――不自然だ。
キラとアスランは施設内の状況確認の結果をPCで概括していた。
ヴィーノたちの話し声が耳に入る。
「なんでこんなに壊したんだろうな。」
「やっぱブルーコスモスじゃないの?恨みとか。」
施設内の荒廃は故意になされたことであるという点は、
誰も疑わなかった。
だが・・・。
「不自然じゃの。」
コル爺がキラの横から顔を突っ込んだ。
珍しく、声をひそめて。
「コル爺もそう思いますか。」
コル爺はお髭をいじっていた。
それは思考をめぐらせる時の癖だった。
「俺が破壊する立場なら、コロニーに影響しない程度に、
メインコンピューターがある中央棟を基点に破壊し、修復不可能にする。」
アスランの声は冷たく響く。
事実を事実として述べる、
言葉と表情に感情が表れる前に、胸に留める。
逆にキラは悲痛な表情を素直に表す。
「僕も、こんな壊し方しないな。」
「うむ。これ程巨大な施設を破壊するために、
わざわざ銃や小型の火器を使うのは非効率的じゃ。」
コル爺はたんたんと考えを述べる。
画面上にはいくつかの映像が映し出されていた。
「破壊の仕方が一様である点から、
少人数で当たった、
もしくは破壊の方法まで細かく指示されていた可能性がある。」
キラにはその繊細な感受性から気付いたことがあった。
「これって、本当にブルーコスモスと関係があるのかな。」
「と、言うと何じゃ。」
「この壊し方に感情を感じないんだ。
もし、コーディネーターの存在に嫌悪を感じている人が破壊したんだとすると、
もっと別の方法を採ると思うんだ。
だって、コーディネーターの最先端の研究を行っていた象徴的なコロニーでしょ。
だったら、こんなひっそりと破壊工作するはず無いと思う。
上手く言えないけど・・・。」
アスランの脳裏にユニウスセブンが核によって破壊された記憶が立ち上る。
あの光景は今も鮮明に蘇る、母親の記憶と共に。
ユニウスセブンやメンデルで起きたバイオテロを考慮すれば、
キラの発言はもっともだった。
修復すれば稼動できる程度に破壊するはずがない。
「だとしたら、目的は施設の破壊に無いのかもしれない。」
アスランの言葉は、それぞれの感じた不自然さの根源を示していた。
何故、荒廃させる必要があったのか。
何故、設備を破壊する必要があったのか。
何故、メインコンピューターは壊滅的な損害を免れたのか。
その目的は。
「とにかく、修理じゃな。わかることがあるかもしれん。」
コル爺はキラの肩をたたいた。
メンデルの安全確認は滞りなく終了した。
施設内に不審な熱源や生命反応は無く、
ケイやその組織、MS等の存在は確認されなかった。
『僕はね、ずっとメンデルにいたの。』
あの時のケイの声がアスランの脳裏を過ぎる。
ケイがつくられたキラだとすれば、それを可能とする場の一つがメンデルであることは間違いない。
――メンデルにずっと・・・。
こうなる以前に?
今は別の場所へ・・・。
キラとケイの遭遇を避けなければならないという感覚的な確信を抱きながらも、
アスランはケイを探していた。
そこには無意識の引力が働いていた。
調査隊は各班に別れ、情報が集積されているであろう中央棟を基点として放射状に修復作業を開始した。
機器の稼動が可能となると同時にシステムの復旧に着手した。
システム復旧のためPCに向かうキラの横で、アスランは手際よく機械の修復を行っていく。
線を繋ぎながらアスランはキラへ目を向けた。
瞬くような速さで切り替わる画面から、その処理のスピードが窺える。
「キラ、これでどうだ?繋がると思うんだが。」
「ちょっと待ってね・・・あ、いった。大丈夫だよ。」
キラは屈託の無い笑顔を見せる。
その笑顔からキラの強さを信じ安堵するが、
一方で苦い気持ちは拭い去れなかった。
アスランはグローブを外すとPCを起動させキラのサポートに入った。
「キラ。」
「うん。」
「辛くないか?」
タイプの音が一瞬途切れる。
見上げた先には、アスランの優しさに潤んだ真直ぐな瞳があった。
メンデルには様々な感情が渦巻いている。
人間の生命への欲求、
それを超えた進化という名の欲望。
そこから生まれた生命への嫌悪、
人間としての罪の意識。
淘汰の名の下に消された生命と、
罰の名の下に奪われた生命。
それでもなお求められる生命。
その根源にあるものは、
希望と呼ばれ、
欲望と呼ばれる、
人間の感情。
その表れであるキラ、
戦火の中で突きつけられてきたキラ。
――巻き込んだのは自分だ。
アスランはメンデルの再調査にキラを巻き込んだ自責の念を抱き、
常にキラの感情の機微に目を見張っていた。
荒廃したメンデルの存在、そしてその意味が、
キラの琴線に触れないはずが無かった。
それでもなお見せるキラの笑顔に、
アスランはきらの背負うものを共に背負いたいと感じていた。
それが自分にできることだった。
「辛くないって言うと、嘘になる。」
キラは澄んだ瞳をしていた。
――ラクスと同じだ。
「僕がメンデルで生まれたことは事実だよ。
ここで沢山の命が生み出されたことも、奪われたことも。
それが希望だったことも、
欲望だったことも、
憎しみの種だったことも。」
キラは微笑みを絶やさずに言葉を続ける。
「でも。
今の僕が全てだって。
教えてくれたんだ、ラクスが。
受け止めてくれたんだ、
アスランやカガリや、
みんなが。
僕はそれを信じてる。
だから、どんな事実も受け止めることが出来ると思うんだ。
真実は、もう僕の胸の中にあるから。」
――キラ・・・。
「俺も、それが真実だと信じている。」
アスランは微笑みを浮かべた。