12-37 遺伝子が鳴る
――きっと、こんな未来もあったんだよな。
ディアッカは艦長室でイザークに報告を行う、白服のアスランを見て思う。
第一次大戦開戦間もないあの頃、
当たり前に描いていた未来が目の前にある。
イザークと、アスランと、ニコルと、
一緒に武功を立てて、――前代未聞のスピード出世で、
4人揃って白服着る日も遠くないって、さ。そう思っていたのに。
来るはずの未来は、永遠に実現しないものとなった。
ニコルは戦火に散り、
アスランは別の道を選んだ。
あの日の未来は懐かしい未来となって瞼に描かれるだけ。
でも、――笑っちゃうだろ、ニコル。
イザークとアスランが揃って白服着てんだぜ。亡き戦友に想いを馳せていると、
「おい、ディアッカ。
聞いているのかっ。」あの日と変わらぬ友の声が飛び、
“はいはい、聞いてますよ。”と軽い返事を返せば「相変わらずだな。」
と、あの日と変わらぬ綺麗な笑みを浮かべる友がいて。
ディアッカはニコルに呟いた。
――これが、俺たちの未来だ。
予想外、
だけど結構いい感じだろ?
艦長室では時系列順に経緯を共有することから始まった。
そのため、最初はムゥからシャトル襲撃後、メンデルに緊急避難をしたこと、
そしてイザークの艦に保護されたことが語られた。
その間、カガリは口を噤んだままだった。
シャトル襲撃後、意識を失って宇宙を漂流している間にあった出来事も、
メンデルの中でケイと出会ったことも、
今この場で話せる内容では無いからだ。
言葉を胸に収めたままのカガリを知ってか知らずか、
アスランとカガリの視線が重なった一瞬、
アスランが微かに頷いたような気がして、
こんな時だけ妙に聡い彼に、カガリは“かなわないな”と肩を竦めた。そして、イザークの艦に保護されてからの報告はディアッカから行われた。
アスランは、遭難からカガリ達を保護したとの連絡があるまでのタイムラグを気にしていたが、
遭難後すぐに保護され、メンデルの調査終了を待っての連絡であった事実を知り安堵する。
が、ディアッカから思わぬ発言が飛び出し目を見張る。「で、2人とも時間があるみたいだし、
メンデルでの調査を手伝ってもらってたって訳。」瞬間的に、イザークとディアッカの意図を読み取った。
この調査の表向きは、使用を禁止された兵器の出所を明らかにするためであるが、
真の狙いはFreedom trailである。
ならば、事実を知る者の人では多いことに越した事は無い、
そもそもカガリもムゥも、メンデルとは深いえにしで結ばれている。
しかし――アスランは複雑な表情のままカガリに視線を向ける。
するとカガリはカラリと晴れたオーブの空のように言った。「大丈夫だよ。
イザーク達には、“全部”話したから。」アスランは驚いた瞳を晒す。
「全部・・・って。」
「そう、全部だ。
大丈夫、だろ。
2人とも“仲間”だ。」国境も人種も越えた、同じ未来を描く“仲間”。
そこにカガリの人としての大きさを感じずにはいられない。
そしてこの姿勢こそ、Freedom trailをめぐる最悪のシナリオを書き換える
唯一の力なのではないかと気づかされる。「で、俺たちの結論としては、
メンデルは奴らの拠点ではない。
しいて言うなら、シンボル、か。」いくらメンデルの捜査を進めても、メンデルはメンデルでしかなかった。
奴等の基地として機能している箇所は無く、
ましてや施設を勝手に改造されている訳でもなかった。
ただし、バイオテロ発生後、何者かが出入りしているとみて間違いはない。
しかし、それを証明する決定的なものは何も無い以上、
メンデルを封鎖する訳にも、人員を割いて監視する訳にもいかない。
つまり、現状維持するしか無いのだ、
クライン議長が不在であるなら尚の事。「で、貴様の方はどうだったんだ。」
アスランの腕を持ってしても、あれだけ機体を損傷する程の戦闘があったことは、
そのまま敵の戦闘能力を示している。
アスランは棚に並ぶ本の背表紙を撫でるように視線を流して、
浅く頷いてから口を開いた。「キラとラクスの婚約レセプションの時に――」
この2人の名前を口にするだけで、おのおのの胸に痛みが芽生える。
「オーブ領海付近に出現した白銀のMSと遭遇し、戦闘になった。」
驚きを強制的に飲み込み、イザークが無言で先を促す。
「結論から言えば、マキャベリと名乗る者が後退し、戦意喪失とみなした。
本来であれば追撃すべきだが、アスハ代表の救出を最優先と考えこちらへ向かった。」そう、それは結論だけであることはここにいる皆が理解していた。
共有すべきは、何故アスランの機体である紅があれ程損傷しているか、だ。
だからこそ、アスランは言葉を探していた、
こんな不可解で主観的な、それでも実際に起こった事実を、どう伝えればいいのかと。
吸い込んだ息が、「マキャベリと――」
彼の名を紡ぐだけで途切れそうになる。
事実から真実を見いだせない違和感が、そうさせるのか。「名乗る者は、MSの操縦に長けているのはもちろんだが、
特筆すべきは銃の腕前だ。
ザフトにおいてもトップクラス、
俺の見立てではシンを上回り、イザークやディアッカに並ぶだろう。」そうであったとしても、アスランの技量であれば損傷はあそこまでには及ばない。
本質は――「問題は俺の方だ。
あのMSと対峙する度に、痺れるような頭痛がして――」アスランは無意識に指先に視線を向ける。
「痺れが全身に伝播するように、自由がきかなくなる。
理由は分からない。」例えて言うなら、
「遺伝子が反応するような――」
アスランが頭に浮かべた言葉が現実の声として聴こえて顔を上げる。
すると腕を組んだムゥが記憶の糸をたどるようにつづけた。「そんな痛みを、俺も戦闘中に経験したことがあるぜ。」
このメンツの中で最も戦場の経験が長いムゥだからこそ、言葉に説得力の重みが増した。
「ラウ・ル・クルーゼとレイ・ザ・バレル。
この2人と戦闘になった時は必ず、痺れるような何かを感じた。」「ムゥっ。」
カガリは振り返ってムゥを見つめる。
2人の名前を上げれば、ムゥと2人の関係性にまで話が広がってしまう事を案じたカガリを
ムゥはたおやかな微笑みで応えた。
何故だろう、そこにマリューの笑顔が重なった。「クルーゼは俺のクソ父親が造らせたクローンだった、
ってことは、イザークも知ってるんだっけか?」深刻さを吹き飛ばすような口調で言い放つムゥに、イザークは浅く頷く。
“なら話は早いぜ”と、ムゥは続けた。「レイは…、証拠は無いが確証はある。
あいつも、俺の親父の遺伝子を引き継がされている。
クルーゼとレイに遭遇する度に、遺伝子が反応していたんだと、俺は思ってた。」ムゥの言葉を聞きながら、アスランは自分が時空の歪みに立たされているような感覚に陥っていた。
何故なら、この頭痛こそが示している――「では、マキャベリと名乗る者は――」
イザークの声が審判めいて響いた。
「パトリック・ザラの遺伝子を用いて造られた人間と言いたいのか。」
マキャベリの声も、
息遣いも、
纏う空気も、
銃線も、
全て記憶の中の父に重なっていた。
寸分も違わぬ程に等しく。どこかで“その可能性”を、アスランは既に用意していた、
それを受け入れられず、
白で塗りつぶすように思考から排除して。「そう結論付けるのは早――」
ムゥの声を遮ったのはアスランだった。
「奴はクローン、なのか…?」
「おい、アスランっ。」
カガリはアスランの袖を引いた、“答えを出すには早すぎる”と。
その拍子に覗き込んだ瞳に映るのは過去と今、
だけどその奥底までは分からない、
例えて言うなら海の水面からは海底が見えないように。アスランは過去と今を描いたまま瞳を閉じた。
感情を飲み込んだまま。「いや、俺には…
パトリック・ザラ、そのものに見える。」父上の最後をこの目で見ている。
そして父上の亡骸は宇宙に散った、細胞ひとつ残らぬ程に。
だから、今この世界で父上が生きている筈は無い。でも――
目の前に現れたマキャベリと名乗る者は、
父上の遺伝子を持つだけではない、
父上の魂さえも持っているように思えてならない。父上には無い命を持ち、
亡霊には無い熱を持ち、
クローンには無い記憶を持って・・・。
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