6-13 キラの真実





瞳を這うように堕ちる涙も
散っていく汗も
身体を揺する呼吸も
胸を打ちつける鼓動も。

全てが、自己を自己たらしめるそれでしかなく、
キラがキラであることを、
キラが今ここに生きていることを
示すことでしかなかった。

その事実は、自己の存在と生存を否定するキラにとって
あまりに残酷だった。

そして、それを逃れられぬ程強く突きつけているのは、目の前の親友だった。




「邪魔だあぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!!」

キラの吼えるような叫びと共に、キラのビームサーベルが振り下ろされた。
ストライクの速度が抜刀の威力を相乗的に増幅させ、その威力は時空さえも切り裂くようだ。
アスランは、キラの特性を最大限に発揮させる機体の性能よりも、今のキラ自身に息を呑んだ。
おそらく、コックピットに着き姿勢を保つことすら困難な程に肉体は衰え、
メンデルの事実を浴び続けた精神はもはや推し量ることが出来ない程であろう。
それでも、損傷を免れた左腕とファンネルだけで背筋が凍るほど的確に紅の急所を狙ってくる。
キラの特性かつ最大の武器である先読み不可能なランダムな攻撃は、
ストライクの速度によってさらに鋭さを増していく。
アスランは表情を微かに歪ませ、それらをよけながら周辺空域の状況を把握していった。
先程、オーブ軍月基地より送られてきた情報が正しければ、
地球連合軍の追陣が直ぐそこまで迫ってきている。
先の交戦により地球連合軍の軍艦1隻が撃破されており、
その引き金を引いたのがエレウテリアーであったとしても、ストライクへも同罪の責任が問われることは免れない。
むしろ、地球連合軍側に正当な報復事由を与えてしまったとも取れる。
おそらく、エレウテリアーとの接触が原因であろう、
キラが大きく進路を変更したことによりオーブ制空域へ到達するまでの距離が延びた分だけ、
地球連合軍とのさらなる接触及び交戦の蓋然性が高まっている。
ここまでの思考に要した時間は‘1s。

――厄介だな。

アスランは小さく悪態をつきながらキラの剣の切先を避け、空いた左翼から打ち込まれるファンネルから射出された光線に向かって撃った。
標的に命中させるだけではない、相殺されるだけの威力の調整さえも1%の狂いも無い程正確であった。

――ハーネスを打ち込んでストライクを遠隔操作するか・・・。

視線を流した先には新設された自ら製造した兵器、ハーネスがあった。
しかし、その思考は現在のキラの精神状態によって打ち切られた。
恐らく、ハーネスによってストライクのシステムを乗っ取りアスランの遠隔操作によって機体の安全を確保したとしても、
今のキラであればその場で自らの命を絶つことさえ考えられる。
ラクスの言葉どおり地球へ生命を還すことが目的であったとしても、
それが叶わない状況を理解すれば、次に優先されるべきことは分かりきっている。
命を、消すことだ。

――それなら。

アスランはストライクの軌道が修正されるようキラの行く先へ立ちはだかった。

「邪魔をするのっ、君もっ!!」

血が滲んだように枯れたキラの叫びに、アスランは微かに眉を顰めた。

――君、も・・・?

明らかに他者を含意した言葉から連想される人物へ廻らされる思考は、キラの振り下ろされた剣によって絶たれる。
あまりの俊速に、ビームサーベルが光の尾を引いた。

「見たんだろ、君もっ!
知ってるんだろ、全部っ!!」

ストライクによって左翼へ振り下ろされた剣は

「なら、わかるだろっ!
僕は死ななくちゃいけないっ!!」

流れも勢いも力さえも殺さず、

「生きていたら、いけないっ!!」

紅が下方へ身を捻って避けたその先へと突きつけられた。

「生まれてきたら、いけなかったんだっ!!!」

アスランはシールドで力をいなすように防ぎながら

「僕を望んでっ、あの人たちは殺されたっ!!」

背後および右翼上方からのファンネルの攻撃を

「僕がいるから、あれが真実になるっ!!」

ビームライフルで相殺する。

「なのに、どうして君はっ!」

ビームライフルの閃光が宇宙を駆ける、

「どうしてっ、それを邪魔するんだっ!!」

その僅かな瞬間よりも速く

「どうして、君はっ!!
あれを肯定するんだっ!!!!」

アスランが目視で認識したそれが紅に重なるその瞬間よりも紙一重速く、

「消さなくちゃいけないんだっ!!
僕も、
身体も、
遺伝子もっ!
全部っ!!!」

キラは剣を一気に振りぬき、暗闇の宇宙の色彩が微かに揺らぐ。



――君も、消さなくちゃいけないの・・・?

――君が、僕を受け入れるから。
   君が、僕を望むから。
   僕は、君の命も
   奪うの・・・?

刹那、キラは全ての色彩が抜け落ち、
時の速度さえも無くしたように感じた。
ふと目の前を紅い雫がゆっくりと横切っていった。
目の前の親友と同じ、燃えるように輝く深紅の色彩だけが、あまりに鮮やかに輝いたように見える。
そう、まるで生命の煌きのように。
無意識に、キラは握り締めていた手をそっと伸ばした。
それは、生存への本能的な渇望だった。
しかし、あまりに鋭すぎるキラの感性が見せてしまう。
切り裂かれたそばから滴る深紅の血潮のその細胞の、その先の遺伝子を。
そこに刻まれた恣意を、欲望を、負を。
刻まれることによって排除された命を、
生きていた彼等を、
生かされていた彼等を、
自らが奪った彼等を。

Freedom trail――

自由への軌跡が続く限り奪い続ける命を、
壊し続ける世界を。

キラは見てしまったから。
それが、キラの真実となる。



振りぬかれた筈のビームサーベルの光が

「うわあぁぁぁぁぁぁぁああああああぁあぁぁぁぁぁ!!!!」

――消えたっ?

アスランがそう認知した瞬間、逆手に持ち変えられたそれが紅にむかって突き刺さった。




←Back  Next→  

Chapter 6  Top