6-18 全てがここに





紅は大気の抵抗を最小限度に抑えるために、カリヨンの背部に接着していた。
先程入った月基地からの情報から、地球連合からの追撃の可能性は薄いことがほぼ確定し、
切迫した危機的状況は回避されたことに、アスランは小さな安堵の溜息をもらした。

――あとは・・・

ハーネスを介して操作しているストライクのコックピット内部の映像に視線を流したアスランは目を見開いた。
それまで気絶したように力なく背もたれに身を預けていたキラが、腕を伸ばしラクスを引き寄せ抱きしめたから。
どんなに、ラクスが微笑みを絶やさずに呼びかけても応えることが無かったキラが、ラクスを求めたから。
抱き寄せたラクスの肩に顔を埋めたキラの表情は見ることが出来なかった。
それでも、きっと2人には微笑みが待っているのだと、アスランは信じずにはいられなかった。

アスランはストライクからの映像と音声を一時的に切断し、2人を閉じ込めるようにコックピットを閉じた。
その瞬間、
「アァッ!!アトモウ少シジャッタノニッ!」
あまりのハロの反応にアスランは苦笑を浮かべ、
「野暮なことを言うな。」
ハロの頭を小突いた。
が、
「コノ堅物ガッ!」
ハロからやり返された言葉に、アスランは眉間に手をあて溜息をついた。
「全く・・・、何処でそんな言葉を覚えてきたんだ・・・。」
しかし、その口元は柔らかく結ばれ、目元には優しさが滲んでいた。





絆を結いなおすように抱きしめ合うキラとラクスの姿は、
まるで泉のように心を何処までも優しく澄み渡らせた。
触れられる程に近づいた幸せの存在を、半身の身を案じながらも代表としての責務の全うし、
尽力しているであろうカガリへ伝えるために
アスランは代表直属の秘書官へと通信を繋いだ。
自分の気持ちに素直であれたなら、そしてそれを行為として実現できるのなら、
カガリに直接伝えたかった。
しかし、アスランはその気持ちを抑えることを望み、
現実はそれを実現することを可能としない。
ならば、人を介しても構わない、せめて言葉だけでも伝えたい。

――キラは、血を分けた大切な弟だから。
   ラクスは、君の大切な親友なのだから。
   伝えても、いいだろう?





ストライクのコックピットが閉じた、
その風圧によって揺れた桜色の髪から、結い上げていたリボンが滑り落ちた。
ふわりと広がった髪がキラの頬に触れ、柔らかなバラの香が微かに薫った。
コックピット内部の熱気とは隔絶された程に冷え切ったキラの身体に、
ラクスは熱を移すように身体を寄せた。
ふと、自分の肩に心地よいぬくもりを感じたラクスはそっと首を傾け、
キラの頭に自らのそれを預けた。
そのぬくもりとは、キラの涙だった。
凍てついた胸があたためられ、溶け出した感情の雫が唯静かに零れ落ちていく。
肩を揺らす嗚咽も、感情の欠片のような声も何も無かった。
キラは、引き寄せ抱きしめたラクスの肩に唯涙を落とし続けた。

ワンピースの肩口が濡れていく。

キラの涙がラクスの身体に染み入って、触れ合った胸から伝う感情が溶け合って、
ラクスの閉じた瞳から同じ涙が零れ落ちていく。

キラは抱きしめた瞬間にラクスの名を呼んだだけでそれから何の言葉も返さず、
抱きしめたその行為を最後に静止したままであった。
ラクスはキラの呼び声に応えるように名を呼んだのを最後に何の言葉も呼びかけず、
唯その存在を愛しむように抱きしめていた。


呼び続けた魂が応え、
求め続けた魂が寄り添いあう。

凍りついた感情が溶け出し
求めていた感情が触れ合い
ひとつになる。


唯それだけで全てだと感じられた。




←Back  Next→  

Chapter 6  Top