6-5 心の震え





ビームライフルの紅い閃光が
宇宙に放たれる。

その度に
漆黒の鈍い光が煌く。

蒼い光と漆黒の光の直線が、俄かに距離を詰めながらも
彗星のごとく宇宙を駆けていく。



「キラーっ!
駄目っ!!
そっちは、駄目っ!!」

それは、今にも泣き出しそうな子どもの声、
穢れを知らない無邪気な声。

「僕だよっ!!ねぇ、キラっ!!」

心に手を伸ばすような求めにも似たその声に
キラは容赦ない射撃で応えていく。
目視においてもMSのシステムにおいても認識されない標的であるにも関わらず
ミリ単位の狂いが無い程の射撃の正確さが
放たれる光に寥寥とした冷たさを帯びさせる。

「聴こえないのっ?キラっ!!
分からないのっ?ねぇっ!!」

ケイは裏返る程に声を張り上げ、キラに呼びかける。
針の雨のように打ち付けるビームライフルの紅い光の中を
ケイは俊敏にかわしながら間合いを詰めていく。
と、キラのモニターにケイの搭乗するエレウテリアーが表示された。

「キラっ!だめっ!こっちだよっ!」

ケイの小さな額に浮かんだ小さな汗は滴り、
丸みを帯びた輪郭をすべり落ちてはまた次の雫を浮かべた。
興奮で上気した頬とは正反対に、
胸の内には決して溶ける事の無い氷が巣くっていた。
言葉に出来ない、
それでもケイはそれがキラの哀しみであることが分かっていた。
キラと交わらなくても
離れていても分かる。
自分の胸に触れるだけで
キラの魂に触れることさえ出来るのではないか、
それ程までに感じてしまう。

――僕には、分かる。
   キラ、死んじゃう・・・ 
   それは、だめっ。
   いやだっ!

「キラっ!
こっちへ来てよっ!
ねぇっ!」

その声に涙の潤みと焦燥の掠れが混じったその時、
ケイにキラの声が届いた。

「・・・消えろ・・・。」

キラの言葉は、真綿のように白く柔らかなケイの心に深く突き刺さる。
キラの言葉を受け入れることも理解することも出来ず
ただぼんやりと口を開いたケイは、
不意に凍りついたような胸の内に、刺し傷のような痛みを覚える。
波紋のように広がっていくその痛みに大きく瞳を見開くと、
鼻を掠めたのは崩れ落ちた天井から舞い上がった塵灰と
むせ返るような焼け焦げた匂い――

――知ってる・・・。
   僕、この痛いの・・・
   知ってる・・・。

キラの言葉も胸の内の耐え難い痛みも香るはずの無い匂いも、
その全てが濁流のように小さな心に流れ込み、
俄かに痙攣しだした自らの体を押さえつけるように胸に手を当てた。

聴こえたのは、記憶の中の声。

メンデルでストライクのコックピットの上で、
自分に銃口を向けるキラの声。

『消えろぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!』

ずっと聴きたかった、キラの声。
待ち焦がれたキラの言葉。

――聴けたらね、
   ぜんぶ
   ぜんぶ
   覚えておくんだって・・・
   その分の頭の
   記憶の部分をとっておくんだって・・・

そうして記憶されたキラの声は、
自らの存在へ向けられた否定の叫びだった。

その叫びがもう一度、
今、目の前で放たれる。

「消えろぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

エレウテリアーのコックピットへ一直線に正射された光の矢を
ケイは無意識にシールドで遮った。
しかし、キラの魂を揺さぶるような拒絶の叫びは
ケイの小さな心を射貫いき
砕ける心の欠片が体に突き刺さったような痛みが全身を駆ける。
シールドの影から業火の火の粉が散っていく、
その温度を持たない色彩があまりに鮮やかで
人間の血しぶきのようだとケイはぼんやりと思った。

――僕、この色も知ってる・・・。
   いっぱい、見たよ。
   いっぱい、
   みんな、
   最後はこの色・・・。
   あかい、
   あかい・・・

まるでその場に立ち竦んだように眼前の現実とは別次元で勝手に廻る思考に
突如立ち上った人、その人の名が無意識にケイの唇を形作る。

――アスラン・・・。

真白な軍服を深紅に染めながら、

『ケイは優しいな。』

――僕に、
   笑ってくれた人・・・。

『ケイのことも、信じたい。』

――僕を、信じるって
   言ってくれた人・・・。

「・・・ア・・・アスラ・・・。」

ケイの小さな頭をすっぽりと包み込んだヘルメットの中で
氷の粒のように涙が浮遊していく。
それが涙であることにケイは気が付かず
何故自分が泣いているのか
どうしてこんなに胸が痛むのか
分からなかった。

ケイは、グリップから両手を離し髪を掻き混ぜるようにヘルメットに爪を立て、
感情と思考がめちゃくちゃに絡み合ったその糸を引き千切るように胸を掻き毟った。

「アスラン・・・っ!アスラン・・・っ!」

それは自己を脅かす絶対的な他者から身を護る
本能的な救済の求めの表出であった。
ケイが無意識に手を伸ばした相手がアスランであったのは、
唯一受容を感じた他者であったから。
ケイをケイとして受け止め
微笑みをくれた人だから。

ケイは震える魂を全てを砕く業火から護るように
痺れるように痙攣した腕を体にきつく巻きつけた。
カチカチと歯が鳴る唇をきつく食いしばり
全てを遮断するように硬く瞳を閉じた。

甦るのは、約束。

ケイの、たった一つの宝物。

『また会えるよねっ。』

モニター越しに見た、アスランの微笑みが
慈愛に満ちた優しく静かな瞳が、

「ア・・・アスラン・・・。」

ぐちゃぐちゃに血が滲む小さな心を暖め
凍てついた感情を溶かし流し、

「アスラン・・・来て・・・。」

優しくも暖かなそれが、容赦なく傷に染込み
疼くような痛みをもたらしていく。

「僕・・・、僕・・・っ。」

エレウテリアーのシールドをキラの正射した閃光が打ち抜くその瞬間、
ケイは何かに目覚めたように貌を上げてグリップを握りなおした。
エレウテリアーはビームライフルの閃光をいなすように上体を傾けながらシールドを手放した。
ストライクとエレウテリアーの間で瞳を突き刺すような光が破裂し
2機のMSを明々と照らし出した。




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