6-8 元凶





キラの中で甦るのは、声。

ぬめりけを帯びた血塊のように生々しく魂に触れ、
鼓膜を破る程に打ち付けられる、叫び。

『何も知らなかった。
何も知らないことは罪だ。
俺は、生命を汚した。』

あの研究室から鳴り止まぬ、呪縛のような声。

『俺の血に、
細胞に、
人間の欲望が、
負そのものが沈殿している。
汚れ、そのものだ。』

止むことの無い弾劾。

『生そのものが悪の象徴だと、
何故気が付かなかった。』

同じ遺伝子を持つケイの実存が、
その象徴としての自己の実存を迫る。
チリチリと焼けるような指先の感覚も、
痺れに侵食される身体も、
遺伝子の共鳴により粟立った肌も、
全てが自己に突きつけられた罪のように
キラを追い詰めていく。




「どうして・・・どうして、
生まれてきた・・・。」

浅く荒い息に掠れたキラの声は確かにケイの聴覚を刺激したのに、
キラから落とされた言葉はケイの心から取りこぼされていく。

「え・・・、あっ・・・?」

ケイはキラの言葉に応える言葉を見つけられないもどかしさで身体中を満たしながらも、
加速度を増したキラの攻撃をずば抜けたセンスでかわし続ける。

「どうして、創られた・・・。」

苛立ちが増したようなキラの声に歯が擦れるような音が混じる。

「・・・僕・・・はっ、
だって、キラっ!僕・・・。」

「どうしてっ!」

ケイの答えを待たず、キラは問いの剣をケイに突き刺していく。
ケイの小さな心からにじみ出る血液さえ許さぬほどに隙間無く、
刃が突き刺さり貫かれていく。

「どうしてっ、
どうして生きているんだっ!!
お前はっ!!」

罵声を浴びせれば浴びせる程に
キラの心は軋むことさえ不可能な程
自らの振り下ろした剣によって貫かれていく。
どす黒い血塊がぼたぼたと零れ落ちても、
突きつける剣も突き刺す手も、キラは止めることをしなかった。

ケイは、チリチリと焼けるような指先の感覚も、
痺れに侵食される身体も、
遺伝子の共鳴により粟立った肌も、
全てを過ぎ行く背景に置き去りにして、叫んだ。

「僕はっ!!僕はキラにっ!!」

ケイのアメジストの瞳から涙が散ったその瞬間、
2機の機体の間を閃光が横切った。





カリヨンからの薄桃色の旋律は途絶える事無く、
紅のコックピットではエレウテリアーの座標が更新され続けていた。

――カリヨンでも追いつかないか・・・?

澄んだ音色を大空へ響かせる鐘の音のようなラクスの歌声にのって送られてくる情報から概算し、
アスランは俄かに表情を歪めた。
戦艦エターナルに匹敵する程のスピードを持つカリヨンでさえ、
キラが搭乗したエレウテリアーへ追いつくためには地球連合の制空圏と月を越え、限りなく地球に近づかなければならない。

――エレウテリアーを封じれば、
   キラの動きは止まる。

アスランはコル爺によって設置された新たな機器に視線を流し、ぐっと指先に力を込めた。

――だが・・・っ
   それだけではキラは救えない。

アスランは旋律の源へと視線を馳せた。
果て無き空間を重ねたように深い色彩のその向こう側から響く、
宇宙を震わすその旋律が親友に届いていると信じて。





戦艦から放たれた雷のような閃光を皮切りに、時雨のうな爆雷が鳴り響く。
轟音にかき消されながら感情を排した警告が淡々と告げられた。
「ザフト所属のMS2機に告ぐ。
ここは地球連合軍の制空圏である。
速やかに退去しない場合は強制的に排除する。」
その警告の言葉尻を待たずに戦艦から5機のMSが一直線に飛来し、ストライクとエレウテリアーへ一斉射撃を開始した。
地球連合軍の艦長は顎鬚に触れながら
「最も、退去する暇は与えんがな。
終わりだ、ストライク。
宇宙の化け物め。」
吐き捨てるように呟いた。

エレウテリアーとストライクは戦艦及び接近するMS全ての攻撃を、そのスピードを越える速さでかわしていく。
キラは漆黒の瞳に全ての機体と戦艦からの攻撃の軌道を映し出し、
その横を滴る温度を失った汗を荒々しく首を振って飛ばした。
酸素を渇望するかのように大きく開かれた口元は乾ききり、薄い唇は薄紫色に滲んでいた。
研ぎ澄まされた感性と、秀ですぎた情報処理能力が、
枯れ果てた体力を凌駕して全ての回避を可能としていた。

しかし。

「消えてもらう、ストライク。
全ての元凶がぁっ!」

あまりに繊細で敏感すぎるキラの感性によって感受されたその声に
キラは一瞬にして音も色彩も温度も全てを手放した。

――ゲンキョウ・・・。
   そうだ・・・
   僕が、
   全ての元凶なんだ・・・

沈み込む意識と共に、打たれたように動きを止めたストライクへ
5つの銃口が四方八方から向けられ
一斉に閃光が放たれた。

「これで終わりだっ!!」

ストライクを起点に
視覚を奪うような光に包まれ
轟音が鳴り響いた。




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