2-4 計算式




堆く積まれたファイルや文書に埋もれながら、
シンは複数のPCに囲まれ
電子化された報告書、雑多な関係書類を繰っていた。


国家公安委員会の機密情報局3課の書庫は、
装飾がそぎ落とされたように殺風景だった。
その室内に紙の擦れる音と、タイプの音だけが響く。
ルナは寒気を感じだ。
本来であれば不得手とする情報処理を猛スピードでこなしていくシンが、
狂気じみて見えたのである。
何がシンを突き動かしているのか、
痛いほど分かる分、 ルナは見守るしかなかった。



「あいつらだけ残しちゃって良かったのか?」
ディアッカはイザークを横目で見た。
「メンデルの調査は他でも何度か実施されている。」
イザークは正面を見たまま視線を外さない。



シンを含め数名に申し渡された命は、
機密文書として存在する メンデルに関する報告書及び情報を収集することだった。
戦争の存在そのものに対する底知れぬ怒りをもつシンは、
ミランダへの真実に噛み付こうとした。
それを制したのはディアッカの一言だった。

 『レイのこと、知りたいんじゃないの。』

燃えるような緋色の瞳に刺す怒りが、一瞬にして引く。
影を落とす。
それは真実への欲求というよりむしろ、
真実へ触れる責任だった。
知らず、
気付かず。
その罪への意識に伴う自責の念がシンにはあった。
レイのレイとしての道を歩めた可能性。
レイから摘み取られた未来、
いや、
レイに植えつけられた未来だったのかもしれない。

――レイ・・・。

『わかりました。
だけどっ。わかったことは共有させてくださいよ。
フェアじゃないから。』
『当然だろう。』
イザークはシンに真直ぐ目を向けた。



それはイザークとディアッカの思案通りであった。
「ミランダに首突っ込ませるのは危険すぎるっとことだろ?」
「俺はそんな事言った覚えはない。」
やれやれと、ディアッカは肩をすくめた。
イザークは隊長としての配慮と責任を身に着けていることを、
誰よりもわかっていたのはディアッカだった。
それは常に目に映らず、
触れても知覚されず、
だが緻密に張り巡らされていた。
イザークの深い情からくるその行為は、
ドライな人間関係を好まざるを得なかったが故に、 透明になる。
だがそれは、イザークへ寄せられる無意識の信頼として具現化されていた。
イザークへの信頼を助長させていたのがディアッカであった。
イザークの示すことは間違ってはいないが、
感情の殻に支えることが多すぎる。
言葉が足りないイザークの背後で、
軽く言葉を添える。
ディアッカの隙をみせたゆるさに、部下の言葉が滑り込む。
ディアッカから返る言葉や態度の適当さが、相手を構えさせない。

そこに感情の隙ができる。

だからこそ受け止められることは、多い。
周囲に対するイザークの鋭い棘を、
時に軟化させ、
時にその意味を悟らせた。
故に部下は不満はあっても、
反感や不信は決して抱かなかった。
飴と鞭という言葉では片付けられない、
複雑で緻密な計算に基づいた複線。
それはイザークとディアッカの信頼によって結ばれた絆と
それぞれの深い情に起因していた。
それを知るのは、共い戦場を駆けた戦友だけである。

「あいつらキレるかもな。情報なんて無いってこと知ったら。」
2人は公的機関に保存されているメンデルに関する情報は形骸化されたものしか残っていないと踏んでいた。
それはシンたちによって証明されることになる。
「そこから何も読み取れない程、馬鹿ではあるまい。」
それは部下を信頼しての命令であることを、ディアッカは分かっていた。
イザークは続ける。
「この問題は国を挙げて個人に埋没させている。
隠蔽するなら、それより他に安全な場所は無いだろう。」
ディアッカが噛み砕く。
「パズルのピースを世界中にばら撒いた。
しかも1ピースをさらに細かく砕くことが個人に委ねられているとしたら、
普通完成させる気なくすよな。」
ディアッカは言葉とは正反対の表情をしていた。
「先ずは問題の構造とその背後の存在を認識することが先決だ。
それさえ分かれば、あいつなら勝手に走り出すだろ。」
「そしたら、暴走しない程度に泳がせればいいって事ね。」
2人の計算式の答えはピタリと一致していた。

2人は一室のPCの前に座った。
「ザフトに入ってから何度もやっているけど、
やっぱガキの頃思い出すんだよな。」
ディアッカは指鳴らしをした。
イザークとディアッカの子どもの頃の遊び。
それがジュール隊の行動の根拠を固める膨大な情報収集へと繋がっていった。
「何を賭ける。」
子どもの頃の名残だ。
最初に賭けたのはショートケーキの苺だった。
「そうだなぁ。」
室内には超絶技巧によるタイプの音が響いた。

その旋律はミランダの真実へと近づく靴音だった。




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