6-4 導火線





ラクスから送られてくる暗号を解読すると同時に、紅のモニターにストライクの予測経路が三次元で表示され、
アスランは微かに表情を歪ませた。

――厄介だな・・・。

その軌道は、地球連合軍及びオーブ軍基地が存在する月の
地球連合の制空域を横断するように描かれていた。
ラクスの言葉から推測するに、
今のキラに、自らの生命を地球に返すこと以外の何も無いことは想像に難くなく、
故に割り出された予測軌道の誤差が限りなく無に近いと見ていい。
月基地の通過と地球連合制空域の横断によってきたされる混乱など、思考に入り込む余地など無いであろう。
アスランはそう結論付けると、キラがその地点へさしかかる前に全てを遂行するために
フルスロットルで宇宙へ飛翔した。




エレノワは、カリヨンのブリッジで視覚で捉えられぬキラの存在を確かに捉えるように
真直ぐに視線を送り続けるラクスに向かい、静かに起案を差し出した。

「地球連合およびオーブ双方への通告は、
こちらの通りで良いか伺います。」

ラクスは微かに微笑むようにそれを受け取った。
エレノワ及びニコライが起案した通告は、月基地およびその周辺制空圏におけるストライクへ対する攻撃の差し控えを求めていた。
と、ラクスはその原因及び理由について読み進め、瞬時に眉を顰めた。
そこには、特務のためオーブへ向かったストライク・タキストスが誤作動を引き起こし、
オーブ本土若しくは領海へ直撃するよう軌道を描き作動していることが記されていた。
事実を拡大解釈した通告に、ラクスは首を小さく振りエレノワに起案を返却しようとした。
しかし、それを拒否するようにエレノワは毅然とラクスに向かって言葉を返した。

「では、地球連合にこうおっしゃるつもりですか。
キラ様がご乱心し、オーブ本土へ向け投身自殺を図っているのだと。」

その直接的すぎる言葉はナイフのように鋭いが、
しかし確かにキラの現状の真実を語っていた。
ニコライはその場の空気を軟化させるように、静かに言葉を加えた。

「確かに、この通告は真実ではありませんし、
これで地球連合が納得するとは考えられません。
しかし、これ以上伝えられることがあるとは、
残念ながら、考えられません。」

ニコライの言葉通り、真実の全てを明かすことは出来ない。
しかし、この通告に従い地球連合が攻撃を差し控えると考えるのは、あまりに楽観的である。
むしろ連合側に、制空圏内への武装兵器の不法侵入を理由に強制排除に踏み切る正当な理由がある以上、
キラの身に危険が降りかかる可能性は時を刻むごとに拡大し、
そして、自己の終焉という目的を果たすその支障となるあらゆるものへ
キラが剣を向ける可能性も同時に拡大する。
そうなれば、政治だけでは止めることが出来ない
戦争へ伸びる導火線へ火が燈されることになりかねない。

「速度を上げてください。」

ラクスの恒と変わらぬ歌うような声に、凛とした響きが帯びる。
カリヨンの操縦士は、後方のラクスに対し意識だけを向けて叫んだ。

「できませんっ!これ以上は、エンジンが火を噴きますよっ!」
「構いません。速度を上げてください。」

迷い無い強い響きに、操縦士は体が微かに震えだしたのを感じた。
震えと同時に、思考が別次元でゆっくりと通り過ぎながら
その手は自己の能力を凌駕したスピードで動いていく。
エンジンの稼働率を上げたことにより、カリヨンは速度の限界値は振り切った。

ラクスは前方から行き過ぎていく無数の星々に
メンデルで失われていった名も無き生命を重ねた。
降りかかる小さな命の火のような光に打たれながら、
ラクスは両手を胸の前で組み魂を呼んだ。

――聴こえますか。
   キラ。





キラの視界の先に瑠璃色に輝く星が揺らめいた。
全てを浄化させる色彩に吸い込まれるように
ストライクは真直ぐに地球を指して、
宇宙を音も無く切り裂くように突き進んだ。

キラの漆黒の瞳は果て無き宇宙の色彩よりもなお深く、
しかしその底へ誰もの侵入を許さないように何も映し出さない。
光のシャワーのように降り注ぐ無数の星も、
生命の息吹きのような太陽の強き光も、
そしてその生命を返さんとする
蒼き地球さえも。

キラの生命の鼓動はとうに止まっていた。
感情が豊かに零れる表情はとうに亡くしていた。
キラに残された最後のもの、
それは打ち砕くべき生命
ただひとつであった。

「帰るんだ・・・。」

粉々に、細胞ひとつ残らぬように。

「返すんだ・・・。」

遺伝子の永久に続く螺旋の先の
負そのものを破壊するために。

「地球へ・・・。」

凍てついたキラの貌に微笑みが浮かぶ。

「地球へ・・・っ!」

永久に溶けることが無いかのように
硬く凍りついた微笑みに亀裂が走る。
不意に振り下ろされた何かに打たれたように。

「・・・キ・・・。ラ・・・キ・・・・・・ラ・・・。」

砂嵐のような雑音に紛れながらも漏れ聴こえるのは
あの声――。

――ケ・・・イ・・・

体内の細胞の全ての遺伝子が共鳴する。

『僕たちは、同じだよ・・・。』

断つことの叶わない、
強力な引力によって引かれ合うのは
魂か、
それとも遺伝子か。

呼び合うのは、
同じ存在と重なるためか、
同じ存在を否定するためか。

キラの中で何かが途切れた瞬間、
同じ遺伝子を持つ個体の名を叫んだ。
髪を振り乱し、
両肩を激しく上下させるほど空気を渇望し、
肺が潰れ喉が枯れる程にその名を叫んだ。
電流が走ったようにチリチリと指先を刺激する何かを苛立たしげに握り潰すように
グリップに置いた手に力を込め、
キラはモニターにおいても目視においても未確認の機体目掛けてビームライフルを射ち込んだ。

瞬間、光り輝く紅い直線が
宇宙を裂いた。




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