大人の悪戯





今やオーブの国民で、
5月18日が何の日であるか知らない者は少ない。


旧世紀から代表首長生誕記念日は国民の休日である他、記念式典が伝統的に行われてきた。
一部が世界遺産に認定されているアスハ邸を広く国民に開放し、
当日は広大な邸内が、人種や国籍、年齢、職業、地位などの区別無く多くの人々で賑わいを見せる。
太古の首長が生誕祝いに贈られた貢物を市井へ振舞ったことが切欠となり、
現代ではオーブ国内の5つ星レストランから街の小さなカフェまで様々な店が料理をふるまい、
農場からは採れたての野菜や果物、食欲を掻き立てる肉、その隣では新鮮な海の幸が並び、
他方では絵画や彫刻、様々なオブジェが並び、反対側では色とりどりの花であふれ、
小さな広場では音楽が奏でられ、一つ二つと歌声が重なり、
大空の下で手を取り合いダンスを踊る。
その様子は観光ガイドブックに必ず掲載される程のフェスティバルと化していた。

だからこそ、カガリは式典の成功へ向けて力を尽くした。

 

式典、前日――

手入れが行き届いた庭に色鮮やかな花々が咲き乱れ、
普段は積み重なった歴史の重厚さを感じさせる建物はそこかしこに装飾が施され、
出店者たちはまるで市場さながらの活気に満ちて準備に勤しむ。
その中央で、式典の主役は
タンクトップにカーゴパンツ、手には軍手という井出達で、

「よーし、引っ張るぞぉっ!!」

バルコニーに看板を引き上げるために、ロープを引っ張っていた。

「姫様っ!!そのようなことは男衆にお任せくださいましっ!!」

こうやってマーナに咎められるのもいつものこと。

「いい・・・んだよっ、っと。
こうやって、みんなと一緒に創っていきたいんだ。」

カガリは手際よくロープを縛りに掛かる。

 

カガリは多くの人々に祝ってもらえること以上に、
自分の誕生日が多くの人々の喜びに繋がる切欠となることに喜びを感じていたのだ。
きっとこの式典の始まりは、首長が民への感謝を表したことにあるのではないかと、
カガリは思う。
何故なら、この式典の日を迎えるたびに思うのだ、
ありがとう、と。
故に、カガリは文字通り全身全霊で式典の準備に打ち込んでいた。

 

そう、それは真実で。

 

でも、瞳を閉じれば見えるのは
月のように浮かぶ過去。

キラとラクスと、アスランと、
みんなで祝った初めての誕生日も、
二度目の誕生日も、
思い出すだけで胸が締め付けられる程嬉しかったから、
喜びで溢れていたから。

アスランが、傍にいたから。

あの頃に帰りたいとは思わない。
選んだ今に、後悔は無い。
過去に想いを馳せることと、
過去へ縋ることは違う。
でも時々わからなくなる、不安になる、
私はそのどちらなのだろうかと。

眠りに落ちるように閉じてゆく瞼、
過去に誘われたのか、
それとも祈りを馳せようとしているのか、
分からない。

だからカガリはぐっと視線を定めると、次の作業に取り掛かった。

 

 

と、その時だった。
携帯用端末が鳴り、カーゴパンツの大きなポケットから取り出せば
良く知る名前が表示されていた。

「よっ、ムゥ!」

と、カガリが言い終わる前に、端末の向こう側のムゥの快活な声が飛んできた。

「カガリ、今夜時間作れないか?
我が家のホームパーティーにご招待するぜ。」

ちょっとおどけたムゥの声にカガリはくすくすと笑みを零した。
が、見渡せば、庭も屋敷内でも急ピッチで式典の準備が進められている。
ここで自分が抜ける訳にはいかない。

「ムゥ、悪いんだが・・・。」

と、断りの言葉を紡ごうとした時、掌に乗っていた携帯端末がマーナに奪われた。

「ムゥ様っ!!マーナでございます、おひさしゅう・・・。
えぇ、えぇ、・・、はい、はい、・・・あーら、左様でございましたか。」

そういいながら、マーナはチラリを横目でカガリを見た。
その視線に何かを感じ取り、カガリの身体がピクリと跳ねた。

「もちろん喜んで、では。」

ピ。
端末が切断された音が響いて、カガリは瞳を丸くした。

「マーナ、どういうことだっ。」

まだ準備が完了していないのに、パーティーに参加できる筈無いだろう、
カガリの顔にはそう書いてある。
しかし、だてにマーナも長年カガリの乳母を務めてきただけある、
不動の笑みを浮かべてピシャリと言い放った。

「姫様、準備は私どもにお任せになり、
どうぞ、楽しんできてくださいましっ!!」

 

 

それは例えて言うなら、強制連行であったと、
カガリは思う。

何処からともなく現れたSPにバスルームに連れて行かれ、
脱衣所の籠の中には真新しいワンピースが用意されていた。
タオルドライしながらバスルームを後にすれば、目を光らせた美容師がいて、
瞬く間に車に押し込まれて、車はフルスロットルで爆走。
そして、今。

ムゥの家の呼び鈴を鳴らしている。

――式典の準備は大丈夫であろうか・・・。

思わず漏れそうになった溜息を、首を左右に振って打ち消した。

――せっかくのパーティーだもんな、楽しまなくっちゃ!

小さな拳をきゅっと握って気合を入れた、その時だった。

木製のシンプルな装飾のなされた扉が開き、マリューが顔を出した。
洗濯褪せしていないエプロンからは新婚の甘い雰囲気が漂っていた。

「ごめんなさいね、急に呼び出しちゃって。
どうぞ。」

「いや、こんなお誘いは大歓迎だ!
ありがとう。」

カガリはマリューの後を続いてリビングへと向かった。

 


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