12-8 私にできること




「特に気になることはなかったぞ。」

カガリに続きユーレンの研究室に入ったディアッカは
彼女の言葉の通りの印象を受けた。
システムを起動させても、他の研究室と同レベルの情報しか引き出せず
荒廃した研究室の書棚やキャビネットを見ても
紙媒体、電子データともにFreedom trailの文字も、それを連想されるものも無かった。

無くて当然なのかもしれないと、イザークとディアッカは早い段階で気付いていた。
バイオテロが起きたコロニーメンデルは、
当時軍と警察、消防が連携して救助、捜索、そして捜査が行われたのだ。
その目をかいくぐり、今も直、すぐ目に留まる場所に
Freedom trailの情報が放置されている訳が無い。
もし、捜査の段階でプラントに持ち帰られたのなら
既にFreedom trailの存在は広く世界に知れ渡っている筈だ。
軍の中枢に至る程昇りつめ、
屈指の情報収集能力を持つイザークとディアッカが掴めないのであれば、
プラント内部で極秘にFreedom trailの研究が進められてるとは考えにくい。

――バイオテロを犯したナチュラルが地球に持ち帰ったか・・・。

ふとディアッカの脳裏に過った仮説は、やはり同じ理由で破たんした。
地球で知れ渡れば、それこそ世界を砕くだろう、
アスランの言葉の通り。

Freedom trailの血痕が、綺麗に拭きとられているような印象を受ける。
始めから全てが絵空事だったと思わせるように。

だが、事実としてこの場所でFrrdom trailの実験は行われていた。
無数の命を消費して。
そして、成功していたのだ。
キラという、スーパーコーディネーターがこの世に生まれたことで。

――それをユーレンとヴィアが知らない筈は無い。

イザークは研究室の壁に寄りかかり、なぞるように研究室を見渡した。

――親であれば、何をするだろう。

ふと、書棚からファイルを引き出しているムゥの背中が目に留まる。

――親であれば、身を呈してでも子を護るのではないか。
そう、彼のように。

例え我が子が研究成果であったとしても、
かけがえの無い我が子には無条件の愛情が湧くのではないか。

Freedom trailの完成が明るみに出れば
子どもは人として生きる道を閉ざされることは目に見えている。

それを黙って見ていることができる親などいるのだろうか。

――だからこそ、情報が無いのではないか。

情報はユーレンかヴィアによって葬られたのではないかと思う一方で
イザークは思う。
情報をこの世から消し去るだけで、本当に守れるのかと。
守るためにはむしろ、情報を残す道もあったのではないだろうかと。

 

 

ムゥはファイルを閉じると次のファイルの背表紙に指を這わせた。

――こんな所に堂々と保管してねぇよな・・・。

結論は分かっていても追ってしまうのは、後悔しないためだ。
ここに、父親とユーレンの間で成されたクローン実験の記録があるのではないか、
その想いでページを繰るが、それらしい情報は何も出てこなかった。
メンデルでクルーゼに対峙したあの時を思い出す。
彼は真実の詰まったファイルを投げつけてきた。

――あれだけじゃない筈だ・・・っ。

このメンデルの何処かに、
今も父の欲望が残されているとしたら
それは自分の手で葬らなければならない。

――俺の、責任だ。

 

 

手分けして研究室を探ったが何も掴めないまま
この日はシンやルナを含め、他のクルーに気付かれないよう
作業を早めに切り上げ、艦に戻った。
クルーにはFreedom trailの全貌は伏せている。
カガリとムゥがメンデルの調査に同行する理由を問われれば、十分な説明はできない。
特に、シンがこのことを知れば突っかかってくるであろうことは目に見えている。

「さてと。」

カガリはルナから借りた白いハンカチを持って部屋を出た。
向かう先は、表向きの持ち場だ。
最もそれはイザークやルナにも告げず、独断で決めた持ち場だった。

「働かざる者、食うべからずだからな。」

カガリはダイニングの扉を開き、真っすぐにキッチンへと向かった。
当然、突然の来訪者と
想像を越えた申し出に
料理長は驚きの声を上げた。

「えっ!無理ですって、そんな・・・っ。」

「私だって一応、料理の手ほどきは受けているぞ。
皿洗いだって何だって構わない、
私にここで働かせてほしい!」

カガリは料理長に詰め寄った。
のけぞっているためか、
料理長は首がうまく振れないまま断りの言葉を並べた。

「いくらアスハ代表のお願いでも、
貴方様に皿洗いをさせるなど、私どもにはできません。
お引き取りを・・・。」

料理長の言葉が終わる前に、
カガリは直も詰め寄り、料理長の手を握った。

「混乱の渦中にある世界で、私だけが何もせず
のうのうと過ごすことなんてできない!」

ストレートな気持ちが伝わる口調に、料理長は息を飲んだ。
一刻の首相が、これ程一生懸命に人の役に立ちたいと動くものかと、
目の前の信じがたい光景に、感動すら覚えた。

思いの外、細い手に儚さを覚える。
今まで料理を出してきた高官は確かに優秀で、
これまで掴んできたものの大きさを物語るように太く厚い手だった。
しかし、目の前の首相の手は幼い少女のようで、
立場との乖離に思わず胸が詰まった。

暁色の瞳には威光が宿り、
真っすぐな眼差しに強い意思を感じる。

彼女のために、何ができるだろう、
そう考えている自分に驚くと同時に納得した。
今できる全てに全力をかける彼女に、敬意を示したいのだ。
例え艦長に指導されても、
プラントやオーブに非難されたとしても。

「おい!マリー!」

料理長はいきなり背後に体を捻って誰かの名前を呼んだ。
すると、キッチンの奥から女性が現れた。

「はいはい、何ですか。」

昨日ダイニングで見かけた女性だと、直ぐに思い出した・
そして、何処となく料理長と似た仕草に、2人は夫婦なのではないかと直感した。

「お前のエプロンを持ってこい。」

「どうしたの、急に・・・って、カガリさまっ!?」

漸くカガリの存在に気付いたマリーは素っ頓狂な声を上げ固まった。

「いいから、お前のエプロンを持ってこいって。
カガリ様にお貸しするんだよ。」

驚きのあまり声も出ないマリ―を横に
カガリは嬉しさのままに2人に飛び付いた。

「ありがとう!」

 

 

「う〜、腹減ったぁ。
もう限界。」

猫背でお腹をさするヴィーノは、隣を歩くシンに目を向けた。

「あれ?ルナは?
ダイニングで待ち合わせ?」

一瞬、シンの目に不快感が過ったのを見逃さず
“やっべぇ”とヴィーノは口元を押さえた。
そしてシンから返ってきたのは、思った通りの応えだった。

「ルナはアスハを迎えに行ってる。
アスハは気楽なもんだよな、一日中何もしないでよ。」

一日の任務の疲労がたまった体に、苛立ちは過敏に反応するものだ。
シンは不機嫌な表情のままダイニングへと向かった。
と、ダイニングの扉に人だかりが出来ているのが見えた。

「何だよ、激混みじゃん。」

驚きとうんざりを混ぜたようなヴィーノの声に、シンは素直に首をかしげた。
途切れることなく任務が遂行できるよう、食事の時間はきちんと管理されている筈だ。
確かにダイニングは広くは無いが、扉から人があふれる程混むとは考えられない。
好奇心がわいた時、背後からルナに声を掛けられた。

「シンー!」

振り向けば、カガリを呼びに行った筈のルナが一人で駆けよってくる。

「ねぇ、カガリ様知らない?」

少々焦りを滲ませた表情に、彼女なりに足を使って探したであろうことが読み取れた。

「いや、見てない。」

「そっか。」

溜息と共にちょこんと頭が垂れたルナの耳に入ったのは
ダイニングの人だかりから漏れた声。

「つーか、カガリさまに癒されるわぁ。」
「初々しいねぇ、若い頃の妻を思い出すよ。」

ピクリと肩を揺らしたルナは
「はぁ〜〜〜〜!!!」
叫び声と共にダイニングに突っ込んだ。

「ちょっと、ごめんなさいっ、とお・・・して!」

人だかりを掻き分け、むさくるしい男性陣の間から首だけ出したルナが見たのは
エプロン姿で配膳するカガリだった。

「今日もお疲れ様!
沢山食べて元気になれよ!」

ルナはその姿に
きゅんとした。

人だかりができる筈だ、
アスハ代表から手渡しで食事をいただける機会などレア中のレアだ。
それだけではない、
何よりもクルーを引き付けているのは・・・

「いいよなぁ、ミニスカにエプロン。」
「それに、三角巾な。」

やはりカガリの格好で、男性陣はまるでコスプレを見るような熱い視線を向けている。
いやらしい視線に気づいたルナは居てもたってもいられず走り出した。

「カガリ様、何をしてるんですか!」

さりげなく男性陣の視線から守る様な立ち位置で、ルナは問いただした。
すると、カガリは純真な瞳で応えた。

「何って、調理場の手伝いだぞ。」

「そんなの見ればわかります!
私が言いたいのは、何でこんなことをしているんですかって事でっ。」

うまく言葉が出ない自分に苛立ちを覚えながら、ルナはカガリに詰め寄った。
すると、カガリは当たり前のことのように告げた。

「今、私にできる事だからだ。」

カガリのシンプルな応えに反応出来ずにいるルナの横を通りぬけたクルーの足を

「ちょっと待て!」

カガリは止めた。
そしてクルーのトレ―を見ては、腰に手を当て強い口調で続けた。

「ほら、ブロッコリーが残っているぞ。」

「自分はブロッコリーが苦手でして・・・。」

「苦手も何もあるか!
いいか、お前らは国を、民を護ることが役目なんだぞ。
その役目を果たすためには、健康が第一なんだ。」

直球で叱るカガリの言葉に、一人、二人を耳を傾け
ダイニングに静けさが広がっていく。

「お前の体も、心も、大切なんだよ。
分かるか。」

まるで肩に手を置くような、あたたかい眼差しに
ブロッコリーを残したクルーはゆっくりと頷いた。
カガリは微笑むように頷くと、トレ―に乗ったフォークを取り
皿の上の残ったブロッコリーを刺した。
何をしているのだろう、当事者のクルーだけでは無く
その場にいる者たちが注視している中で、
カガリは大胆な行動に出た。
最も、大胆だと思ったのは本人以外の皆だったが。

「ほら、食わせてやる。
あーん。」

その瞬間、一斉にトレ―を持ち上げる音がダイニングに響き
ブロッコリーのクルーの後ろに長蛇の列が出来た。
皆、皿に一つずつ野菜やおかずを残していたことは言うまでも無い。

彼らの意図をカガリが読み取れる筈は無く、

「何だ、お前も好き嫌いがあるのか?
だがな、私の前で食事を残すことは許さんぞ。
ほら、あーん。」

真面目に応じるカガリに、ルナは“あ〜、もう!”と身悶えた。

 


「ばっかじゃねぇの。」

扉の前で聴こえた小さな声をカガリは聞き逃さなかった。
瞳を向けた時には、詰めかけた人の壁の向こうに漆黒の髪が遠ざかったっていくのが見えた。


 


←Back  Next→  

Top   Chapter 12   Blog(物語の舞台裏)