6-10 奪う翼





「キラっ!もう大丈夫だよっ!!」

弾むような声で振り返ったケイの視界の先に、守りたい人の姿は無く、
代わりに走ったのは下方からの振動と
機体の損傷を伝える警告の表示とけたたましいアラーム音。

アメジストの無垢な瞳をきょとんと丸くしながら
「キラ?」
首をかしげたケイに聴こえた声は、
求めたそれとはかけ離れていた。

「・・・邪魔を、するな・・・」

コックピットの全面に映し出された星が一斉に沈むように弧を描いていくのを
ケイは大きな瞳に映し出しながら

――ゆれて・・・る?

ぼんやりとそんなことを思った。
返って来る筈の声と返された声の距離は計り知れないほど遠く、
それを埋めるだけの思考も飛び越えるほどの経験も、ケイは持っていなかった。
それ以上に信じていた、キラが言ってくれるだろうと。
『ありがとう。』
そう、アスランが言ってくれたように。
その先に、微笑みがあったように。

しかし、ケイが聴いたのは
小さな胸の内から聴こえた知らない音。
金平糖を踏み潰したように
微かで脆い
何かが壊れる音だった。

キラはエレウテリアーの脚部を蹴り落とすと、翼のように広がる背部へビームライフルの銃口を静かに向けた。
反撃も防御の姿勢も見せず声すらあげないその機体は、ケイの存在そのものであるように無防備であった。
それにも関わらず、キラは照準が定まる瞬間と同時に引き金を引いた。

――消えろ・・・っ
  消えるんだっ!!!

エレウテリアーはそれを避ける事無く、
爆音と共に機体は大きく傾いた。
被弾した左翼から、流れる先の無い電流を迸らせながらも
エレウテリアーはそれを庇う訳でも破壊するストライクへ反撃する訳でもなく、
重力に従って海に沈むように
唯、落下していった。

キラはエレウテリアーの残った翼を焼き払うとその腹部を蹴った。
落下する速度をさらに速め永久に浮上できない程の深海の底へ沈みこめるように。

「お前がいるから・・・」

キラは光を宿さぬ瞳から凍てついた涙を一筋落とした。

「お前がいるから・・・っ。
みんな死んだんだっ!!!
全部、奪って・・・
みんな・・・殺したんだっ!!
・・・殺したのは・・・お前だろうっ!!!!」

キラは離れていくエレウテリアーとの間合いを苛立たしげに睨みつけ

「知らないとは、言わせない。」

その間合いを一気に詰めると

「知らないでは、済まされない。」

迷わず静かに銃口をコックピットへ向けた。

「だって、お前は今、
此処に居るんだ。」

烈火のような加速度そのままに銃口はエレウテリアーのコックピットに突き当たり
鈍い金属音の響きが振動となって2機を振るわせる。

「生きながらえているだ、此処でっ!!
命を踏みにじってっ!!!」

なおもキラは加速度を緩めず、
エレウテリアーのコックピットにギリギリと銃口を押し当てたまま突き上げた。

そこに熱が集中し隙間から紅い光が漏れだす。

遺伝子に刻まれた、決して消えることのない証の抹消を執行するために、
キラは引き金を引いた。

「消えろぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

乾ききった唇の端から血を滴らせ
叫びをあげたキラの瞳から
氷の涙が散っていった。

刹那、キラとケイの間に
血しぶきのように光が迸り
魂を震わす爆音が轟いた。




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