「ヴィーノ!OKじゃぁ。止めろっ!」
コル爺は大きく両手を振った。
ストライクは数歩前進した後に膝を経てるような姿勢で静止した。
コックピットから満面の笑みで顔を出したのは、ヴィーノだった。
ところがすかさずヴィーノはコル爺へ向けて振り上げようとした手を止め、
さっとコックピットに身を隠した。
「コル爺っ!」
アスランは困った表情で頭を傾けた。
「ストライクはキラの機体です。無闇に改造しないでください。」
ヴィーノはコックピット内で膝を抱えて宇宙があるであろう方向を見上げてやりすごしていた、
が。
「ヴィーノもだ。降りて来い。」
アスランの声にきゅっと顔を膝に押し込めたが、 ヴィーノは観念したかのように機体から降りた。
「ごめんなさい。」
ヴィーノはコル爺と共にしょんぼりとした顔をし、 アスランはふっと表情をゆるめた。
「中央棟の修理は大方終了して、手持ち無沙汰にさせてしまって申し訳ない。
昨日と違い、今日はまとまった作業をお願いするつもりです。」
アスランの言葉にヴィーノは目を輝かせて、コル爺と肩と組んだ。
「やったー!!
師匠、よろしくお願いしまっす!!」
「おぅ、任せろぃ!!」
と、コル爺はお髭を揺らしながら豪快に笑った。
「朝から賑やかだね。」
キラは穏やかな表情でアスランの肩に触れた。
「あぁ。」
アスランは共同調査を通して、
国境やナチュラル・コーディネーターを越えた交流が生まれたことを喜ばしく思っていた。
「こんなに仲良くなるなんて、想像以上だったね。」
キラは軽く握った拳を口元にあて、小さく笑った。
「そうだな。」
軍に組すると交わる人間が自ずと限られる傾向にあった。
特に艦の乗組員として長期間任務に当たる場合にはなおのことであった。
その不可避的な傾向が、
一方で多様性への寛容性や視野の矮小化を招く懸念があった。
この交流が少しでも各自に豊かさをもたらせればいい、
そんな思いがそこにあった。
「今日も異常無しか?」
「うん、生命反応も熱源も異常無し。
さ、昨日の続きを片付けちゃおう。」
キラはPCを片手にアスランに目配せをした。
調査に入ってから現在に至るまで、
メンデル内部で調査隊以外の生命反応及び熱源の反応は見られなかった。
『僕はずっとメンデルにいたの。』
アスランの中でケイの言葉は、
過去を指す言葉として確定しようとしていた。
中央棟B4には複数の研究室が併設されていた。
その一番端の研究室でキラとアスランはシステム復旧の作業を開始した。
「中央棟の回路はほぼ繋がったから、今日の作業で見つからなければ、
修復範囲をもっと広げなくちゃいけないね。」
キラはピアノのトリルを奏でる時のようにキーボードの上の指を走らせる。
「そうだな、今日である程度の目処が立つといいだが。」
アスランはキラのサポートに入っていた。
「キラ、コル爺のこと、許してやってほしい。」
「許すって何を?」
キラはラクスを映したような、柔らかな表情を向けた。
「ストライクを勝手に改造しようとした。
だけど、コル爺にとってストライクは思い入れがある機体なんだ。」
アスランの言葉にキラの手が止まり、
「え?」
きょとんとした顔を向けた。
「設計者であり、製造者だ。
ストライクも、イージスも、デュエル、バスター、ブリッツ、全部。
だから、親心みたいな感情になるんだと思う。」
アスランは紅を創ったことで創造者としての機体への愛着を初めて経験した。
だから、コル爺の思いがほんの少し、分かる気がしていた。
キラは瞳に暖かさを燈して、ゆったりと笑みをこぼした。
「コル爺のこと、もっと好きになった。
ストライクは僕にとって特別な機体だから。
出会えて良かったと思ってるから。」
ストライクと対峙し、
今も己に、
機体に問い続けるコル爺の横顔を、
アスランは思い起こした。
「今夜、コル爺と話をしたらいい。」
「うん。」
キラは笑顔を浮かべ、大きく頷いた。
その時は、 今夜も「今夜」を迎えると
疑う者はいなかった。
あの時見せたキラの笑顔。
その時、
待ち遠しさを胸いっぱいに膨らませた子どものように、
アスランの瞳に映った。