6-19 応えるということ





アスランからの報告により、オーブ軍総司令室は歓声に包まれたのも束の間、
行政府は地球連合への対応に追われることとなった。
武官によってこれまでの経緯が説明され、カガリは硬い表情のままそれを聴いていた。

「ザラ准将と月基地よりの報告から、
准将以外に地球連合軍制空域へ侵入していないことは裏づけられた事実があり、
さらに准将の侵入はクライン議長よりの人命救助に基づくものであり、
地球連合へ通告と協力要請を断続的に行ってきました。
また、紅の作動履歴から地球連合軍への攻撃を意図した発砲はなされておらず、
且つ、先の交戦において地球連合の物理的損傷は皆無であることは、
月基地よりの映像によって明らかです。」

キサカの横で、先程総司令室でアスランが出たことに憤慨していた大将は、ふっと口元を緩めて呟いた。
「全く、可愛げが無い。」
アスランの功績の賛辞を透かした冗談のような言葉が、
その場の空気に軽さをもたらしたのは確かであり、
それは長年軍部において手腕を発揮してきた大将ならではの技であった。
しかし、カガリは直も硬い表情を崩せずにいた。
水を差すようですが、と前置いた外務省の官僚がきっぱりと発言した。

「しかし、この2年間で築いてきた信頼関係に傷をつけたことに変わりはありません。」

カガリも同様に感じていた。
キラの乗ったストライクを庇う形で、
所属不明のMSエレウテリアーが連合の戦艦1隻とMS5機を打ち落としたことは事実であり、
ストライクを収容したのはオーブ軍である。
もし、連合がストライクとエレウテリアーの所属をプラントとして認識したとすれば、
間接的にオーブ軍とエレウテリアーの関係性の図式が出来上がり、責任を問われかねない。
そして、その責任は問われるだけではなく、戦争への導火線へと続く恐れもある。

「かすり傷であればすぐにかさぶたが出来、
治癒する頃にはより強くなっているだろう。」
カガリの言葉に一同ははっと顔を上げた。
「だが、それが何時綻びとなるかは分からない。」
そう言って、カガリは組んだ手を見詰めるように思案し
キサカと外務大臣双方へ視線を送りながら問うた。

「今夜中に出来うる限りの事実を究明しまとめることは出来るか。
夜明け前に、地球連合月基地へ赴こうと思う。」

このカガリの提案には外務大臣ばかりでなく官僚までがざわめいた。
「地球連合の代表と、この後すぐに会談予定ではありませんかっ。」
事務次官からの言葉の裏には、
今日まで生死の境を彷徨っていた自分への心遣いも含意されていることは容易に読み取れ、
カガリは誠実に応えた。
「しかし、それはあくまで通信を通してであろう。
いくらこちらが誠意を持っていたとしても、それは態度として示し、伝えたいんだ。」
頼む、そう言って代表に頭を下げられては、断れる者など誰も居なかった。





会議室から辞したカガリの足を止めたのは、キサカだった。
「良かったのか。」
何を、そう問わなくてもキサカが何を言わんとしているのかカガリにはわかった。
そして、それが総帥としてではなく、一人の人間として向けられた思いやりであることも。
「さっき、准将から通信が入って、」
“准将”という言葉を口にしたとき、カガリは微かに視線を滑らせたことから、
それがプライベートなものであったのであろうとキサカは読み取った。
カガリ瞼に浮かぶのは、穏やかなアスランの優しい微笑みだった。




総司令室が歓喜と安堵に包まれていたその時、新米秘書官が慌てた様子でこっそりとカガリに告げたのだ、
“ザラ准将から通信が入っていますっ!”と。
それがプライベートなものであることを瞬時に察したカガリは戸惑ったように視線を泳がせたが、
新米秘書官はカガリの腕をぐっと掴んで別室に連れ込み、
通信が転送されている携帯をカガリの手に押しつけ扉を閉めた。

『モエギのやつ・・・。』

カガリは扉の向こうの新米秘書官を睨んだが、
『すまない。』
まさかアスランからの通信がつながったままであったとは思わなかったカガリは
『おわっ!』
またしてもすっとんきょうな声をあげてしまった。
小さなディスプレイの向こう側から、くすくすと穏やかな笑みを漏れてくる。
そこからカガリは、キラとラクスが無事であることを悟りふわりと微笑んだ。

『戦友として、』
そう、アスランはカガリが傷つかない予防線をあらかじめ引いた。
『どうしても君に伝えたいことがあって。』

『どうした、アスラン。』

アスランの名前を呼べる、それだけで鼓動がひとつ胸を打つ、
そんな思いを閉じ込めるようにカガリは薄く瞳を閉じた。
その瞼は、アスランの一言で跳ね上がる。

『キラとラクスは、もう大丈夫だ。』

――“大丈夫”の言葉が、どれだけ私の心を軽くするのかお前は知っているのか?

『きっと、このまま2人は共にいる。
もう心配しなくていい。』

――きっと君は、気丈に振舞ったのだろう?
   たった一人の弟が命を絶とうとしているのに、
   その痛みも哀しみも全部飲み込んで。

『だから、』

――だから、君に伝えたいんだ、カガリ。

『大丈夫だから、
カガリは、君のすべきことを、していい。』

――心を痛めず、後ろを振り向かず。
   顔を上げて、前を向いていいだ。

アスランの言葉が結ばれた瞬間に、紅のコックピットの画面に表示されていた映像が傾き、
ガタンっという音と共に真白な天井が映し出された。

『カガリっ!』

カガリが倒れたのだと判断したアスランは、咄嗟に大きな声をあげた。
すると今度は画面に首長を示すエンジと白の色彩が映り、暗転した。

聴こえるのは布が擦れるような音と、
潤みを帯びた震える息遣いで、
アスランはようやく気がついたのだ。
カガリが携帯を抱きしめて泣いているのだと。

一瞬で、アスランは身体が熱くなったのを感じた。
自分が抱きしめられている訳ではない、
カガリが抱きしめた理由は幾つだって考えられる、
キラとラクスへの溢れる思いを抱きしめているのかもしれない、
涙を隠すために胸に押し当てたのかもしれない、
それから・・・

場違いにも程があると自嘲気味に頬の辺りを片手でさすりながら、
アスランはぐるぐると思考を廻らせ、至った答えは、

『カガリ・・・』

泣いているカガリを放っておけないということで、

『あ・・・、えと・・・。』

それでも、かける言葉も見つからず、
伸ばして届く手はそこに無く、
抱きしめることなんて元々叶わない。
自分の不甲斐無さに洩らしそうになった溜息は、
カガリの言葉によって飲み込まれた。

『ありがと、な・・・アスラン。』

――アスランがいるから、
   私は前を向ける。
   歩いていけるんだ。

――気持ちで応えることは出来ない。
   それでも、
   私がアスランに出来ること。

――思いの分だけ、励めばいい。

カガリはひとつ力強く頷くと凛と前を見据えた。

『後のことは、任せろっ!』





「キラとラクスは無事だって、知らせてくれた。」

瞳に微かに涙を滲ませながら、カガリは安堵と慈愛に満ちた笑顔を見せた。
が、その表情には一抹の影が射す。

「本当は、今すぐに飛んで行きたい。
ずっと、傍にいてやりたい。」
カガリは感情を押し留めるように拳を握り締めた。
「でも、そうやってまた何かを失うのはもう嫌なんだっ。」

苦味を含んだカガリはふっと小さく溜息をついた後、
努めて明るい声を出した。

「今夜、キラとラクスに会いに行く。
でも、やっぱり私は、薄情かもしれないな。」

カガリは冗談交じりに寂しげに笑った。
この笑顔を、幾度と無く見てきたとキサカは思う。
先の戦争の前から、否、もっとずっと前から。

「ウズミ様と、同じ顔をするんだな。」

キサカの言葉に、カガリは「えっ。」声を洩らしながら顔を上げた。

「そして、“カガリ”は、その先も学んだのであろう。」

カガリは凛と前を向くと、その瞳には希望の火を燈していた。

「思いの分だけ、励むんだ。
大切な人たちが、笑って生きられるように。」





秘書官らに囲まれながら紅いビロードの絨毯の上を歩いてゆくカガリの背中に、
頼もしさと一抹の寂しさを感じながらキサカは黙って見送っていた。

「ほんっと、似たもの同志だよなぁ。」

いつの間にか背後にいたムゥの声に振り向きながら、キサカは疑問を解せずにいた。

――誰と。
   ウズミ様・・・?
   しかし、フラガ大佐はウズミ様と然程面識が無かった筈・・・

ポーカーフェイスで知られるキサカの表情をいとも簡単に読み取ったムゥは、肩を竦めて報告書を手渡した。

「こいつ。」
「ザラ准将・・・。」
「そっ。」

ムゥは窓枠から陽が傾きだした空へ視線を馳せた。
カリヨンの着陸の時は、もう間もなくに迫っていた。




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