6-7 差し伸べられた手





宇宙の全てを内包したかのように同化した
漆黒の光を放ちながら
エレウテリアーがストライクの後を追う。

その先で、
果て無き闇を切り裂く蒼き光の矢のように
ストライクが宇宙を疾走する。

その逝き先へ向かって
止めることも留まることも無く突き進むその様は
何物にも曲げることの出来ない強い意志を感じる一方で
抗い覆すことが決して叶わない
宿命の存在さえも感じさせる。

ケイはこれまでの泣き叫ぶような声とは打って変わって、あまりに早熟な声を発した。

「キラ、
今、キラは泣いているんだ。」

それは、アスランの言葉。

『今、キラは泣いているんだ。』

ケイの脳裏に閃いた、アスランの存在、
その言葉が今のケイに冷静な判断をもたらす精神的な静けさと落ち着きを取り戻させた。
その閃きは偶然であったのか
それとも、ケイがキラを救いたい一心が呼び寄せた必然であったのか、
誰にも分からない。

「だから、だから。」

『だからキラを、
早くみんなのいるところへ連れて行きたい。』

だが、今のケイを支えていたのはキラを救いたいという切なる願いと、
救う術を示したアスランの言葉と、
あの時受け取った受容だけであった。
ケイはエレウテリアーをフルスロットルで直進させ一気に間合いを詰めると、ストライクの前方へと回り込んだ。

「だから、帰ろう?みんなのところへ。」

ケイの発した言葉がキラの記憶を燻った。

――誰が言った?
   どうして、
   あれは何時・・・?

まるでケイの思考が間仕切り無くキラに流れ込み
互いの思考が溶け合うように、
2人が思い描いた同じ人の輪郭は色濃くなり、
胸に響くその声が脳髄を打ち震わすほど強くなる。
キラの凍結した時間と閉ざされた感情の記憶が呼び覚ます、声。

『みんなのところへ、戻ろう。』

深海のように静かに穏やかで

『ラクスの元へ、帰ろう。』

内に燃えるような情熱を抱いた

『キラ。』

懐かしい声――。

その存在のあたたかさに凍りついた感情の一雫が溶け出し、
閉ざされた思いが微かに揺れる。
深い雪に埋まった新緑の芽が、踏みつけられて硬くなった雪を押し上げ顔を出すように。
真白な雪原に芽吹いた芽のように、
本人にさえ意識されない微かな胎動によって露になったそれはあまりに柔らかくあたたかく、
そして弱い。
いとも簡単に闇が巣くう程に。

ケイは間合いを一定に保ちながらも、ゆっくりと機体の腕をストライクへ向かって伸ばした。
静かに真直ぐ対峙するストライクの
その向こうへいるキラへ優しい微笑みを向けた。
自分がもらった優しさを返すように、分けるように。

「僕が、連れて行ってあげる。」

――アスランが、そうしたみたいに。
   今度はね、
   僕がキラを助けるんだ。

「キラ。」

キラの目の前で伸びてくる漆黒の腕と、
柔らかく開かれた鋼の掌。

『キラ。』

キラの中で、現実の声と記憶の中の声が溶け合い
混じりあい
記憶の中の受容に満ちたその声に導かれるように、
縋るように、
ストライクはエレウテリアーの掌へ向かって腕を伸ばしていく。

ケイの差し伸べた掌へキラの掌が触れる刹那、
キラの視界に白い掌がフラッシュバックする。
キラは懸命に瞬きをし、目の前に差し出された救いの手を手繰り寄せるように目を凝らすが、
無数の掌が絶えることなくキラの前に立ち現れる。
その掌を、キラは知っていた。
同じ軌跡にいた、掌。
その軌跡から排除され、抹消された掌。
自由への軌跡から零れ落ちた掌たち。

もみじのように小さな手、
林檎の種ほどの爪、
真綿のように柔らかな手、
折れそうな程細い指、
あたたかさに満ちたカサカサの手、
全てを掴み話さない太い関節、
熱い皮膚に覆われた掌、
剥がされた爪から血を滴らせた指先、
人間のぬくもりも温度も血も未来も
全てを亡くしたそれら――

キラは、秀ですぎた情報処理能力によって、その全ての手を判別し特定していく。
キラの脳裏で停止不可能な程超絶な加速度で処理され続ける手は
瞬く間に記憶の中の物体と化した人間と照応されていく。
メンデルの研究室で奪われていった命、
全てに。

「僕が、連れて行ってあげる。
みんなのところへ、帰ろう。」

――僕が、
  キラを助けるんだ。

ただ純粋にキラの生を望み、
死に逝くキラを止めたい、
ケイの望みも意志も、ただそれだけであった。

エレウテリアーの腕を懸命に伸ばして、
ストライクの掌を掴んだその時だった。

「うわあぁああぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

キラは魂が震えるような叫びをあげると、ケイの掌を振り払った。
対峙する2機のMSの間合いを開くこと無く、キラは狂気じみた叫びをあげながら
ビームライフルの照準をケイの掌にむけ
全てを破壊しつく勢いで発砲した。

――来るな・・・っ!!
   違うっ!!!
   僕は、・・・違うっ。
   そっちへは、行かないっ!!

「来るなぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ!!!」

ケイはキラからの一斉射撃を機械的に処理するように避けながらも、
意識はエレウテリアー掌への衝撃音と激しい振動から動けずにいた。

――な・・・に・・・?

キラへ差し出した右手をグリップから離し、ゆっくりと目の前に持ってくると
もみじのような小さな手を握っては開いた。

――・・・・・・。

キラの予測不可能な程不規則で確実に急所を狙う射撃が、
豪雨のように降り注ぐ光の中で
ケイは音の無い世界に真直ぐ沈んでいった。

突きつけられたキラの行為と、
濁流のように流れ込む叫びに
軋んだ心は周縁から欠片を零し
深部へ向かって亀裂が走り
血が滲むような痛みが波紋のように広がっては冷めていく。

そこに、かつて唯の一度だけ与えられた受容に支えられた
信念の熱が、せめぎ合う。




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