2-9 アスランの沈黙




「あのさ。」
キラが躊躇いがちに切り出した。
「コル爺には話してないの?・・・カガリのこと。」
アスランのPCを閉じる手が一瞬止まった。
「あぁ。隠している訳じゃないが、特に聞かれなければ話すつもりはない。
過去のことだから。」
アスランは平静の表情でキラに告げた。
ゆっくりとPCを閉じながら、まるで大切なものを扱うように。

――過去・・・。

アスランの言葉が、先刻のコル爺とアスランのやり取りの真意を裏付けた。

『カガリにぁ、手ぇ出すなよ。』
『出しません。』

ふざけていたが嘘は無かったことに、キラは血の気が引いていくのを感じた。
冗談であればと、信じていた。

「アスランは、カガリと会ってないの?
カガリにアスランのこと聞いたら、なんかそんな感じがして。」
「レセプションで会った。」
キラは眉をひそめた。
カガリはホスト国として終始各界の要人と交友に務めていたことを 同じフロアで見ていたからである。
そこにアスランが現れたのは、レセプションもお開きに近づいた時間であったことも。
ラクスと共に案じていた以上に2人は、

「仕事以外で顔をあわせることは、殆ど無い。
だから、会ったのは2ヶ月振りだ。」

離れてしまったのかもしれない。

キラの脳裏に、レセプションで見せたカガリの笑顔が浮かぶ。
瞳の奥に見せた、
揺らめいては消えてゆく影。
ひまわりのような笑顔、
その光でかき消される影。
それをキラとラクスが見逃す筈が無かった。

「でも、カガリはっ・・・。」

その先の言葉を、キラは留めた。
言葉を失った。
アスランの沈黙が、
全てを語っていたからだ。
普段のアスランとは正反対な程、饒舌な沈黙。
アスランは瞳の奥にカガリと同じ影を映し出していた。

キラは急に全身がソファに沈み込んでいく感覚に襲われた。
冷え切った手のひらに、場違いな汗を感じながら。



キラが何を思っているのか、
どうして胸を痛めてくれているのか、
アスランには分かっていた。
だから、沈黙を言葉にかえた。

「描く未来は同じだと信じている。
だからオーブに残った。」

――アスランの深い瞳は、何を飲み込み続けているのだろう。

キラに向けられたアスランの真直ぐな瞳と
語られる嘘の無い言葉が、
キラの胸を刺す。

「俺に、何ができるか、
考えたんだ。
支えることも、
側にいることもできない俺が、
カガリのためにできることを。」

アスランの言葉にキラは顔を上げた。

「その結果が、今だ。」

穏やかな口調の、
深い瞳の、
その奥に変わらぬ思いがあった。

「思いの分だけ励めばいい。
だから、隣じゃなくていい。」

いつもと変わらぬ笑顔、
カガリへの思いがアスランの瞳を優しく潤ませる。

「だけど、飛んでいける距離にいたいと願うのは、
俺のわがままなんだろうな。」

キラは視線を外さずにアスランの思いを受け止めた。
しかし視界が揺らめいて、アスランの表情が見えなくなる。

「そんなことないよ。きっと。」

アスランはキラの瞳から零れ落ちそうな涙に驚いた。

「キラっ。」

アスランとカガリのことだから、
大切な人だから分かってしまう。
キラの繊細な感受性が、
2人が色彩を抜いて透明に染めた感情の糸を、
その繋がりを、
感じ取る。
キラの胸の痛みは、
キラとラクスが馳せた思案の痛みだけではない。
アスランとカガリの抱く思いが、
強さの分だけ増す痛みが、
そのままキラの心に流れ込んで溶け合ったからだ。

「きっと、カガリも同じだと思うから。」

キラは笑顔を浮かべた。
その弾みで流れ落ちそうになる涙を湛えながら。
「ありがとう、キラ。」
自分の事のように真正面から受け止めて、
自分の事以上に優しく返すキラに、
アスランは救われる。

痛みを見せることも、見せられることも、
そこには痛みを伴う。
心が近ければ近い程、
痛みを分かち合ってしまうから。
だからせめて、
その痛みを受け止めてくれたキラに
アスランは微笑みを向けた。




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