6-23 おかえりなさい
キラの真実と
ラクスの真実が
重ねられる。交わされる。
求め合う。
何度も。
何度も。
今、
ここで
共に生きていることを
確かめ合うように。これからも
共に生きていくことを
誓うように。その喜びを
分かち合うように。
唇が離れれば
そこに微笑みがあり、
その陽だまりのような幸せに
尊い光に
目が細められれば、
また唇が重なる。繰り返される口付けに
特別なことなど何も無かった。
しかし、
今の2人にとって
それは何よりも尊かった。
波の数ほどの口付けを繰り返し、
顔を離したラクスの瞳に映ったのは
かけがえの無いたった一人の人で、
その瞳に自分が映っている奇跡に微笑んだ。
「おかえりなさい、キラ。」
それは、
いつも交わされる言葉だった。
いつもの、
歌うように響く声。
いつもの、
花が綻んだような微笑。
それに、いつもの言葉を返すより先に
胸の内がぬくもりに満たされて
溢れて、
上手く言葉が紡げない。
「た・・・だい・・・ま・・・、
ラクス。」両手で大切に包まれた気持ちを差し出され、
それに応えることができるということ。
その先に、
微笑みが待っているということ。
君の光を感じることができること、
それをあたためることができること。
君を、
愛することができること。
君と、
愛し合えること。共に、
生きるということ。誰もが等しく
望むことができること。「あれ、おかしいな・・・。」
キラは目元を覆うように手を充て小さく首を振った。
その時、片足が折れて波が跳ねた。
「キラ。」
ラクスは体勢を崩したキラを抱きとめるように支えた。
「どうして・・・」
目元に当てられた手は震え、
その隙間から止め処なく涙が頬を伝っていく。
――僕は今、
きっと、幸せで・・・。
なのにどうして・・・
こんなに・・・
「ふっ・・・、く・・・っ、ぅあぁ・・・」
抑えきれない嗚咽がキラの肩を揺らし
識別が追いつかない感情は涙となって溢れ出し、
止める術が見つからない手は
潰れるような痛みと焼けるような熱で侵食されていく胸を押さえた。
制御が利かない呼吸と鼓動と感情を押さえつけるように。
それを静かに見詰めていたラクスは
慈愛に満ちた微笑のまま
そっと優しくキラを胸に抱いた。
「それは、哀しいことですわ。」
言葉にならなくても、
キラが何を思い抱いているのかラクスには分かっていた。
何が、と問わずとも
ラクスが何を指しているのかキラには分かった。
2人の思いが馳せられている場所、
それはコロニー・メンデルだった。「痛ましく、」
ラクスはキラの胸に渦巻く感情を言葉にしながら引き出していく。
ゆっくりと。
それでも、
キラの感情はどうしようもなく激しく迸り
溢れ出す。「辛く、」
キラの自意識とは無関係に
泣き叫んでいた。
ラクスの豊かな胸に縋り
華奢な背中に回した腕で繋ぎ留めるように締め付け
爪が食い込んでいく。「罪深く、」
制御することなど不可能だった。
キラは肺が潰れる程の声をあげ
ラクスの胸元を涙で濡らしていく。「憤ろしい。」
「恥ずかしく、」
「愚かしく、」
「憎く、」
「恨めしく、」
「どうしようもなく、」
「哀しい。」
まるで幼子のように
キラはラクスの胸で泣き叫んだ。
キラの声と
波の音と
風の音に
ラクスの声は溶けていく。
それでも確かに、
胸に響くラクスの声が
キラの抱く強すぎる感情と
響きあう。
導かれ、
引き出される感情を、
それを塞き止める何かに抗って、
叫ぶような声と涙だけではない
身体中で紡ぎだしていく行為は、
思いの分だけ痛みを伴う。しかし、
その感情の存在に気付いたならば
それと向き合わなければならない。
何故なら、それが自己と向き合うことだから。
事実と向き合うことだから。
そうして、
あなたは真実を見つけ出すのだから、
あなたの胸の中に。
どんなに痛みを伴おうとも、
決して綺麗な全てで終われなくても。
――わたくしも、共に向き合います。
そして、抱きしめます。
あなたの、全てを。
腰を落としたキラの白い軍服の裾も、
膝を折ってキラを胸に抱き続けるラクスの髪も、
波に浸っていた。
太陽の光を遮るものは何も無い透き通った海水は、
吸い込んだ光の分だけあたたかった。
2人で手を繋いで歩いてきた、
あの時はまだ黄金色だった空は茜と藍が斑み
全てを等しく染めていく夕日が地平線に溶けようとしていた。
いつしか、
2人をあたたかな静寂が包んでいた。
「メンデルで行われたことは哀しいことと、
わたくしも思います。
ですが、
あなたが、罪なのではありません。
あなたが、哀しみなのではありません。」「憎しみでも、
人間の負でも、
絶望でも、ありません。」「あなたは、キラです。」
キラは顔を上げた。
「今、ここにいる
あなたは、キラなのです。」「だからこそ、感じることができるのです。
この、感情を。
人として当たり前の
感情を。」「この感情の闇を、人は絶望と言うのかもしれません。」
「ですが、絶望を人が創るのなら
希望を創るのもまた、人なのです。」「キラ、あなたも。」
キラはラクスの言葉に瞳を見開いた。
そして、
ラクスの微笑みに願いを感じ取り
ゆっくりと瞼を伏せた。
そうして気がついた、
瞳を閉じても
映るものは同じであることに。
涙の数だけ洗われた
キラの瞳は何処までも澄んでいた。
心から湧き上がる感情のままに
キラは微笑みを浮かべた。
眠り続けたせいであろう、表情は器用に動いてはくれない。
それでも、
きごちないキラの微笑みは
奇跡のように美しかった。
重なった2つの鼓動が
あまりに心地よくてキラは瞳を閉じた。
「ラクス・・・、
あったかい・・・。」
その言葉を最後に、キラは意識を手放した。
ラクスがそっとキラの顔を覗き込めば、
そこにはあどけない寝顔があった。
ラクスは微笑みを深めると
額に優しいキスを落とした。
「おやすみなさい、
キラ。」
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