6-15 生きろ





横からの凄まじい衝撃に、
身体が打ち付けられキラは表情をゆがませた。
衝撃の源へと鋭い視線を遣り、
紅によって蹴り飛ばされたのだと認識すると同時に、
真横を巨大な光の柱が伸びていった。

アスランの低く硬質な声を何処か遠くで耳にしながら、

「地球連合軍に告ぐ・・・クライン議長の通告・・・人命救助である・・・速やかに攻撃を停止・・・」

声を打ち消すようにもう一度いかづちが落とされ、
ストライクは軽微な衝撃と共に操作せずとも光の柱の間を縫っていく。
衝撃の原因がストライクの右腕を紅が取ったことにあること、
そして地球へと重力に従って落下していた軌道がずらされていることを瞬時に認知したキラは、

「ァスラン・・・っ!!」

損傷を免れている左手部でビームサーベルを引き抜き、
ストライクの右腕の接続部を切断した。
その衝撃により微かに開いた間合いを引き伸ばすため、
後退させようとアクセルを踏んだ。
そこへ地球連合艦からが降らせた豪雨のような光が突き刺さる。

瞳に触れるほど近づいた光を、静かにキラは受け止めた。
最早、死を迎える時間軸の後先などどうでも良かった。
ただ、この肉体が焼き尽くされ、
地球の引力に従って地球へ還すことができれば
それで良かった。

しかし。

キラの前に立ちはだかるのは
焔のように揺らめく紅の光。

シールドで切り裂くように叩きつける光の矢を抑えながら、
戦艦一隻とそれを取り囲むMS数機を前にした状況と乖離した、冷静な声で繰り返される警告は、
「繰り返し地球連合軍に告ぐ・・・」
爆音に掻き消されてる。
しかしそれは、全ての攻撃をストライクを庇いながらかわし続ける俊敏な動きとは無縁な程、淀み無く続けられた。

アスランはストライクの左腕を取り、接近するMSの攻撃をビームライフルで相殺しながらオーブ制空域へと視線を遣った。
そこには、横軸は地球連合製空域の境界線に位置し、
縦軸は地球の重力の影響を回避できる高度に位置したオーブ軍が布陣していた。

――あと、少しだっ。

そこへ砂嵐に紛れた声とは思えぬほど澄んだ声が響いた。
「わたくしは・・・議長・・・ラクス・クラインです・・・。地球連邦軍へ、お願い申し上げま・・・。」
それを無視するかのように、連合軍の戦艦からストライクへ向かって三度正射された。
アスランは瞬時にストライクの腹部を蹴り、目算した軌道から排除すると、
それを待ち構えていた敵機からの一斉射撃を防ぐようにファンネルで八方を囲みアンチビームフィールドを張りめぐらせ、
一拍置いて轟くような爆音と劈くような閃光が一帯を占めた。

光に紛れるように紅はストライクの左腕をもう一度取って、地球連合軍の制空を離脱しようとした瞬間、

「アァスラァァンッッ!!!」

キラはビームサーベルを手にした左腕を一気に引くと、
機体全身のバネを利用した反動によって威力を増幅させ、
狂気じみた叫びと共に突きつけた。
ラクスの澄み渡った泉のような瞳に映ったのはその瞬間だった。
キラの剣が迷い無く一直線にアスランのコックピットを指し進み、
時が止まったかのようにゆっくりと一瞬一瞬がラクスの瞳に焼き付いていく。

「キラァァッ!!」

ラクスの悲鳴のような呼び声と共に、ブリッジに涙の粒が散った。




キラの剣は真直ぐにアスランへと向けられた。
接近して放たれた突きを避けることもいなすことも不可能であった筈だ。
それなのに、今、キラの突き刺した剣から燻るように放電される電流は、
紅のシールドから発せられている。

――どうし・・・っ!!

疑問が思考として成立するより先に、首を打つような衝撃が襲う。
アスランはシールドにキラの剣を突き刺したまま機体をぶつけるように直進したのだ。
キラの背後にあるオーブ制空域へ向かって。

「それが、キラの、真実か。」

長い沈黙を破って響くアスランの声には、
深海を思わせる静けさと
焔を思わせる灼熱が共存していた。

「僕はっ・・・!」

キラの応えを待たず、アスランはビームライフルをストライクへ突きつけた。
硬質な音が、銃口が機体に触れていることを告げた。
ストライクの画面に腹部に熱量が集中していることを示すアラームが鳴る。
同時にキラは、視界の下方に微かな光が漏れているのを捉えた。

――討たれる・・・。

そう直感したキラは静かに瞳を閉じた。

――これで、終わる。
   君が、終わらせてくれる。


しかし、続くアスランの言葉は、キラの願いを裏切る。
 その声は低く掠れていた。


 「逃げるな。」

キラの瞼が跳ねて真直ぐに前を見据える。

「俺も、共に戦う。」

そこにいる、親友を見詰める。

「だから、生きろ。」

そして、親友の願いを聴いた。
キラの瞳をあまりに澄んだ涙が覆っていく。

「アスラン・・・、僕・・・は・・・。」

アスランに答えるキラの言葉は、紅の銃口から打ち込まれた衝撃によって潰えた。
まるで軟骨に杭を打つかのごとく、紅によって放たれたそれは滑らかにストライクの内部へ到達した。
アスランはハーネスを作動させ、第一にストライクの生命維持システムを正常に戻すと、
一触即発で爆破する恐れのあるシールドをサーベルごと打ち捨てた。
さらにストライクの最大速力でオーブの制空域まで直進するようにセットすると、地球連合の追撃に対峙し、
「地球連合軍に告ぐ。これより先はオーブ首長国連邦の制空域に入る。」
降り注ぐ攻撃全てを相殺するようにビームライフルを放ち、
「クライン議長よりの人命救助及び機体の収容は我がオーブ軍が責任を持って遂行する。」
地球連合へ攻撃を加える意志のない姿勢を終始貫きながら後退した。

それに続くようにラクスの言葉が重なった。
「この全責任は、わたくしにございます。
問責は、全てわたくしが引き受けます。
ですから今は、どうか、その剣をお納めください。」

そう言葉を結び深々と頭を下げたラクスによって、その空域は水を打ったように静まり返った。




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