12-6 捜索中




アスハ代表捜索の特務隊隊長に
アスランが任命されたことを知ったのは
ジュール隊の艦に保護されてからのことだった。

イザークから渡されたオーブから公式発表された資料に目を通し
言葉を失った。
真先に感じたのは
落ちていくような
止められない悔しさだった。

アスランはDDR部隊の隊長として
EPUと共にバルティカ紛争の早期解決の任務に当たっていた筈だ。
部隊の撤退もあり得る程、バルティカ情勢が悪化したことは知っていた。
だが、志半ばで彼をバルティカから引き離し
捜索の任務に当たらせてしまったのは、他でもない自分だ。

――DDRも、アスランの夢のひとつなのに・・・っ。

そんな自分を
許せる筈が無かった。

 

あれは、戦後間もない頃のこと。
連合から紛争解決を目的に軍の派兵を求められ激しくオーブが揺れた時、
DDRを提案したのはアスランだった。

オーブの理念である中立を貫くのか。
貫いた中立のため、奪われる命に目をつぶるのか。
己の理念に閉じこもり、世界の平和へ目を向けないのか。
紛争終結後の開発援助だけがオーブの役目か。
では、連合の要求に屈するのか。
武力だけが平和を築けると、それを認め支持するのか。

紛糾する会議の中で、アスランが発した言葉は
今も胸に熱を持って焼き付いている。

『中立であることが、世界平和の実現に資するものであると思ったからです。』

青翠の瞳にゆるぎない意思を感じた。

『オーブには、歴史に裏打ちされた理念とそのための力があります。
古より氏族が異なる同胞と争いを繰り返した歴史が生み出した理念と、
理念を護り、貫く力と、』

ただ思った、
瞳を重ねれば同じ未来が見える、
そのことがこんなに心強いと。

『そして、
オーブが戦う理由とは“和平と共生”であり、
それは古より変わらぬオーブの正義であると、思います。』

この会議を契機にDDR部隊の組織化が進み、
アスランが中心となって紛争解決のためのプログラムが組み立てられていった。
これまで地球で起きた紛争の内
数は少なくとも解決へつながる実績を確実に積み上げてきた。

そんな中勃発した、コーディネーターとナチュラルの人種を越えたバルティカ紛争。
DDR部隊の隊長として相応しい人材はアスランの他無かった。
アスランがどれ程の覚悟を持ってバルティカへ発ったのか
見送った背中を思い出せば分かる。

――それなのにっ。

イザークの資料に掲載された画像には
捜索隊を指揮するアスランの姿が映されていた。
精悍な顔が、こみ上げる悔しさに滲んでいく。

――私はまた、
アスランの夢を、
自由を、
奪うのかっ。

崩れそうになる体を支えるように
拳に力を込めた。

記憶は容赦ない痛みと伴い蘇る。
かつて、自分の護衛を務めていたアスラン。
片時も離れず私を護る事と引き換えに
夢も願いも自由も、全てを差し出して。

傾き出した世界を目の前にしながら
何も出来ない憤りも、苦しみも、抑えきれない情熱も、
私は気付けなかった。
彼の翼を奪っていたのは、自分だった。

だからもう、
もう二度と
翼を奪わないように。
アスランの夢と自由を
護るんだって。

――私にできるのは、
それだけなのに。

 

 

 

一夜明けて、
胸の痛みはさらに広がっていった。

オーブの民を乗せた脱出ポットが発見されたとの報告を聴けると信じていたのに

「・・・どういう、ことだ・・・。」

オーブの公式発表には、未だ“発見”の文字は無い。

自分の携帯用端末は情報漏洩の防止を目的にイザークに取り上げられているため、
調べ物がある時は艦長室まで来いと言われていた。
端末を操作するムゥの後ろから画面を注視したが、
出てくるのは“捜索中”の文字ばかりだった。
ムゥは苦味を帯びた表情で手を止めた。

「イザーク、そっちにも情報は入ってないんだろ?」

ムゥの問いにイザークは浅く頷いた。
生存者の捜索はオーブ、プラント、ソフィアの三ヶ国連携で行われており、
動きがあれば当然イザークの耳にも入る筈だ。
さらに、イザークとディアッカのことだ、独自ルートで情報収集も行っているであろう。
それでも彼らに情報が入らないとすれば結論は一つ、
未だに脱出ポットは発見されていない。
カガリは、導き出した結論に体が冷え切っていくのを感じた。
そんなカガリを慰めるように、肩に乗ったポポが頬を寄せた。

脱出用ポットが安全な空域に出れば、救難信号を出す筈だ。
それを3カ国そろって見逃す筈は無い。
未だ協力体制が整わない連合であっても、
救難信号をオーブへ報告しないとは考えられない。
順当に考えれば、脱出ポットは未だ安全を確保できていない状況にあると言わざるを得ない。
救難信号を出せば犯行グループに見つかる恐れがあるのか
それとも信号を誰も出せない状況か・・・。
ウィルのあまりに無邪気な笑顔が過り、胸が軋む。
そこまで思考が進んで、カガリは強制的に考えをねじ伏せた。
信じるべき未来は、こんなことじゃない。

ムゥはシャトルが襲撃された周辺空域を映し出し、
思案を巡らせるように口元に手を当てた。
同じことを考えていたのであろう、ディアッカが思考を言葉に変えていく。

「もし、マリューさんが予定通り合流地点へ向かったとしたら、
途中で気付く筈だよな、自分たちの“本当の位置”に。」

彼らが生存していることが前提となっていた。
ここに居る者は皆、同じ未来を信じている。
さらにイザークが続けた。

「ネビュラの存在まで思考が辿りつくかは分からないが、
少なくともシャトルのレーダーが狂っていたことは明らかになるだろう。
その時、どう動くか。」

イザークの視線がムゥに投げられる。
“彼女のことを、お前が一番良く知っているのだろう”と。
ムゥは瞳を閉じ、瞼に浮かんだマリューに微笑むように頷いた。

「マリューなら、合流地点へは向かわずに
地球連合の空域のシェルターを目指すだろう。」

戦闘中、敵機と交わした会話から
ムゥは相手がコーディネーターであると確信した。
同じ頃、脱出ポットのブリッジにいたマリューも
恐らく勘付いていたであろう。
コーディネーターとナチュラルの違いは、
嗅覚にも似た感覚で識別できてしまう。
身のこなしを見て気付くだけではない、
可視化されない何かを感じ取り、分かってしまうのだ、
自分と異なる何かを持つものの存在を。
それはきっと、ナチュラルであろうとコーディネーターであろうと関係なく、
等しく感じ合う感覚。

「犯行グループがコーディネーターである可能性が高いとすれば、
ソフィアやプラントの空域に留まることよりも
地球連合の空域を目指す方が安全だと考えるだろう。
マリューは連合で叩き上げられたんだ、
シェルターに避難するなら慣れている方がいい。」

さらにカガリが言葉を加えた。

「私もそう思うぞ。
マリューさんなら、私達を信じて、
乗客の安全を最優先に考えると思う。」

戦艦で避難していればより大胆な行動に出たであろうが、
脱出用ポットでは戦力にならないことは十分に分かっている。
護るための最善の策は、敵に気付かれずに安全な場所へ身を隠すことだ。
故に、救難信号を発するタイミングにも細心を払わなければならない。
脱出ポットを犯行グループに特定されては、救援が来る前に討たれる。

ムゥはカガリに頷き、さらに続けた。

「シェルターを転々としながら機を覗っているかもしれない。
オーブもプラントもソフィアも、救難信号を受信出来ないんじゃない、
そもそも信号が発信されてない可能性がある。」

そうなれば、見つかるものも見つからない。

「だとしたら、脱出用ポットの乗客は
とりあえず無事だと思うぜ。」

ディアッカの言葉にカガリは勢いよく振り向き、不敵な笑みとぶつかった。
カガリだって言葉のとおり信じている、
だがディアッカの口調には確信が薫っていた。
カガリは真直ぐな視線をディアッカに当てた、“どうしてそう言い切れる”と。
するとディアッカは人差し指を立てて応えた。

「捜索隊隊長は誰だと思ってるんだよ?
もし、脱出用ポットが既に討たれていたら
それをアイツが見逃す筈はねぇよ。」

“それに”と言って、イザークは組んだ足を解いた。

「仮に脱出用ポットが犯行グループに発見されたとしても、
奴等は乗員乗客を抹殺するのではなく
むしろ取引材料として利用するだろう。
例えば、“乗客を助けたければアスハ代表を差し出せ”と。」

「そういうこと。
だから、“発見”の報告も、犯行グループからの動きも無いってことはつまり・・・。」

ディアッカの結論を引き継いだのはムゥだった。

「脱出用ポットの乗員乗客は無事ってことか。」

「ご名答。」

軽やかなスナップの音が、ことさら明るく室内に響いた。
だが、カガリの表情は硬いままだった。
イザークとディアッカの仮説は理解できる、
私だってアスランであればどんな些細なことでも見逃す筈は無いと思う。
そう時間がかからない内にネビュラの存在に気付き、脱出ポットを発見してくれるだろうと信じている。
信じている、だけど。

「苦しい、ものだな。」

カガリは痛みに堪えるように瞳を細めた。
今自分に出来ることもすべきことも分かっている。
このまま静かにここに留まる事、それが今できる全てであり再善の策であることは理解している。
傾きだした世界を目の前に、脅威にさらされたオーブの民の存在を知りながら
何も出来ずに口を噤まなければならない苦しさの覚悟だってある。
そう、分かっている。
それでも、この苦しみに慣れる日なんて一生来ない。

「失礼します。」

その時、艦長室の扉が開いた。
見ればシンとルナが立っている。
2人の姿が瞳に映る瞬間にカガリの表情が一変した。
晴れ渡ったような顔に一点の影も無く、先程の苦しみも不安も見えない。
ムゥは知っている、カガリは感情を消したのではなく、より強い光で見えなくしたのだと。
シンとルナのために。
これ以上、誰も巻き込まないように。

 

「予定通り、昨日の調査を継続いたしますので
本日の工程の確認をお願いします。」

手短に告げるルナに、資料を確認するディアッカ。
ふと、ムゥはシンから警戒の視線を感じた。
ひょうひょうとした笑みを返せば、素直に不快感に歪んだ顔をそむけられ、
ムゥは肩をすくめた。

――いつか、話ができるといいな。

忘れてはいないだろう、
彼女のことを。

 


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