「ちょっと、シンっ!」
国家公安委員会の書庫を飛び出したシンの後をルナが追った。
「単独行動は厳禁って、分かってるでしょっ?」
ルナに掴まれた腕を、シンは荒々しく振り切った。
「こんな所で調べてたって、レイの真実は分からない。
ここにあるのは、国が勝手に事実として固めたものだけだろう?」
メンデルに関する記述は極めて限定的であり、
かつ不自然な程報告の数は少なく、
その報告は形骸化されたものばかりであった。
そこから読み取れることがあるとすれば、
それはここに真実は無いということ、
そして真実は故意に隠されているということだけだった。
シンが壁を叩き
薄暗い廊下に重く響く。
――シン・・・。
その事実とレイと過ごした日々の齟齬が、
痛みと憤りを生み出していた。
「レイが。
何も無かったことになってる。
そんな事、俺は許さない。」
シンは緋色の瞳をルナに向けた。
誰が何と言おうと真実を掴み取る、
そんな決意の宿った眼差しだった。
感情をぶつける相手がいることの尊さに、
シンは未だ気付いていなかった。
生きるために必要な受容感、
救い。
ルナの声は落ち着き払っていた。
「レイは生きてた。
私達と一緒に。」
ルナはシンの拳を優しく包み込んだ。
「私は忘れない。
忘れちゃいけないのよ。」
「ルナ・・・。」
シンの沸点に達した感情の熱は、ルナに包まれ和らいでゆく。
しかし、ルナが持つのは柔らかな癒しだけではない。
そこに一筋の芯が通っている、
ルナの強さだ。
「だから、正規の手順を踏まなくちゃ。
私達だけのフィクションにはさせない。」
「うん。」
シンとルナの瞳には覚悟の灯が燈っていた。
PCに向かったイザークとディアッカの絶え間ないタイプの旋律が、
止まった。
「おい、これって・・・。」
ディアッカは思わず口元に手を当てた。
「まさか・・・。」
イザークの米神から一筋の汗が滴り落ちる。
全身の血が一瞬にして消えうせたように、
体の冷たさを他人事のように感じる。
と、その時シンからの通信が入った。
「何だっ・・・!」
イザークの声の荒々しさに、シンとルナは固まった。
画面に映し出されたイザークの顔を見て、
瞬時にシンとルナは戦場の顔だと理解した。
ルナは背筋を伸ばし毅然とした態度を取った。
「国家公安委員会機密情報局には我々が求める情報は保存されていません。
それは国、もしくは別の何かが情報を隠蔽している可能性を示していると考えます。」
ディアッカは口笛を吹いた。
この点に気付くにはもう2・3日要すると踏んでいたからである。
「やるじゃん、お前ら。
で、どうすりゃいいと思う訳?」
一呼吸置いた後に、シンは覚悟の燈る瞳を向けた。
「デュランダル前議長の身辺から研究者を洗い出し、
そこを足がかりに調査を進めたいと思います。」
画面と画面の間に、重苦しい沈黙が横たわった。
イザークは腕を組んだまま背もたれに寄りかかり、
睨みつけるような鋭い視線を送っていた。
シンとルナは予想以上にキレることが判明した。
動機付けのためにレイを切り口として調査に当たらせた以上、
前議長の身辺調査へ向かうであろうことは予想できた。
――だが、任せられるのか・・・?
こいつらに。
ディアッカは通信マイクで拾えない程度の声でイザークに話しかけた。
「寧ろ好都合なんじゃないの?
この前の戦争で一番深く関わったのは2人なんだし。
出方によっては相手方がシッポを出す可能性もある。
それに、いい顔してんじゃん、あいつら。
命令じゃなく、自分の動機で動こうとしてる。
そう仕向けたかったんだろ?」
その点はイザークも異論無かった。
だが不安要素が多すぎる。
「暴走したら厄介だがな。」
イザークはシンに視線を向けて溜息をついた。
ディアッカはいささか楽観的に映るがそれは気まぐれではなく、
部下を信じてみたいという上司としての信頼からだった。
「だからシンにルナを付けてるんだろ?
おそらく、通信を入れるように説得したのもルナだと思うぜ。」
イザークは組んだ足をゆっくりと解き、
シンとルナに向き合った。
「了解した。
ただし、行動は必ず2人で取れ。」
シンとルナは顔を向け合い小さくガッツポーズをした。
ディアッカは例の軽い調子でアドバイスをした。
「いい?情報は隠蔽されたまま誰も目にしてないとは限らないって可能性、考えてる?」
シンとルナの顔色が変わる。
ディアッカの口調の軽さが、逆に事の重大さを引き立てていた。
さらにイザークが釘を刺した。
「消された可能性もある。」
何が、と問わなくともシンとルナには分かっていた。
情報が、
ではなく、
人が、
消された可能性。
「それでもっ。」
シンは迸るからこそ伝わらない感情を、
不器用に紡ぎ出す。
「俺は、絶対に知りたいんです。
メンデルで何があったのか。
何でそれを隠しているのかっ。
レイは・・・、
レイは生きていたっていうことを、
真実にしたいんだ。」
ディアッカが追い討ちをかける。
「でもさぁ、そこにあるのはプラントの影の部分だぜ。」
ルナはキっと目を向ける。
「影は実態が無ければ出来ません。
仮にレイがプラントの影の産物だったという事実が発覚したとしても、
それでも私達はレイの真実を受け止めるつもりです。
それはメンデルで行われた全てに関しても同じです。
そして、真実を適正な場所に安置します。」
再び、モニター越しに沈黙が訪れる。
「やれるもんなら、やってみろ。」
イ
ザークの言葉を最後に、通信はブツリと切断された。
シンとルナは同時に深く息を吐き出した。
今までなら、上司の言動から人を見下したような不快感を覚えていた。
しかし今、2人の胸は高鳴っていた。
ジュール隊に配属されて初めて任された任務となった。
イザークはふっと笑みを浮かべた。
ディアッカはイザークの肩に肘を乗せた。
「やるじゃん、あいつら。
ガキの使いからは卒業か。」
その言葉はイザークの思いを代弁していた。