覚悟の響き 2
――ムゥさんは、一体どういうつもりなんだ・・・。アスランは胸のうちで悪態をつき、
表面上は突き刺さるような視線を静かに受け止めるような表情を浮かべ、
この場を丸く治める論筋を一気に思考していく。
が、算段途中に議長から発言を促され、アスランはその場に起立した。「確かに、アスハ代表のMS訓練を行ったのは自分です。
状況が、状況でしたから。」アスランの持つ平静な響きが、紛糾する会議室に涼やかに響き――
結果として反対派、賛成派双方をヒートアップさせていく。
しかし、一方のアスランは双方の熱気をいなすように
事実を淡々と告げた。
アスランは知っていたのだ、烈火のごとく迸る双方の感情とは
カガリへの篤い忠誠心であことを。
そうであるならば、どちらを否定してもならないし、
どちらかだけを擁護してもいけない。
そうしなければ、結果として哀しむのはカガリ自身だ。
そして、問題の発端となったカガリの発言に現れたカガリの想いも尊重したかった。
それは、准将としてと言うよりは、アスラン個人としての感情だった。「アスハ代表のセンス及び技能については、
第一次、二次両大戦において収められた功績から判断して、申し分ありません。
フラガ大佐のおっしゃるとおり、
我が軍のエースパイロットと同等、もしくはそれ以上かと。」と、滞りなく述べたアスランは一度言葉を切った。
その隙に質問を投げたのは、反対派の幕僚長だった。
「では、ザラ准将はアスハ代表が戦力になると、そう言いたいのか。」
多分に含意された言葉に、アスランは一拍間を置いて応えた。「技能だけを取り上げて考えるのであれば、戦力となる腕前であると考えます。」
ザラ准将が賛成派に回ったと、早とちりした輩が騒ぎだし、
会議の熱気をさらに煽った。
しかし、続いたアスランの言葉に、会議の空気が微かに揺れる。「しかし、アスハ代表のお力は、それだけではありません。」
「どういうことかな。」
議長はヒートアップしそうな流れを沈静化するように穏やかに問い、
それを引き受けるようにアスランが応えた。「有事の場合、それもアスハ代表が御自ら暁で出陣される場合とは、
壊滅的な戦況であると想定できます。」問題の淵源に話を戻すアスランの言葉に、会議室はざわめきだす。
今更何を言い出すのか、と。「その場合、最も失ってはならないものは“士気”であり、
だからこそ、アスハ代表のお力が必要となります。
代表が、幾度も潰えることのない希望の火を燈して来られた事は、
皆様の方がご存知のことでしょう。」ムゥは口を突いて出そうになる口笛を飲み込んだ。
アスランが問題を、アスハ代表が暁で戦闘する必要性から、暁で指揮を執る必要性へと
摩り替えたからである。
忌々しげに睨みを利かす幕僚長も、アスランの発言の中にある真実を認めているからこそ、
揚げ足を取るような言葉を投げ返しはしなかった。
会議室の空気が変質してきたことを確認すると、アスランは間髪要れずに続けた。「さらに、議題の前提となる状況を安易に招く程、弱きオーブでないことは、
我々のこれまでの尽力が証明し、そしてこれからも証明し続けるでしょう。
先の大戦で求めた強さではない、真の強さを。」――やるねぇ。
アスランの意図を読み取ったムゥは、腕を組んだまま片目を閉じてアスランを見遣った。
つまりアスランは、話の前提となる状況そのものが発生する可能性の低さから
会議を続ける意味を問うたのだ。
この場にいる人間の努力が大きければ大きい程、
今話し合われている事が現実化する可能性は低下し、
そして彼等の努力を否定する者は居ないと、アスランには分かっていた。
何故なら、真の強きオーブを実現するために誰もが励み続けてきた事を、
その苦しみも辛さも皆で分け合ってきたことを、知っていたからだ。会議の終焉が見えて、ムゥはやれやれと首筋に手を当て、筋を伸ばした。
アスランの発言を受け、
『アスハ代表の出陣は、
その必要性がある場合という極めて限定的な状況に限り許可する』と、
反対派と賛成派が合意に至るであろう。
終焉が会議室を包み込もうとしていた。
が、
1人だけ食い下がる人物がいた。
反対派の筆頭、幕僚長だ。「だがな、いかに我々が強きオーブのために力を尽くしても、
抗い難い波にさらされることもあるだろう。」
それは、この2度の大戦が、
そしてオーブを形作ってきた長い歴史が物語っている。
「その場合、アスハ代表が暁で戦場に赴き、喩え兵の士気が上がっても、
代表ご自身の命が奪われれば意味が無い。」
幕僚長は、時の重みを感じさせる現実を突きつけ、
この場にいる者たちに喚起させる。
落ちる様な浮遊感と、焦土から薫る戦火と血の匂い、
無限の加速度で広がる絶望を。
もう一度会議が振り出しに戻ったと、空気が重く沈みこんだ
その時だった。
会議室の扉が蹴破られるように派手に開いて、
振り向けば、息を切らしたアスハ代表がそこにいた。
カガリはこの騒動を引き起こした責任にきつく唇を噛み締め、
キサカの元へ駆け、状況を確認しようとした。
が、キサカはカガリの唇が動く前にそれを制し、
対峙する幕僚長とアスランの結末を見守った。
キサカに倣うようにカガリが顔を上げれば、
幕僚長は、日本刀のように鋭く光る眼光を真直ぐにアスランに当て、
アスランは、真っ向から灼熱を帯びた眼差しを返していた。
カガリは早鐘を打つような鼓動を抱きしめるように、
左手を右手で包み、胸に押し当てた。
言葉も呼吸さえも遮断する沈黙が、支配する。
「条件がある。」
先に口を開いたのは、幕僚長だった。
その厳格な声は、轟くように低く響いた。「アスハ代表が、暁でご出陣される場合は、
死ぬ気で護れ。」反対派の筆頭であった幕僚長が折れたことを示すこの発言に、
会議室の一方で歓声が上がり、他方で譲歩がもたらす特有の溜息が聞こえた。
これでアスハ代表の発言を端緒に勃発した騒動が幕を閉じようとしていると
広がった安堵の空気は、続くアスランの言葉によって覆された。「その条件をのむことは、出来ません。」
幕僚長は眉間に険しい皺を刻み、
会議室からは驚愕と不快感を示すどよめきが湧き上がった。
アスランは、その空気に靡くことも染まることも無く、
静かに強く、射抜くように言葉を紡いだ。「生きて、護りぬきます。」
揺ぎ無い覚悟が、響く。
再び会議室は水を打ったように静まり返る。
それを打ち破ったのも、やはり幕僚長で、
豪快な笑い声が室内に響いた。
あっけに取られる他の面々を他所に、
幕僚長は荒々しく制帽を取り、髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
「全く、ザラ准将は可愛げが無いっ。」
豪快なユーモアが薫る幕僚長の言葉に、
「御手柔らかに、お願いします。」
眉尻を下げたザラ准将は歳相応の表情を見せ、
何処からとも無く拍手が沸き起こった。
そして、スコールの後に広がる青空のように晴れやかな空気が
会議室を満たした。
マリューはくすくすと笑みを零しながら続けた。
「あの時のカガリさんの表情。」
「まるで、恋する女の子の顔だったな。」
と、ムゥもマリューを映したように柔らかな笑みを浮かべた。
「ときめいちゃうわよ、格好良かったもの、アスラン君。」
「おいおい、俺もステキだっただろ〜、
アスランへナイスパスしてさぁ。」
ムゥは、会議の中で話題をアスランへ振った時のことを指しているのであろう、
マリューは悪戯っぽく瞳を細め、
「あら、キラーパスの間違いでしょ?」
ムゥは、一枚上手の愛する妻と笑いあった。
Fin.
→カガリ視点に続きます!
* * * * *
【あとがき】
今回は番外編でしたが、いかがでしたでしょうか。カガリが暁で出陣することをめぐって、
賛成派と反対派の論争が巻き起こったらどうなるのかなぁと考え、浮かんだお話です。
平和になったからこそ起きる論争だと思います。では、その時アスランはどうするのか。
ムゥであれば、持ち前の人間関係における絶妙なバランス感覚で
飄々と傍観者になるのではいかと。アスランは、カガリの気持ちを尊重して賛成派へ回りそう・・・ですが、
諸手を挙げて賛成はしないだろうな、と。
何故なら、賛成派も反対派も、根底にある想いは
「カガリを護りたい」という「忠誠心」であると知っているから、
どちらかを否定し、どちらかを擁護することは出来ないのではないか、
それが筆者の読みです。皆様はどうお考えでしょう?
でも筆者自身本当は、
アスランにはカガリ命で頑張っちゃって欲しいという気持ちもあります(笑。
その方が面白いから(爆。
しかし頭の硬い筆者は現実的に妄想してしまい、ちょっとつまらない展開に・・・。
今回のアスランは、マリューも言っていましたが、格好良いです。
『生きて、護り抜きます。』
以前のアスランであれば、『死ぬ気で護れ』といわれれば、
文字通り『死ぬ気』で護ったと思います。
しかし、カガリから『生きること』、そしてその意味を教えられたアスランだからこそ、
『生きて、護り抜きます。』と言えたのではないでしょうか。で、この言葉を聴いたカガリは “ 恋する女の子 ” な表情を浮かべたとありましたが、
どんな表情だったのでしょう?引き続きカガリ視点をお読みいただけると幸いです。
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