12-39 雪原に浮かぶ道





アスランは、アスハ代表保護の第一報を
月基地で指揮を執る捜索隊副隊長であるヴェンゲル大佐に入れた。

アスハ代表捜索の任務中に隊長自ら隊を離れると、
処罰をも免れないアスランの申し出に、
ヴェンゲル大佐は快諾し、何も聞かずに送り出してくれた。
ひとつの約束と共に。
『一つだけ条件がある。
君の忘れ物とやらを、後でこっそり教えてくれないか。』

そして、アスランからアスハ代表保護の報告を受けたヴェンゲル大佐は破顔した。

「ザラ准将、
君はとんでもない忘れ物をしたものだ。」

 

 

オーブ政府及び軍へのアスハ代表保護の報告及び引き渡しの調整はブリッジで行われた。
本艦の総責任者であるイザークと副官であるディアッカの同席は不可欠であったし、
内容は全てのクルー達にも共有された。
ディアッカに言わせれば、

「プラント帰還まで実質的に動くシン達にとっても必要な情報だろ。
え?部下への情報伝達と指示がメンドーだからじゃないぜぇ。」

という理由でクルー達は片耳で通信を聞きながら通常業務にあたっていた。
こんな機会はめったにない、クルー達にとってはオーブ政府や軍のやり取りは新鮮に映ったことだろう。
常夏の風を思わせるおおらかな空気は、ザフトでもプラントでも感じることの無いものだから。
しかし、オーブの空と海に囲まれたような雰囲気に流されてはいけない、
アスランの采配が光り検討事項が次々にさばかれていくため、
クルー達は集中力を切らす訳にはいかなかった。
と同時に彼等は理解するのだ、
アスランは僅か2年でオーブの支柱になっていること。

全ての調整が完了し、気を張り続けたクルー達が凝り固まった肩を下ろした時だった、
最後に捜索隊の艦との中継が始まった。
捜索隊のコンファレンスルームにはシャトルに乗り合わせていた者だけではなく、
クルーも数多く詰めかけ、喜びを爆発させていた。
自らの身を挺して守ってくれたオーブの女神の微笑みが、
ずっと待ち焦がれたそれが、
目の前にあるのだから。
カガリの顔を見るなり、コンファレンスルームは天井が飛ぶ程の歓声に包まれ、
我先にカガリ様へ声をかけるんだと、カメラの前はもみくちゃになっている。
そんな無茶苦茶な状況にカガリは涙をにじませながら笑い、
本来の仕事を忘れた自艦のクルー達にアスランは額を押さえてため息を漏らした。
と、アスランはカガリに目配せをし、カガリは頷くとすっと息を吸い込んだ。

みな元気であることは分かった、
だが、このままではけが人が出る可能性がある。
そして、この状況を治めることができ、それを最も望まれているのはカガリなのだ。

「みんな無事で良かった。」

一人ひとりの顔を見るように、カガリの声はよく通った。

「あんな危険なめに遭わせてしまって、申訳無い。」

カガリは頭を下げる、
沈黙が落ちる事数秒、カガリは再び前を向いた。

「だが、皆のおかげでここまで来ることが出来た。
本当にありがとう。」

シンプルな、だけど感情を豊かに乗せた言葉に、
コンファレンスルームだけではなくブリッジからも拍手が沸き起こった。
そんな光景に、ブリッジの後方に控えていたルナは思う、

――カガリ様はオーブの、導きの光なんだわ。

 

 

こうして始まった中継に、
それまで緊張の連続であったイザークの艦のクルー達は和やかな思いで意識を通常業務に切り替える、
筈だった――

大歓声の画面の向こう側で
まるで天使が飛び出すように人だかりの中からウィルが現れた。

『ママぁ〜っ!パパぁ〜!』

「ウィル!!!」

カガリがアスランの袖を引き
画面に向かって身を乗り出して手を振ると、

「「「「「「「隠し子ぉぉぉぉっっっっ!!!!!!!!!!」」」」」」」

クルーの心の叫びが艦内中で響いた。
カガリの隣で控えていたアスランは間髪入れずに否定する。

「違う。誤解するな。」

隣のカガリも加勢し誤解を正す、

「そうだ、違うぞ。
隠してない。」

「カっ、カガリっ。」

筈が、無意識に爆弾発言を落とし
艦内は阿鼻叫喚で埋め尽くされ、
アスランは焦ってカガリに顔を向けるが
当の本人は元気いっぱいに手を振っていて、かわいい以外の形容詞が見つからない程だ。

確かに、ウィルは隠し子では無いのだから
カガリの言う“隠してない”は真実なのだ。
しかし、

――これでは、俺とカガリの子だって公言していると勘違いされるんじゃ…。

アスランの読み通り、クルー達は興奮に大騒ぎをしており
ルナはメイリンと手を握り合い頬を上気させている。
爆弾を落とした本人は発言の重要性を全く理解せずにウィルと戯れており、
この状況で火消しは無理だ、そう判断したアスランは目元を手で覆ってため息を落とした。
と、そんなアスランの両肩にムゥとディアッカがニヤニヤとしながら手を置いた。

「プラトニックに見えて、ヤルことはやってるもんなっ。」

「ディアッカっ。」

と、言い返した所で状況は何も変わらない。

――何でこんな事にっ。

と、ウィルが小首をかしげた。

『どうしてママとパパはザフトの服を着ているの?
ザフトになっちゃたの?
僕、いやだよっ、ザフトなんて大嫌いだっ!
だって、僕のお父さんとお母さんが死んじゃったのは…っ。』

ウィルは大きな瞳に涙をためて子犬のようにブンブンと首を振る。
ウィルは第二次大戦時に血のつながった親を失った過去を持つ。
さらにテロによって新しい両親を失ったばかりの精神状態を想い、
アスランはウィルの頭を撫でるような声をかけた。

「大丈夫だ、ウィル。
俺たちは服を借りているだけなんだ。
ちゃんと、オーブに帰るから。」

そこにカガリの声が寄り添う。

「そうだぞ。
私も、アスランもムゥも、早くウィルやみんなに会いたいぞ。」

そんな2人の姿は本当の夫婦のようだと、ムゥは思う。
と、後方のシンに視線を映した。

――アイツは今、どんな気持ちなんだろうな。

シンもまた、第一次大戦で両親と妹を亡くしたと聞いた。
きっとシンはウィルの抱く哀しみが痛い程分かるだろう、
そして――

『ほら、ウィルっ!』

画面の向こう側で、アンリがウィルを抱き上げ
じゃれあいながらウィルに笑顔が戻った。

――アンリの哀しみも。

アンリはウィルに視線を合わせると、優しく問うた。

『ウィルは本当にあの人達のことが嫌いなの?
カガリとムゥさんを助けてくれたのに?』

するとウィルは、“じーっ”と音がする程イザークとディアッカ、その背後に控えるシンを見た。
その時、シンの肩が微かに揺れた。

『ウィルのお父さんとお母さんを奪ったのは、あの人達じゃないのに?』

『でも、アンリだってっ。
アンリだって、おなんじでしょっ。』

懸命に紡ぐウィルの言葉から想いをくみ取ったアンリは柔らかに頷いた。

『そうだよ。
俺も、戦争で父上も母上も、家も、大切なものも、なくなっちゃったよ。』

シンが深紅の瞳を見開く。
“王子”と呼ばれる彼は光に満ちていて、幸せに何不自由無く育てられてきたものだと
勝手に思い込んでいたからだ。

『でも、あの時オーブに銃を向けた“人”を嫌いにはならないよ。
俺が嫌いなのは、“戦争”だから。』

シンは雪原に一人、落とされたような気持ちになる。
自分も、アンリも同じだ。
でも――
真っ白な雪原にいくつもの道が浮かび上がる。
どうして互いに違う道を歩んだのだろう。
アンリだって哀しく無かった筈は無い、憎く思わなかった訳が無い、
無力な自分への怒りも護れなかった後悔も、無かった筈がない。
なのにどうして――

雪原の先、アンリの道の先が輝いて見える。
やっぱり彼は光に満ちている。
そしてシンは自らの足元に目を落とす。

――俺の道は・・・。

振り返れば血と焦土で黒ずんだ道が続き、今も自分の足跡は赤黒くにじんでいることだろう。
そして、雪原の先、自分の道の先は、
ウィルに歩んでほしい道は――

『むぅぅ〜ん。』

ウィルの葛藤が漏れ聞こえる。
理解したい、でも心が言う事をきかない。
心をなだめる自らの手、それを止めようとするのもまた同じ自らの手だった。
ウィルだけじゃない、画面を通して出会ったこの場にいる全ての人にとって大切な葛藤は、
見守りたくなる程に愛おしかった。
無意識に、カガリは隣にいるアスランの袖の裾を握った。

と、ウィルは小さく頷いた。
どうやら結論が出たようだった。

『嫌い・・・とは、違う。
でも・・・、銀色のおにいさんはこわいよ。』

3秒間の沈黙の後、
こらえきれずクルー達の爆笑が響く。
恐い人認定されたイザークは米神を引くつかせ、
ディアッカは腹を抱えて呼吸困難になりながら笑い続けている。
するとムゥが

「ルナ、メイリンっ。」

2人を手招いた。

「このお姉さん達は、きっとウィルの友達になってくれるぞ。
それから、シンっ。」

突然名前を呼ばれてシンは肩を揺らして顔を上げた。
画面上には無垢な瞳、その隣にはアンリの真っすぐなまなざしがあった。
そこに過去の自分と今の自分がホログラムのように重なって、弾かれた。
自分は、ウィルにもアンリにもなれない。
過去に、哀しみをアスハへの憎しみにすり替え、平和を言い訳に殺戮を繰り返した自分は、
そして今、ここにいる自分は。

ふいに、ムゥの腕がぐいっと首に巻き付いてきた。

「このシンってヤツはいっぱい遊んでくれると思うぜ、なっ。」

シンの胸の内を知ってか知らずか、
ムゥは軽やかな強引さで落ちかけた心を急浮上させる。
それはスカイダイビングのパラシュートが開いた瞬間のような心地だった。

「今度っ・・・、」

それは何かを突き破るように飛び出した言葉。

「一緒に遊ぼうなっ。」

くすぐったそうに笑ったウィルの顔に、マユの笑顔が重なった。

               


 


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