6-24 国を結ぶこと





紅のコックピットの中は、まるで軍本部のオフィスそのままの慌しさだった。
波の数だけ変化していく空の色彩へふと視線を上げ
アスランはモニターの隅に表示されている時刻を確認した。

――オーブと地球連合の会談が開始された、か。

想定問答とそれに即した報告書は既に複数作成し、提出を終えていた。
が、それですんなり完了するはずも無く
関係部局からより細やかな解説を求められ、その対応に追われていた。
オーブ側とすれば、
一件の中心人物であるキラとラクス、2人を保護したアスランの帰還が
遅れたことはむしろ好都合であった。
何故なら、当人不在を理由に詳細な報告及び回答を留保することが
可能となるだけの時間と正当性を得ることが出来たからだ。
先程カリヨンより、プラントの外務省及び国防によって組織された委員会が
次のシャトルで訪問することが伝えられたが、

――二国間協議は明日からだろう。
   予定通り未明に、カガリは月基地へ行くのか?

事態の解明の姿勢を明確に示し
さらに地球連合との信頼の回復を行うためには、
一国の総責任者である代表が現地へ赴くことが、やはり効果的である。
たとえ、地球連合が求める情報が公開されなくとも、
地球連合側に有利となる回答や条件を得ることが出来なかったとしても。
それが、代表の訪問が成す、心象という名の現実的な効力を持った
外交の一手なのである。
オーブは、中立国としての範囲内でプラントを擁護する姿勢は変わりないであろうが、
プラントに先んじて手を打とうというのは
カガリが地球連合へ向けた誠実さだけではないのであろう。

――外務省は、この一件に関してオーブ・プラントの2国間において
  イニシアチブを執るつもりだとすると・・・。

現に、それを予感させるような調査協力の依頼が外務省から来ていた。



中立であるために力となるのは、
何も軍事力だけではない。
いくつもの外交カードを持つこと、
その切り札を振りかざすのではなく
互いの最善の利益のために用いること。
そして、何より・・・
と、脳裏に甦った言葉をアスランは反芻した。

――『国は他国との関係性の中で成り立つが故に、
   我が国だけで豊かになることも、平和を保つことも出来ない。』


国は関係性の中でしか、繁栄できない。
人が、ひとりでは生きられないように。
しかし、関係性の中で、時に争いは避けられず、
哀しみと憎しみを生む。
それは旧世紀から繰り返されてきた戦争の歴史が物語っている。
それはオーブも例外ではなく、
古より異なる氏族によっておびただしい数の同胞の血が流れていった。
哀しみと憎しみの連鎖の終止符として、
オーブが導き出した答えは
信頼によって互いを結ぶことだった。

アスランは先程の言葉の続きを紡いだ。

「だからこそ、信頼を結ぶことが何よりも大切だ。」

その言葉を語った人の面影を、瞼に描きながら。
思い起こされるのは、
壁一面に敷き詰められた本の匂いと
両手を広げても届かない程大きな机の木目、
アンティークのイスの軋む音と、
静かに響くページを繰る音。
父上の書斎が大好きだったのは、

図書館のように本が沢山あったからではない。
厳しくも篤い瞳を真直ぐ未来へ向けた父が、そこにいたから。

――父上は、あの時
   俺にそう教えてくださいましたね。

アスランは思いを馳せるように地平線を見詰めた。
緩やかな弧を描くその先には、
果てしなく続く宇宙と
美しい地球とを結ぶように、
輝き続ける太陽があった。
アスランはふっと目元を緩めると
眼下で波と戯れているラクスとアスランの2匹のハロに呼びかけた。

「キラとラクスの様子を見てきてくれないか。」

常夏の国とは言え、今の2人に夜風は冷た過ぎる。
そろそろカリヨンへ戻るべきであろういうアスランの判断であったが、

「野暮ナコトヲッ!野暮ナコトヲッ!」

やはりハロにやり返され、
アスランは苦笑した。

 

 

 

ラクスの歌がオーブの海に響き渡る。
まるで海風を翼に孕み、
大空を舞うように。

アスランの操る紅の鋼の掌の上で、
キラはラクスの膝に頭を寄せ
安らかな眠りに落ちていた。
ラクスはまるで聖母のように
キラの肩を優しく撫でながら
生命の賛歌を奏でた。
この世界で
愛する人と共に
生きる喜びを。
あなたと私の命を支える
無数の命の尊さと、
無数の命の上にある
あなたと私の命の尊さを、
胸に刻むように。



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