6-3 harness





紅い彗星が蒼穹に昇るように、
紅の光芒が空を劈く。



アスランはコル爺によって半ば無理矢理に設置された
新しい機器の連動を確認していく。
国立病院から基地へ向かう途中でコル爺に緊急で設置を願い出たにも関わらず、
しっくりと自分の思考と手になじむ使い勝手に、アスランは感嘆の溜息をもらした。

――流石だな・・・。

何度も試作段階でコル爺と検討を加えていったそれは、
他でも無いアスランが開発した、
兵器だ。

「外スナヨ!外スナヨ!」

左手の先ではしゃぎまわるハロの口調は、まるでコル爺をうつしたかのようで
アスランは微かに表情を和らげた。

「外さない、絶対に。」






「まさか、こんな使われ方するなんて、
皮肉かもしれませんわね。」

エリカ・シモンズは緊迫から解放された体を解すように肩を叩いた。

「使う相手が相手じゃからな。」

コル爺はぐーっと煙管煙草を吸い込むと
むはーっと鼻らか煙を吐き出した。

「じゃが。争いを好まん、
あいつらしい“機械”じゃないか。」

コル爺の“機械”という言葉に、一瞬エリカは瞳を見開いたが

「そうね。あれは、“機械”だわ。」

ゆっくりと瞳を閉じて微笑みを浮かべた。

「兵器やMSにウィルス弾頭を直接打ち込み、
システムを侵食し作動を制御・停止・統制する、
それが“harness”ですものね。」

アスランが突然、エリカの元へ企画書を携えて現れた当時、
彼から新型兵器の提案がなされたことに心底驚かされたことを思い起こした。
さらにその後、その発想においても性能においても驚かされることになったのだと、エリカは小さく笑った。

――本当、あの子には驚かされてばっかりだわ・・・。

エリカはコーヒーを一口含みゆっくりと飲み下すと
コル爺につられたのか、勢い良くふーっと息を吐き出した。

「あの子が・・・、ザラ准将が企画書に書いた言葉、
覚えていらっしゃいます?」

「わしゃ、企画書なんか読まんわっ。」

そう言うと思った、そう顔に書いてエリカはふっと笑みを浮かべ、続けた。

「噛み砕いて言えば・・・。
オーブは永世中立を誓った国故に兵器を使うとすれば他国から介入を受ける時。
それを想定して、血を流さずに平和的解決を実現すること。
それがハーネスの目的だと、そう書いてありましたわ。
本当に、彼らしい。」

エリカは目を細めてアスランが飛び立った空を見上げた。

「そうじゃの。
オーブにふさわしい、 “機械”じゃ。」

そう言う、コル爺の眼差しは優しく透き通っていた。
エリカは横で師匠の姿を見ながら思う、
師匠の懐かしいこの表情を取り戻させたのは、他でも無いアスランなのだと。






「何故、よりによってザラ准将をいかせたのだっ!!」

キサカの鎮座する総司令室で、大将クラスの将官らの激が飛んでいた。

「お言葉を返すようですが・・・。」

ムゥは持ち前の角を立たせない物腰で進言した。

「ストライクに搭乗しているのは、あのフリーダムのパイロット、
キラ・ヤマトとの情報が入っております。
もしその情報が正しければ・・・」

ムゥは、あくまでストライクに搭乗しているパイロットが特定されていないという前提で話を進めていく。
そうしなければ、かつてオーブを守り抜いた英雄がオーブの地へ落下してくる事実はあまりに衝撃的で
さらなる混乱を招くことは必至であったからだ。

「あいつに互角に張り合える人材は、この宇宙中探しても、ザラ准将だけだと考えますがねぇ。」

「それから、」

後方から凛と響いた代表の声に、一堂は一斉に向き直り最敬礼の姿勢を整えた。
カガリは彼等に労いの視線を送りながらもキサカ総帥の前に進んだ。
キサカは深々と頭を下げた。

「申し訳ございません、このような騒ぎを起こして。」

その言葉からカガリは、将官らの言葉を全てキサカが背負うつもりであること、
さらに、続くであろうカガリの言葉を自分へ向けさせるように意図しているのだと、感じ取った。
恐らく、キサカはそうしろと、言っている。

カガリは小さく息を吐き出すと、毅然とキサカに向き合った。

「ザラ准将に命を下したのは私だ。」

まるで、全責任を背負うようなカガリの物言いに、
ムゥは病室でのアスランの姿勢を重ね、肩を竦めた。

――ったく、似たもの同士なんだから。

そんなムゥを他所に、カガリは静かに畳み掛けるように言葉を重ねていく。

「准将は先日のメンデル再調査において、
キラ・ヤマト専用のMSであるストライク・タキストスを操縦したとの報告を受けている。
機体の性能やポテンシャルの情報を誰よりも正確に把握していると判断できよう。
さらに、4年前、プロトタイプのストライクを討ったのも彼だ。
技量の上でも問題は無かろう。」

「しかしっ!」

そう口を挿んだ大将に、カガリは射抜くような強い眼差しを向けた。
その眼差しはアスランが向けたそれであったことを知るのは
この場とその場に居合わせたムゥだけであった。

「万が一の場合は、 “ストライクを討つ”と
私の前で、准将はそう言った。」

その言葉に、キサカは微かな驚きの表情を見せた。

「加えて、クライン議長から申し出は人命救助だ。
我がオーブ軍が浮き足立つことでもあるまい。」

カガリの言葉を受けても直、表情を濁している将官へ向き直ると
カガリはさらに問うた。

「そして、我が軍の力とは、
人一人の命も守れない程の力なのか?
そんな筈は無い。
そうだろう?」

それは理屈で、
彼等が抱いているのは感情で、
それを分かった上でカガリは理屈に感情を込めて説得をした。
割り切れない感情を抑えるための理由となるもののひとつは理屈であり、
抑えようとする内発的な動機を呼び起こすのは感情なのだから。

一番脇に立っていた大将が盛大な溜息をつき、

「まぁ、万が一、ストライクが我がオーブへ堕ちたとしても、
それを止められない我々では無いがな。」

苦々しくもそう言い放ったことを切欠として、彼等の意識はその言葉通りの方向へと向かっていった。

――ありがとう・・・。

カガリは篤く熱のこもった面差しを彼等に向けた。





その時、カリヨンから紅へ暗号の旋律が届いた。
アスランは暗号を解読し、キラの軌跡と予測経路に従い機体の軌道を修正しながら思う。

――きっと、
  今頃ラクスは
  歌っているんだろう。




 ラクスは星の瞬く宇宙へ
その先にいる愛する人へ
瞳を逸らさず真直ぐに向かい
歌い続ける。

左の手を祈るように胸元にあて、
右の手を求めるように
迎えるように差し伸べて。

その声は、
狭いブリッジにしか響かないであろう。
しかし、その祈りは
宇宙の風にのり
確かに響き渡っていた。




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