覚悟の響き【カガリ視点】〜心震える響き〜 1
切欠は、何気ないことだったと思う。『いざと言うときは、私も暁で出るからな。』
この言葉に嘘も偽りもないし、何かを示唆するつもりも無かった。
言葉のまま、私は、いざという時は暁で戦場を駆けるつもりだ。戦場を駆けるだけが、私のすべきことではないことは、わかってる。
人それぞれに、得意なことがあって、力を注ぎたいと思うものがあって、
果たしたい夢がある。
私の場合は、オーブの代表首長として職務を全うすることであることも、
わかってる。でも、こんな私の力でも、出来ることがあるなら、
私はあらゆる手段を排除しない。
夢を叶える為に。
この夢は、私だけの夢じゃないから。でも・・・、
まさか、私の発言が引き金になってあんな事が起こるなんて想像もしなかった。
政務室で決算監査の膨大な資料をひとつひとつ読み込んでいく。
初めて代表首長に就いた年は、資料の何処に何が書いてあるのか、
そもそも書かれている数字の羅列が何を意味し、
そこから何と次年度を、未来を結ばなければならないか、
何も分からなかった。
それこそ、右も左も分からない赤子のような私に、秘書官等は根気強く指導してくれた。
カガリはPCの画面に表示していた電子資料から、隣に積まれた決裁に目を移した。
いくら電子化が進んでも、最終的な決裁は紙媒体にサインをすることで完了する。
全てにサインしなければ・・・と思うと同時に、
決算監査資料の内容が分かるようになればなる程、サインする手に想いが込められるようになった。
これだけの資料を作成するために、どれだけの人が動いたのか、
いや、もっと深く、
掲げた政策方針に向かい人が動いた結果がこの数字であり
この数字で、オーブの民の生活が豊かになったことか、
もっと豊かにするための足がかりにするために――さらさらさら
決裁欄に万年筆を滑らせ、記されるサインから声は聴こえない。
それでも、この文字に込められる想いは、時を経るだけ膨らんでいく。――よし、次っと。
そしてカガリは国防の方へと電子資料を繰った。
ここ2週間というもの、なにやら軍本部だけではなく行政府までもが騒がしかった。
何を騒いでいるのかと問うても誰も明確に応えてくれず、
そこに一抹の寂しさを感じたが、誰も何も伝えないのは気遣いからであろうと、
カガリはその気持ちに甘えることにした。
きっと、騒ぎもそろそろ落ち着くであろうと、悠長に構えていた。
まさか、その発端が自分の発言であるとは知らずに・・・。――今日は・・・やけに静かだな。
それが嵐の前の静けさであることも気付かずに、
カガリは決算監査の資料に集中していた。「忙しいところすまないが、ちょっといいか。」
カガリが軽く手を挙げれば、白髪の秘書官がゆっくりと腰を上げた。
「諜報部の3月補正予算で計上されたこの案件についてなんだが・・・。」
カガリの質問の内容を粒さに聴いた秘書官は、白く染まった眉を下げて笑みを零した。
思わぬ秘書官の反応に、カガリはきょとんと瞳を丸くした。
「代表、失礼いたしました。
就任当初から代表のお傍に仕えておりましたが、まさかここまで気付かれるようになられるとは・・・。」
ふーっと深い溜息をついて、秘書官は続けた。
「まるでウズミ様のようだと思い、嬉しくなりまして。」
するとカガリは、秘書官の深い皺が刻まれた手をぎゅっと握って微笑んだ。
「お前たちが、何度も何度も指導してくれたからだ。
感謝している。」
だが、と言葉を切って、カガリは厳しい表情で電子資料へ視線を向ける。
「まだまだ分からないことが多すぎる。
これからも厳しく指導してほしい。」
カガリの己を厳しく律する姿勢に頭が下がる思いで、秘書官は小さく頭を振った。
「ですが、この案件につきましては私では分かりかねます。」
カガリは、指摘が細かすぎたのだろうかと思案し、
後ろに控えていた新米秘書官に声を掛けた。
「モエギ、幕僚長と繋いでくれないか。」ぴくり。
その時、不自然にモエギの肩が揺れたのをカガリは見逃さなかった。
手帳を繰る仕草でわたわたしているモエギに、いぶかしげに視線を送り、
カガリは白髪の秘書官へ問うた。
「モエギ、どうしたんだ?」
しかし白髪の秘書官も、困ったように柔らかく微笑むだけ。
そして、モエギはたどたどしくカガリに告げた。
「大変申し訳ございませんが、幕僚長は会議中のようでして・・・。」
うん、と頷いて、カガリは同部署の管理職の名前を次々に挙げていく。
しかし、ことごとく彼等は会議中であったり、外出中であるとのモエギの返答に、
カガリの眉間の皺が深まっていく。
机の上で握られた拳はふるふると震えているのを見て、
白髪の秘書官はカガリの爆発に備え、若干間合いを取った、
その時だった。「・・・つまり、
軍の上層部は、今はすっからかんということだなぁっ!!!」――全く、有事の場合はどうするつもりだっ。
危機管理体制を見直さなければ。カガリが直接キサカの携帯用端末へつなげようとした時、
モエギは猛突進し、カガリの手を両手で掴んだ。
「カガリ様っ!!!」
モエギの声は裏返り、真っ青な顔をしながらも額に不自然な汗を浮かべていた。
「なっ、何も、今お調べにならなくともっ。
ほら・・・お時間もたっぷりありますしっ!!」
モエギは引きつった笑みを浮かべながら懸命に言葉を紡いだ。
そのあからさまに不可思議な態度に、カガリは疑念を抱かずにはいられなかった。
もしかしたら、組織ぐるみで何かを隠そうとしているのかもしれない。――恐らく、私のために・・・。
カガリはすっと視線をモエギに当てた。
職権乱用だが、仕方が無い。「モエギ。」
そう呼びかけるだけで、手を掴んでいるモエギの掌から震えが伝わってきた。
が、モエギには可愛そうだが、カガリは一歩も引く気はなかった。
モエギを捉える琥珀色の眼光に鋭さが増し、
射抜くような眼差しを向けた。「代表首長の権限によって命ずる。
上層部は、今何処で、何をしているか、
答えよ。」
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