12-7 小さな奇跡
シンとルナがの姿が扉から消えたのを見計らって
ディアッカはカガリとムゥの方を向き直った。
シンとルナは昨日に引き続き、製造が中止された兵器の調査に当たり
その間、カガリとムゥは艦内で待機することになっている。
表向きは。「さてと。」
しかし、言葉の通り艦内で待機させるイザークとディアッカではない。
そしてそれはカガリとムゥとて同じこと。
ただ黙って待っている2人では無い。「シンたちが出発したら、俺らも出るぜ。
今日は手伝ってもらうからな。」「何をすればいい。」
カガリの問いにイザークが応えた。
「シンとルナマリアとは別行動で、これからメンデルへ向かう。
目的は、Freedom trailに関する情報収集。」ムゥは確認するように2人に問うた。
「これって、シン・・・いや、他の乗組員には内密にってことでいいのか。」
イザークは浅く頷いた。
この肯定は同時に、
Freedom trailの存在はジュール隊には共有されていないことを示している。
さらにディアッカが言葉を加えた。「おっさんはメンデルに入ったことがあるだろ。」
ムゥの脳裏に対峙したクルーゼの姿が過る。
「カガリはここで生まれた、そうだろ。」
ヴィアが遺した研究日誌に綴られた意志が、ふと胸を熱くする。
「力を貸してくれよ、
俺たちが見過ごしてることも、2人なら気付くかもしれねえし。」素直に漏らすディアッカの言葉には行き詰まりが見えた。
彼らの能力を持ってさえも手が届かないものに、
はたして自分たちが何処まで力になり得るのだろうか。
そんな疑問が浮かんだ時、イザークが真顔で続けた。「ナチュラルには、“第6感”という、地球由来の力が備わっているらしいな。」
「「・・・は・・・?」」
目を点にして固まった2人に、流石のイザークも異変を感じ
ディアッカを見やった。「貴様が言っていただろう、ミリィとか言う女から聞いたと!」
「や、だからそういう意味じゃないっつーの。」
「意味が分からんぞ!」
「そりゃそうだ、恋愛に疎いモンなイザークは。」
「貴様ぁ、どういう意味だ!」イザークとディアッカの火花が散る程低レベルなやり取りを傍観しながら
カガリとムゥは勝手に納得した。
恐らく、ディアッカはミリィから
“女の勘よ!”
とか何とか言われた経験があるのだろう、
それをイザークはナチュラルの超能力か何かと勘違いしている、
大方そんな所だろうか。普段はあんなに頭が切れる奴等なのに。
目の前のギャップにムゥは噴き出し、つられてカガリも笑い声を上げた。
そして漸く我に返り状況を客観視しだしたイザークは一つ咳払いを入れ、「とにかく、今日は我々の作業に同行してもらう。」
まとめ方が明らかに強引であることを自覚しているのであろう
微かに頬を赤くしたイザークに、カガリは笑いながら頷いた。
靴音が鋭利な響きで時を刻んでいく。
システムで管理されている筈なのに、気を抜けば肌が粟立つ。
生命を失った冷たさを温めるには、この人数では少なすぎる。イザークとディアッカに最初に案内されたのは
メンデル調査隊の犠牲者が出た、あの場所だった。扉の前で足を止め、イザークとディアッカが振り返る。
覚悟を確認するような眼差しに、カガリとムゥは頷いた。
扉の向こうに足を踏み入れる、
その瞬間祈るように瞼を閉じた。
言葉は無かった。非常灯の微かな光に照らされた研究室の壁に
迸る様な黒い影が目に入った。
血の跡だと、直観的に感じた。
アスランから2名の調査隊が、その場で命を絶ったと報告を受けていた。
その事実が生々しく迫り、息が止まる。カガリは瞳を閉じ、
彼らに想いを馳せた。Freedom trailの存在が奪った命、
その結実としての私に悼まれ
彼らは何を想うだろう。
今も生きながらえている私の存在を知ったら――許しては、くれないだろう。
それでも。
カガリは瞳を開いた。
叫びのような血痕を見上げる。
これが、Freedom trailの力、
命を、
人の尊厳を、
そして世界を砕く程の。「こうして生まれてきた私だからこそ、
すべきことがあるんだ。」知らず呟いたカガリの言葉に
イザークとディアッカは確信の表情を浮かべた。
人は乗り越えられると、
血塗られた軌跡を。
ディアッカが研究室のシステムを復旧し、
ムゥとカガリは手分けして研究室を見て回ったが、これと言った発見は無く
周辺の研究室を当たったが、結果は同じであった。
テロによって荒廃した研究室は、所々埃が拭われている個所があり
既にアスランやキラ、イザーク達によって調査されていることがうかがえた。
カガリは旧式の実験機器に触れ、ざっと視線を流す。
メンデルに入った時にムゥが言っていたように、小型の火器で傷つけられた跡が目立つ。
痕跡に感情を感じられない。
凍てついた心の冷たさも、
燃えつくすような憎しみも。
まるで反復作業のような痕跡。――誰がこんなことを・・・。
一瞬過ったケイに、カガリは首を振った。
――きっと、ケイじゃない。
一度だけ見せた人懐っこい笑みはキラにそっくりで、
優しく強い子なんだと自然と思った。
ケイで無ければ、一体誰が成したことなのか、
思考のままにカガリは周囲を見渡した。
メンデルの何処かに、ケイだけではない何者かが潜んでいると思って間違いない。
彼らがシャトルを襲撃した犯行グループなのか、または別の者たちなのか。
もし、犯行グループであればケイも与していることになる。
今も奴等が動かないのは、機を覗っているのか、
それともケイが胸の内に留めてくれているからなのか・・・。
または、犯行グループとは別の者たちであるなら、何故ここに留まるのか。
ナチュラルとコーディネーターが争いを繰り返すこの世界から排除された者なのか、
それとも、この世界を見限った者なのか・・・。全てはカガリの憶測でしかなく、仮説を重ねた分だけ
沼に落ちるように思考は何も掴めぬまま沈んでいく。「どうだ?」
ディアッカの声でカガリは我に返る。
「いや、これと言って何も。」
カガリが小さく首を振ると、ディアッカは続けた。
彼にしては珍しい間が空いていた、言いづらいことなのかもしれないと
一瞬カガリは思った。「次に案内したい場所は、
ユーレン・ヒビキとヴィア・ヒビキの研究室だ。」瞳を見開いたカガリに、ディアッカは静かに堪えた。
勝手に踏み込まれたくないだろう、
自分の生まれてきた場所に。
しかし、返ってきた表情にディアッカは驚かされた。
何故ならカガリは、淡い笑みを浮かべていたから。「ありがとう、行ってみたかったんだ。」
ディアッカは長い溜息をつくと、降参とばかりに両手を上げた。
イザークとディアッカがカガリとムゥを連れて行きたかった部屋は2つ、
イザークとディアッカの目的であるFreedom trailの調査のためだけではない
2人を思っての計らいでもあった。
Freedom trailの情報が流出した研究室は、
カガリとムゥが望みながらも口には出さないであろうことを察してのこと。
そして二つ目はユーレンとヴィアの研究室は――
調査隊の自損事故が発生した研究室とは別の棟にユーレンとヴィアの研究室はあった。
それはカガリがケイと出会った棟だった。
扉の横のプレートにはユーレンの名が刻まれている。
傷を隠すように積もった埃に、時の隔たりを感じる。
当時の未来にいる自分と、
当時を保ったままの今を感じる。「俺たちは奥の研究室から調査する。」
そう一言残して、イザークは背を向けて歩き出した。
と、ディアッカがカガリの肩を叩く。「多分、キラ以外、誰も入ってないと思うぜ。」
カガリは驚いた瞳でディアッカを見詰めた。
まさか、イザークとディアッカも立ち入っていないというのか。
調査隊の彼らが、何故――「俺もそう思うぜ。」
そう言って、ムゥとディアッカはイザークに続いた。
彼ら“キラ以外”と言った。
――アスランも・・・?
もう一度研究室のネームプレートを見上げた。
キラやアスランの調査隊がこの研究室を見つけられなかったとは考えられない。
この扉の前に、きっと2人も来たはずだ。『じゃぁ、俺は戻るから。』
ふとアスランの声が聴こえた気がした。
驚いたキラの顔、
穏やかなアスランの眼差し。
言葉を残して背を向けて、きっとアスランなら――奥の研究室へと向かう3人の背中に、アスランの姿を重ね
心をくすぐるように微笑みが浮かんだ。――きっと同じように、
キラを残して、行っちゃうんだろうな。
「ありがとな。」
呟いたカガリの言葉は
時が止まったような空気に溶けた。開いた扉の先、そう広くない研究室を見渡す。
ユーレンとヴィアが生きた研究室だと聞かなければ特別な感情が湧かない程
他の研究室を変わらない。
自分の直感をカガリは素直に納得した。
ヴィアの意思が貫かれた研究日誌を思い出し、
彼女がこの研究室に有力な情報を残すとは考えられなかった。Freedom trailなど、この魂と共に消してしまおうと。
新たに芽生えた命は
世界を砕く種としてではなく、
限りない希望として解き放とうと。デスクの椅子を引き出した。
埃を被っていないそれに、ふとキラの存在を想い
胸の内があたたかくなる。――キラもここに座って、この研究室を見てたのかな。
椅子が軋む音は、
キラの返事のように鼓膜を響かせた。愛おしいものに触れるように視線を馳せる。
あの時の命たちが
この場所に帰り
互いに馳せた想いこと。それは小さな奇跡なのかもしれない。
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