12-5 弱音
「ここがダイニングで、突き当たりがオープンスペースです。」カガリはルナの後に続き、艦内を見て回った。
構造はいたってシンプルで、オーブの戦艦と程変わらないが
何気ない所から最新鋭の技術が見て取れ、
この艦を任されたイザークに対するプラントの期待の大きさを感じた。
白服を纏う最年少記録を大幅に更新したのはイザークだ。
それだけ彼が優秀であることはカガリも良く知っている。
彼だけでは無い、このジュール隊は若手を中心に組織されている。
若い芽が確実に育ち、現実的に台頭している証拠である。
だが一方でそれは、繰り返した戦争でプラントが大人を失いすぎたことも示している。
英知と労苦を注いだ先人たちの上に立つ若者たち。
しかし、彼らの頭上には既にガラスの天井が迫ってきている。
遺伝子によって未来を阻む、ガラスの天井が。「艦内の主な設備は以上です。
何か質問はありますか?」「大丈夫だ。
ありがとうな、ルナ。」「じゃ、今度はお部屋を案内しますね。
こっちです。」
ルナとカガリが艦内を通るたびに、作業中の乗組員の手が止まった。
カガリが赤服を着ていることへの驚きだけではない。
コンシャスなシルエットは、豊かな体のラインを拾い、
深いスリットが入ったスカートからは
すらりと伸びた足が惜しげも無く曝されている。
パンツスーツがトレードマークとなっているカガリの今の姿は
乗組員に鮮烈な印象を残した。そんな様子を遠目で眺めていたディアッカは
「ありゃ、逆に目立っちゃってんじゃねぇの?
なんつーか、エロいわ。」
と口笛を吹き、
「やかましい!」
イザークはそんな彼の意見を一刀両断した。
「お部屋は私と同室になります。
どうぞ。」清潔感漂う部屋を見渡すと、
流石は女の子だ、かわいらしい小物がデスクやチェストに置かれていた。
ベッドには大きなリボンが結われたテディベアがかわいらしく座っている。
チャームにはルナの名前が刻まれており、
両親から贈られたものかもしれないと、カガリは思った。「カガリさまにとっては、ちょっと狭すぎるかもしれませんね。
ごめんなさい、この部屋しか用意できなくて。」「私はとっても気に入ったぞ!」
カガリに言葉にほっとしたルナは、2つあるベッドを交互に指差した。
「こっちが私のベッドで、
カガリさまは奥のベッドをお使いください。」ルナに示されたベッドを見れば、
ピンクのギンガムチェックのベッドカバーが掛けられ
枕の端には苺のモチーフの飾りがついている。
かわいらしくベッドメークされたそれに笑みを深め、
わざわざ用意してくれたルナに感謝しようとした時、
枕もとに丁寧に置かれたテディベアに目が止まった。
おそろいのリボンにキラリと光るチャーム。
そこに書かれた名前を見て、カガリは振り返った。「ルナ、悪いんだが他の部屋を用意してもらえないか。」
突然の申し出に、ルナは驚きを隠せない。
何か気に障る事でもあったのだろうか。「どうか、されましたか。」
カガリは至極優しい眼差しをベッドに向けた。
「このベッド、メイリンのだろう?」
“色もデザインも、メイリンのイメージにぴったりだ。”
そう言って、カガリはたおやかな微笑みを浮かべた。
ベッドには埃一つ落ちていないのは、
メイリンが眠り続けている間も、ルナが手入れをしていたからだろう。
大切な妹が目覚め、この部屋で一緒に暮らす日を願って。ルナは言葉を失った。
カガリの観察眼もさることながら、
何より彼女の気遣いに胸打たれた。
ルナは切なく瞳を歪めると、緩く首を振った。「いいんです、そのお気持ちだけで十分です。
だから、使ってください。」涙を堪えるような声に、カガリはルナの肩に優しく手を置く。
「これもイザークの命か?
まったく、アイツは何を考えているんだ。」一言イザークに言ってやろう、そんな勢いのカガリに
ルナは顔を上げ詰め寄った。「そう・・・ですけど、
でも違うんです。」思うように言葉が出ず、ルナはもどかしい気持ちに駆られる。
この人を前にすると、感情が素直に溢れていくから
コントロールが利かなくなるんだ。「ルナ?」
「私だって、一瞬、悩みました。
でも、メイリンなら、“どうぞ使ってください”って、
きっと笑顔で言うと思ったから。」ルナの微笑みは、優しさの分だけ瞳を潤わす。
今も眠り続ける妹。
大切な彼女のために、現実的な力になれない自分。いつ帰ってきても、気持ちよく迎えられるように、
またあの頃と同じように笑って、
何気ない毎日を暮らしていけるように。そう夢見て、
願って、
祈って。「でも、本当は・・・。」
そう言った拍子に、ルナの瞳から涙が落ちた。
「本当は、さみしくなっちゃって・・・。」
決して口にしなかった言葉は
胸の中で圧縮された分だけ棘を持ち「もう、ずっと
この部屋にひとりで・・・」胸から唇へ、容赦ない痛みを伴い昇ってくる。
止まらない想いは涙と一緒に溢れて「メイリンが・・・いなくて・・・」
自分で受け止められず
ただ落ちていくばかりで。弱音を封じ込めるように口元を押さえたルナを
カガリは強く抱きしめた。
ルナの頭に手を伸ばし自分の肩へ導き
宇宙を仰ぐように瞳を閉じた。この勝気な少女は、
どれ程の寂しさと哀しさを抱きながら
前を見続けてきたのだろう。この部屋で一人、
幾つの涙を落したのだろう。「大丈夫。
メイリンは、きっとこの部屋に帰ってくるさ。」まるで誓いのような響きに、ルナは震える瞳をカガリに向けた。
決して影が差すことの無い暁色の瞳は
糸くず程の絶望さえ混じらない、
そんな強さを感じた。「大丈夫。
ルナの想いは、きっと届く。
届いてる。」仕舞い続けた言葉を零して
空白になった胸の内に光を感じた。今の私みたいに小さくて、
でも、カガリさまのようにあたたかい。――そっか。
ルナは思う。
これが“燈し”と言われることなのだろうと。
オーブの慰霊碑を囲む花々の中で起きる、奇跡。
奇跡を起こす、大地の女神。――違う、神様なんかじゃない。
人なんだ。何を考えているのかよくわからないけれど
今感じたことが全てなんだと思った。
満たされていくと同時に
満たしていく。もう、大丈夫。
ルナは小さく強く頷くと、最後の涙を落とすようにきつく瞼を閉じて、
濡れた頬を手の甲で拭った。「あの、やっぱり、
ベッドはあのままで、メイリンを待っていてもいいですか。」ルナの声には、意思を感じさせる張りがあり
カガリは微笑むように頷いた。「もちろんだ。
私は・・・、そうだな、寝袋で寝るぞ!」元気に言い切るカガリに、ルナは涙を忘れて目を見開く。
「寝袋って、本気で言ってるんですか?!
私のベッドを使ってください!」
「だーめーだっ。
ルナは毎日任務で疲れるだろう?
ちゃんとベッドで寝なくちゃな。」
「いいえ、だめです!
カガリさまこそ、ちゃんとベッドで寝てください。」
「いやだ!
寝袋で寝るんだ!」
繰り返された押し問答の末、
ジュール隊で初めて迎えた夜は
ルナと2人並んで一つのベッドで眠ることになった。
肩が触れるような距離はくすぐったくて
ルナは小さく笑った。
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