
コル爺の言葉どおり式典の前夜祭のようになっている。
カガリは喜びを噛み締めるように瞳を閉じて、

「ありがとう。
とっても嬉しい。」

そう言うと、手に持っていたミートパイを一気に口に詰め込むと、
ミニスカートのワンピースの裾を翻し、フロアの方へ駆け出した。

 

“今日はありがとう。
どうだ、最近。相変わらずか。“
そう声をかけて回る。
すると仲間たちは一様に、カラリと晴れたオーブの空のような笑顔を見せて頷いてくれた。
酒も手伝ってか、みんな酷く上機嫌で、
酒や料理を堪能しながら紡がれる言葉は途絶えることを知らない。

仲間たちがくれる心地よい空気に心がほぐれて、
くれる笑みが心を躍らせて、

でも心はあまりに素直に“彼”を求めて、
視線は何にも縛られず、“彼”の姿を駆け出すように追って、

いけないと、心が鳴らす警鐘に瞳を閉じた時、
振り下ろされた真実に、立ち尽くした。

「今日、アスランは来れないって。」

「え。」

ムゥの声に無防備な声を発してしまい、
カガリは慌てふためく心を懸命に押さえ込んだ。
が、そんなことをしてもムゥには筒抜けなのだろう、
ムゥはカガリの肩に手を置くと、困ったように微笑んで言葉を落とした。

「残業だって、あいつらしいよなぁ。」

 


あの後、ムゥになんて言って応えたのか覚えていない。

乱入してきたアンリとロイと幼い頃の話をしたり、
エリカから溺愛する子どもの話を聴かされたり、
それに大いに共感するふりをしてムゥがマリューに迫ったり、
コル爺が馬鹿でっかい声で歌いだしては、何故かみんなで肩を組んで大合唱したり。

本当に楽しくて、

嬉しくて、

感謝の気持ちが水のように溢れて、

でも、

どんなに溢れても満たされない

私の心はどうしてこんなに、欲しがりなのだろう。

 

この胸に、コサージュが無いから?

 

 

「さ、今日はもうお開きにしよう!」

そんなムゥの一声で、やはり最後はコル爺の一本締めだった。
感謝と別れの挨拶をしながら耳を澄ませば、
どうやら参加者の多くは市街地で始まっている式典の前夜祭に繰り出すらしい。

――ほんっと、気持ちのいい奴らだよなぁ。

誰も居なくなったリビングにあるのは、祭の後の寂しさ。
カガリは切り替えるように後片付けを手伝おうとした、が、

「あらあら、カガリさんは今日の主役だもの、
休んでいてね。」

「そうだぜ、今日は我が家に泊まっていくんだし。」

――・・・。

「えっ!!聴いてないぞっ!!」

「あら?マーナさんには許可をもらってるわよ。」

マリューは、“ねぇっ”と言いながらムゥに寄り添い、
ムゥは大げさに頷きながら応えた。

「まぁまぁ、
ちょっとだけ待ってやってくれよな。」

ムゥの言葉の指すものが分からず、カガリは首をかしげた。

――何を・・・?
   誰を・・・?

 

時計が間もなく夜の11時半を指そうとした時、
来客を伝えるベルの音が控えめに響いた。

誕生日まで、あと30分。


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