2-12 死者と共に葬られたもの




ルナはレイの全てを許した訳では無かった。

レイは目的のためにメイリンに手を下そうとした。
その事実は変わらない。
だが、仲間と共に笑いあった時間が存在したことも、
事実であることには変わりない。
レイを許す自分を受け入れる準備はとうに整っていた。
だがそこに、見過ごしそうな程小さく、
しかし深く根をはったしこりがあった。
このままレイを許せば、レイの事実という上澄みだけを飲み込み、
レイの真実を許しの名の下に忘却する怖さを感じていたのである。

――許すなら、レイの全部を許したい。

その思いがルナをレイに、メンデルに近づけた。
その先に触れる何かを、
伝えずに。



「不自然、だよな。」

画面にリストアップされた研究者名を概括しながら、シンは呟いた。
「えっ?」
ルナはシンの横から顔を突っ込む姿勢で、画面を覗いた。
そこにはこれまでシンとルナで行った調査結果が映し出されていた。

2人はメンデルに勤務していた研究者及び出入りしていた関係者を 片っ端からリストアップし、
身辺を洗い出した。
しかしそこには、不可思議なほど一致した調査結果だけが積み重ねられていった。
それは本人の死亡と研究成果及び情報の紛失であった。
多くはメンデルで勃発したバイオテロにより、
生き残った研究者及び関係者は、
事故や病、
戦争により死亡したと記録されていた。
彼等の研究成果や記録は、彼等とともにこの世から消えていた。

デュランダル前議長の身辺で言えば、
クルーゼやレイとの関係はそれぞれ公的接触に留まり、
メンデルに関してはそもそも記録されていないことしか判明しなかった。
前議長を中心に、あらゆる情報や人的関係性が消滅していた。

前議長は先の戦争の戦犯として矢面に立たされた。
ロゴスとしてレッテルを貼られた者ばかりでなくプラント内部においても、
戦争により生み出された怒りや悲しみ憎しみの感情を、
実際の行動を伴ってぶつける者が後を絶たなかった。
自宅や墓、関係施設や縁の土地等は人為的に破壊され荒廃していった。
荒廃の進行は、そのまま情報の粉砕を意味した。
また、近しい者たちは戦犯として裁判にかけられていた最中に、
ブルーコスモスと名乗るものによって殺害された。
その主犯はプラント内部の者であるともささやかれている。

同様のことが、研究者の間でも起きていた。
関わりのあった者は、
触れることによる死を恐れて口をつぐみ、
全てを葬った。

全てが踏み潰されようとしていた。
踏みつけるその足に、 別の意図を持った他者が紛れ込んでいた。
他者の透明な扇動が、
踏みつける足を強め、
早める。

踏み潰されたものは、
風化の一途を辿っていた。

粉々に。
事実も、
罪も。




←Back  Next→  

Chapter 2  Top