「今日も見つからなかったね。」
作業を切り上げて、キラとアスランとコル爺は艦へ戻った。
アスランはキラの部屋で完了した作業から情報経路を割り出し、
明日の作業工程を組んでいた。
「独立して存在するのか?」
思考を巡らせながらアスランは作業を続けた。
「だけど、メインコンピューターにじょうほうが集積されない筈無いと思うんだ。
施設内の回路は全て繋がれて管理されていたはずだから、
部分的にでも繋がればそこからハッキングして、見つけられると思う。」
先刻まで、キラの驚異的な集中力でシステムを接続させハッキングを繰り返していた。
だが、あの情報には行き当たらない。
深刻なキラの表情をココアの甘い香がほぐしていく。
アスランは笑みを浮かべながら、
「とにかく、出来るところから繋いでいこう。明日はもう少し先に進んで・・・。」
と、今しがた完成した 明日の工程表を提示した。
「うん。そうしよう。
何処にあるのか、糸口がつかめるといいんだけど・・。」
キラはぼんやりと施設の見取り図を眺めた。
「近づいていることは確かだ。」
アスランの落ち着いた語り口は、キラの心を静めていく。
「そうだね。ありがとう、アスラン。
ごめんね、こんな仕事まで任せちゃって。」
キラは肩をすくめた。
「こういう雑務は部下の仕事だろ。
隊長はスーパービジョンを持って大きく構えているものだ。」
アスランはコーヒーに口を付けた。
横目に映るキラらしい振る舞いに目を細め、言葉を加えた。
「でも、キラがみんなに混ざって作業しているのは、
エンジニアにとっては良い刺激になっていると思う。
特にMSエンジニアは隊長クラスと横に並んで仕事をする機会が少ないから。」
「そっか。良かった。
本当はこうやって、仕事したいんだ。
みんな役割があって・・・、 あ、得意なことがあるっていうのは良いことだと思うよ。
だけど、一緒に仕事をしているのに、
その感覚があまりないから。」
キラはふーっと息をつくと、
カップを両手で包んで遠くを見るような目をした。
アークエンジェルにいた時は、人員不足のため
パイロットもクルーも上司も部下も、全員の役割が有機的に繋がっていた。
ひとつだった。
「不謹慎かもしれないけど。
今回の任務、楽しい気持ちになる時があるんだ。
やっぱり、変かな。」
キラは小さく笑った。
地球軍と比較してザフトは人的資源において不利な状況から戦争に突入したため、
一人一人の能力を高めることで数におけるビハインドを克服しなければならなかった。
訓練学校や現場では少数であるがために教官の目が行き届き、
戦術から実技に至るまで綿密に叩き込まれる。
それは地球軍でのエリート教育に相当する質であった。
故にザフト軍の質は高く保たれ、戦況は次第に優位に傾きだしたのであった。
軍人としての教育を受けていないキラと、 硬派なザフト兵において意識の差が生まれることは止むを得なかった。
だからこそ、今のザフトに必要な人材と捉えることもできるが、
それはキラだけに背負わせるにはあまりに大きい。
――ラクスの裁量が働いているとは思うが、
それでも慣れないことが多いのだろう。
本来であれば、軍に入隊するよりもシステムエンジニアとして研究機関に就く方が
キラの性格に合致しているとアスランは思っていた。
仮に軍に組するにしても、ザフトよりオーブ軍の方が適していたであろう。
その規模はザフトが遥かに上回っているが、
高い技術をバックボーンに少数先生で組織されているという点では似通っている。
決定的に違うのは、感情だ。
オーブ軍にはおおらかさとあたたかさが全体に行き届いていた。
それは他国の軍では甘さやたるみとして捉えられる感情であろう。
しかしそれがオーブ軍の力となる 貴重な資源の一つとなっていたのである。
ザフトとオーブ軍の感情の差の根源は、その設置目的の差にある。
オーブ軍は戦争を避けるために設置され、
ザフトは戦争に勝つために設置されたのだ。
その決定的な差が、軍の特色を大きく分けたのである。
だが、ラクスが議長に就任したこと契機にザフト内部にも変化をきたしていることは確かであった。
「俺も。キラと仕事ができて、楽しいと思う。」
アスランは思考を摩り替えた。
立ち入れない問題をこれ以上掘り下げるよりも、
キラがやり甲斐や楽しさを感じているこの仕事を充実させたい。
願わくば、このまま何事もなく。
事実を受け入れ、共に背負えるように。