蒼い地球を背にして、ストライクは何にも抗う事無く落下していく。
まるで海へ沈みゆくように。
キラは背中から包み込むような蒼い輝きに
あたたかさを感じた。
母の腕の中のように安らかで
父の掌のように力強い
胸を震わす懐かしいぬくもりに、涙を浮かべた。
確かに、そこから生命は誕生したのだと、
キラは理屈ではない畏怖に似た何かから悟る。
そして、その生命の一雫にこの命を還すのだと、
歓喜と安堵の混在した表情で、
ゆっくりと瑠璃色の地球へ向き合った。
光も希望も現在も、全てを失った漆黒の瞳が
全てを浄化するように瑠璃色に染まる。
瞬間、キラの渇望した魂が吼えた。
その時、キラの瑠璃色に染まった瞳に、紅い光芒が射した。
――彗星・・・?
そんな思考が一瞬過ったが、その紅い光が過ぎ行くことは無く、
むしろ燃え上がるように煌きを強めていく。
魂と生命を還すその場所の浄化を意味する蒼さに射した
あまりに鮮やかな色彩が、
まるで自分の逝く先を許さぬように迫る。
手を伸ばせば触れられる、求めて止まない終焉と、
自己を別つように立ちはだかる、煌々と輝く強い光の源を
キラは苛立たしげに睨んだ。
――邪魔だ・・・っ
限界値をとうに振り切った速度をさらにあげようと、キラがレバーを引こうとした、
その視界を遮ったのは若葉のような翼。
「トリィッ!トリィッ!」
突然、キラ自身も気付かない程音も立てずに佇んでいたトリィが忙しなく羽ばたき、
さらにキラの神経を逆撫でした。
「邪魔だっ。」
吐き捨てられた言葉と共に打ち払おうと挙げられた手を俊敏に避けた拍子に、
偶然か必然か、トリィは操縦席のパネルに触れた。
新たに起動されたシステムによって流れ出したのは、天の女神の祈りの歌だった。
鼓動がひとつ、キラの胸を打った。
張り裂く程
強く、鼓膜を破る程大きく。
暗闇の世界で光り輝くように生命の存在を示す
尊い音色。
しかし、今のキラにとって鼓動によって確かめられていく生存は
何よりも残酷だった。
――邪魔を・・・するな・・・
一瞬、動きが止まったかのように見えたストライクのその隙を逃さず、紅は距離を一気に詰めた。
紅の画面に映し出されたキラの姿にアスランは言葉を失った。
クライン邸を訪れた数日前に比して信じ難い程痩せ果てたキラの肉体は
おそらく生命を維持することすら困難であろう。
そのキラが身に纏っているのはパイロットスーツではなく、
ラクスを護る、その強い意志を示した白い軍服だった。
しかし今その軍服が示すこととは、
確実な死を執行する頑なな意志であった。
まるで、自己の生存を嫌悪するかのように。
背筋に寒気が走るよりも先にアスランを捕らえたのは、キラの瞳だった。
戦場で目にしてきた、希望の光を失った瞳のどれよりも深い闇がそこにあった。
――キラ・・・っ。
タキストスの名の通りの国際法規速度最高のスピードで猛進するストライクを待ちうけ、
アスランは紅のリミッターを解除から制御へと切り替えた。
紅が破壊されたとしても、プロミネンスの爆発的なエネルギーによってストライクが損傷することを防ぐために。
アスランは全てを沈めるようにただの一瞬、瞼を閉じた。
呼吸を乱さず、
鼓動を保ち、
覚悟を決める。
――静かだ。
開いた瞳のその先に、迷いは無かった。