6-16 導く翼





地球の引力と
そこに横たわる可視化されない大気の存在を
機体から引かれる長く紅い尾が示している。

右腕を失い、2度の交戦により損傷を被ったストライクの限界は近く、
機体からは軋みひび割れるような音さえ聞こえる程だ。

「ストライクを緊急着艦させてください。」

ラクスの命に従い、カリヨンは落下速度と高度をストライクに合せながら接近し
ストライクはアスランの遠隔操作によって滞りなく収用された。
それを確認すると、ラクスはふわりとワンピースの裾を翻してブリッジを後にした。
キラの元へ、ゆくために。




デッキへ通じる扉の前に待機していたエンジニアたちは、
血相を変えてこちらへ向かってくるラクスに驚きの声をあげた。
そして、向かう先を予想して丁重にラクスを抱きとめた。
「ラクス様、現在ストライクは機体の冷却を行っておりますので中には・・・。」
その言葉が結ばれる間もなく、ラクスは扉脇にあるディスプレイを通じてアスランと通信を繋げた。
普段の、洗練された優雅さのあるラクスの立ち振る舞いとはかけ離れた行動に、エンジニア達は言葉を失った。

「アスランっ、キラはっ・・・。」

そこには、花が綻んだような微笑も歌うような声も無かった。
画面上のアスランは、おそらくオーブ軍本部と通信中であったのであろうそれを一旦区切って、
「生命反応による測定数値では、命に別状は無いはずだ。」
それだけ言うとラクスとストライクの正面モニターを繋いだ。
そこに映し出されたのは、力無くコックピットに身を沈めたキラの姿だった。

「キラ・・・っ!」

ラクスは水鏡のように揺らいでいく最愛の人の姿を確かめるように、
ディスプレイに細い指を這わせて存在を感じるように額をつけた。

――キラ・・・。

それでも、感じるのは唯、硬さと冷たさだけであり
それがキラと自分を隔てるようでもどかしい。
ラクスはディスプレイに触れていた掌をきゅっと握り締めると、エンジニアの冷却操作へと目を向けた。
何かを確認するように一つ頷いた、その様子にエンジニアは首をかしげている間に、
ラクスはすぅっと一つ大きく息を吸い込んだ。
「ラクス様っ!まだ危険です!!」
エンジニア達が止める声を振り切って、ラクスはデッキへと続く扉を開いた。
瞬間、むせ返るような蒸気が辺りを包み込んだ。




アスランはキサカ総帥にこれまでを概括した報告を述べていたその時、カリヨンより緊急信号を伴う通信が入った。
眉を寄せそれを繋ぐと、何故か咳き込みながら上ずった声でエンジニアが息も絶え絶えに訴えた。
アスランは瞬時にストライクのシステムを操作しコックピットの扉を開いた。
ラクスの向かう先はキラの元であることは明白であった。
ストライクの冷却作業は終盤にかかっているとは言え、依然デッキは熱に満たされており、
さらにこれから大気圏に突入しようとしている現状を考えれば、コックピットにいる他安全を確保できない。

――それに・・・。

ふーっと大きく息を吐き出したアスランの口元には、微笑みが浮かんでいた。




ラクスは、濃霧のように行く先を白く閉ざしたその先へ、真直ぐに手を伸ばした。

「キラっ!」

その声と同時に照明が燈され、室内を満たす水蒸気の乱反射により、一面は白い光の世界となった。
それでもラクスは迷うこと無く、
微笑みを絶やさず、
愛しい人へ手を差し伸べる。

ふと、ラクスは軽やかな囀りを聴き、髪を結い上げたリボンが微かに引かれるような感覚を覚えた。

「トリィッ!トリィッ!」

ふわりと揺れるリボンをくちばしにくわえた若葉のような翼に導かれて、
ラクスは翼を広げるように白い闇の世界へ向かって両手を差し出した。

「キラっ!」

その声は視覚を奪うような白に吸い込まれては消える。

それでも、ラクスは届くと信じて呼び続ける。

「キラっ!」

あなたを、求めて。
あなたを、望んで。
あなたと、願うために。



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