6-9 振り下ろされた力





「こちら・・・ーブ軍月基地・・・隊・・・ザラ・・・・応答・・・ま・・・」

ラクスの透き通った泉のような旋律に紛れ込む
切迫した通信をアスランは拾い上げた。

「こちら、紅、アスラン・ザラ。」

傍受を警戒しての配慮であろう、通常の回線とは別の周波のそれのノイズを除去しながらアスランは淡々と応えた。

「ザラ准将!」

クリアになった通信の先で上がった安堵と緊迫の混ざり合った声に
「どうした。」
アスランの声は自ずと柔らかさを帯びる。

「現在我々は任務の帰路にあり、中立地帯と地球連合軍制空圏の境界線上を通過中です。
そこで、こちらを目撃しました。」

その報告と共に送付された映像に、アスランは大きく瞳を見開いた。
地球連合軍の戦艦及びMSと戦闘状態にあるストライクと、そこにいるはずのないMSが1機。

――ケイ・・・っ!

「クライン議長よりのストライク・タキストスの救助要請を受けておりますので、
これから地球連合軍へ警告後、救援へ向かう予定です。」

その言葉に一拍遅れて、アスランは救助要請の最高責任者として命を下した。

「地球連合軍へ警告を出した後、一定距離を保ちながら並行せよ。」

「しかしっ、それではっ!」

「キラ・ヤマトの人命に関わる場合は直接介入し、生存の確保を最優先とする。
だが、いつでも動ける態勢を保ち、並行せよ。」

送られてきた映像から判断するに、ストライクとエレウテリアーの2機は地球連合軍からの一方的な攻撃を受け、
かつそれに反撃の姿勢を見せていない。
オーブ軍からの警告により想定される動きは2つ。
第一は、地球連合軍が攻撃を停止し2機のMSを解放する、
第二は、警告を無視して攻撃を続ける。

第一である場合は、当初の予定通り自分がキラとケイを迎えうつ他無い。

第二である場合に想定できる動きはさらに3つ。
第一は、キラとケイが地球連合軍の攻撃を振り切る、
第二は、キラとケイが地球連合軍の攻撃により損害を被る、
第三は、キラとケイが地球連合軍に攻撃を加える。

第二である場合は、その程度により生存の確保を最優先として直接介入が必要となり、
かつ国際法に則ったその行為は正当性を持つ。
しかし、第三である場合は、永世中立を誓ったオーブ軍が介入することはその理念に抵触し、
クライン議長の救助要請に従ったとしても直接介入へは慎重姿勢をとらざるを得ない、
それがオーブ軍としてのアスランの見解であった。
さらに、この場合の介入により地球連合軍とオーブ軍が戦闘状態に陥る蓋然性も十分に考えられ
そうなれば政治上の国際問題では済まされないかもしれない。

キラの命を救うために、アスランはあらゆる手段を排除しない。
しかし、正規の手順を踏み正当性を持ち示しながら全てを執行なければ、
全てを守ることは出来ない。

ならば――

『太陽を背負うもんじゃ、器が持たなければ死ぬぞ、アスラン。』

紅に搭載した新型エネルギー、プロミネンスのポテンシャルの爆発的な解放を抑制するためにコル爺と共に手は尽くした。
此処で、自分が潰れる訳にはいかない。
だが、このままでいる訳にはいかない。

――手遅れは、もうたくさんだっ。

アスランの瞼にフラッシュバックする
自らの手で守れなかった人たちへ誓うように、
アスランはコル爺の口調そのままにはしゃぎまわるハロの下方にある紅のリミッターを解除した。





「どういうことですか。」

ラクスはワンピースの裾をふわりと揺らしながら立ち上がり、
ブリッジ中央のテーブルに映し出されたキラの進路に目を向けた。

「ザラ准将から送られてきたオーブ軍月基地からの情報です。
こちらが予見した以上に、キラ様は地球連合軍制空圏寄りの進路を取っていたようです。」

お陰で地球到達時間は稼げましたが、そう続いた副艦長の解説を何処か遠くで聴きながらラクスは、

「こちらも進路を変更し、ストライクを追ってください。
地球連合側への通告は、これまで通り続けてください。」

落ち着き払った声色でそう指示をだしたが、
その進路が大きく曲がった地点から目を離せずにいた。

キラは目的を達成するためには手段を選ばず真直ぐに突き進む、
そうやってこれまで戦い続けてきた。
故にこの方向転換が示す何かが、ラクスの胸騒ぎに拍車をかけた。
それを杞憂ではなく事実として規定したのは、
ストライクがエレウテリアーと共に地球連合軍と交戦中との報告であった。

「キラっ!!」

悲鳴めいたラクスの呼び声は、愛する人の心に届かない。
その声も祈りも願いも
立ち込めるような暗闇に吸い込まれていくだけだった。






視覚を奪い去るような閃光がストライクを覆ったその時、
キラは手で遮ることも無く瞼を閉じることさえせず
一抹の光もやどさない瞳で全てを受け止めていた。

この身が焼けつくされる
遠くで下された判断が審判めいて、
地球へ生命を返すことが叶わずとも
細胞ひとつ残らぬ程にこの身体を焼き尽くす炎を
キラは両手を広げて迎え容れた。

そのはずだった。

キラの前で広がるのは、漆黒の翼。
同じ“自由”の名を持ち
“自由への軌跡”から生まれた
同じ姿の他者。

自分の、罪の証。

人間の欲望の、結晶。

その漆黒の翼が、
罪も欲望も哀しみも憎しみも
全てを焼き尽くし浄化するはずの炎を
遮る。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

割れるような叫びと共に、ケイはエレウテリアーの全機能を5機のMSへ向かって射出した。
一隻の戦艦にも勝る圧倒的な破壊力によって5機のMSは跡形も無く消え去った。
ケイは間髪いれずに地球連合軍の戦艦へ一気に間合いを詰めると

「キラをいじめる奴は、僕が許さない。」

その銃口を戦艦のブリッジへ向け、

「お前、消えろ。」

冷たく言い放つと同時に
ピアニッシモの薄紫の閃光が宇宙を切り裂いた。




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