12-36 敬意という名の悪戯





隣に降り立ったアスランに
イザークは視線を合わせず、
「遅いぞ。
貴様は、いつもいつも。」

一方のアスランも前を見据えたまま

「勝手に集合地点を変えたのは、
そっちだろ。」

二人は小さなハイタッチを交わす。
相変わらずの二人に、ディアッカは肩を竦めた。

と、そこへ渦中のカガリはが文字通り渦を残したまま
アスランの元へと飛んできた。

「アスラン、紅があんなに…。
一体、何があったんだ。
シャトルのみんなはっ。」

その言葉は黄色い声に遮られ、
アスランが“聴こえない”とばかりにカガリとの距離を縮めた時、
格納庫の天井を破る程の黄色い声と野太い叫びが上がった。
クルー達は先程のラブシーンとも取れる光景を目の当たりにしたばかりであるため、
カガリとアスランが並び立つだけで異様な興奮に包まれた。
が、当人であるアスランは、幸か不幸かそういった類に鈍く、
“場所を変えよう”と、カガリをエスコートしてその場を離れようとする。
が、クルー達の目には、アスランは一刻も早くカガリと二人きりになりたいのだと映り、
彼等の興奮は最高潮に達した、
と同時にイザークの苛立ちも最高潮に達した。
規律が乱れに乱れる状況にキレるまであと1秒、
そのタイミングでディアッカがアスランの肩を強引に抱いた。

「お前とりあえず汗流して来いよ。
報告は別室で。
いいよな、姫さん。」

“あっ”とカガリは口を開けると、子猫のように頭をぶんぶんと振った。

「ごめん、アスランっ、気が回らなくて。」

“でも、”と言って、カガリはアスハ代表の表情に切り替わる、
それは鮮やかに。

「状況はどうなんだ。」

自ら手掛けた機体である紅があれ程傷つく戦いをしてきたアスランの疲労はいかばかりかと、
心を痛めながらもカガリは理解していたのだ、
もし奴等が再び現れたなら、出撃すべきはジュール隊ではなくアスランなのだと。
するとアスランは、幕僚長の言う“可愛げの無い笑顔”で答えた、
涼やかに。

「ご心配には及びません。」

その自信に裏打ちされた微笑みに心強さを覚え
カガリはムゥに目配せをして微笑んだ。
人として、ムゥにはシャトルから生還したマリューの様子を伝えるべきことも、
国家元首として、状況と損害と危機管理を行うべきことも分かっている。
それでも今は、アスランを最優先させよう、
ムゥとカガリは等しくそう思った。

 

 

 

 

――心地よい…。

シャワーを浴びながらアスランは瞳を閉じた。
湯の粒が肌に触れ滑り落ちる度に、
体内の疲労が吸収され流れていくような感覚を覚える。
そうして漸く自らの疲労に気づき、アスランは苦笑する。
疲れを見せれば、きっとカガリに怒られるのだろう。

『ちゃんとごはんを食べなかっただろう!』
『また睡眠時間を削って、隠れて仕事をしていたな!』

浮かんだ微笑みは、気を抜けば声が漏れてしまいそうな程で、
アスランはふと気が付いた。
絶望に浸食されそうになった胸の内が、今は幸福で満たされていることに。
君がいる、それだけで。

 

ラフに髪をタオルドライしながらロッカーを開け、アスランは首をひねった。
確か、ディアッカが代用の衣類を用意するという話になっていた筈だ、
が、明らかにこれは自分宛のものでは無い筈だ。
アスランはロッカーを閉めると、別のロッカーを開ける。
次々とロッカーを開けるが全て空であり、
至った答えに、アスランの濡れた髪が逆立った。

「ディアッカ、どういう事だっ。」

携帯用端末の通信越しのアスランの剣幕に、ディアッカは“うるせぇなぁ”と片耳を手で塞いだ。
“なんだよ、アスラン”と返せば、

「とぼけるなっ。
あれを俺に着ろというのか、悪い冗談は止めろ。」

「おいおい、“水も滴るイイ男”が台無しだぜ〜。」

とディアッカが返せば、アスランはディアッカが本気でアレを着ろと言っているのだと確信し
濡れた頭に手をあて、あからさまなため息を落とした。

「頼むから、他のものを貸してくれ。
作業着の余りや、捕虜のための衣類であっても構わない。」

「断る。」

間髪入れずに返ってきたディアッカの返答に、アスランは声を上げる。
全て想定内、そんな余裕の笑みを浮かべてディアッカは続けた。

「俺たちが貸し出せる服はアレだけだ。
嫌なら裸で出てくるんだな。」

と言い終わる前に笑い出したディアッカに、アスランはいよいよ怒髪天を衝く勢いだ。
そこへひょっこりとカガリが顔を出した。

「まぁ、厚意として受け取ってもいいんじゃないか。」
「そうそう、姫さんだって、この通り着こなしてるし。」

密着する(ようにアスランには見える)ディアッカに、アスランの視線は鋭くなる。

「だいたい、何故カガ…、アスハ代表に赤服を。」

するとカガリは困ったような笑顔を浮かべた。

「似合わない…よな。」

「いや、似合って…っ。」

と、勢いのまま本音を漏らしてしまったアスランは羞恥に頬を染めながら、
努めて冷静に続ける。

「いるが、その…、スカートが…。」

と言って、携帯用端末の画面にカガリの下肢は映っていないにも関わらず視線を逸らす。
すると、どう受け取ったのだろう、カガリは再度困ったように笑った。

「ルナに借りたんだが、
私が着ると何と言うか・・・。」

と、カガリが言葉を詰まらせると
ディアッカがそっと耳打ちして、カガリは素直に繰り返した。

「ルナみたいにかわいくならない、うん、そうだな。」

「そんな事は無い、かわ――。」

またしても勢いのまま本音が出かかって、アスランは無理やり口を閉じる。
が、それをディアッカが見逃す筈は無く、

「かわ?」

嫌な笑みを浮かべながらアスランに聞き返し、
その横でカガリが大きな瞳でこちらを見ている。
言わなければならない、そんな空気に観念してアスランは言葉を続けた。

「かわいい、……と、思う。」

ディアッカが“よかったなぁ、姫さんっ!”と豪快に肩を抱けば、
湯気が出そうな顔をしたカガリがいて、
あまりにもかわいらしい仕草のカガリに頬が緩みそうになる、
瞬間、イザークの鉄槌が落ちた。

『貴様等、私用で通信を全艦につなぐなっ!!!』

――ゼンカン…全艦っ。

アスランの眉は再びつり上がり、
これ以上は恨みをかいそうだと、ディアッカは肩を竦めた。

「本題に戻るぜ。
悪ぃけど、あれを着てもらわなきゃ困るんだよ。
お前はアスハ代表を迎えに来た、いわばオーブの特使だ。
その特使様に作業着やら捕虜の服やらを貸し与えれば、
プラントの恥になるって訳。」

ディアッカの言葉を聞き、アスランは“納得せざるを得ない”顔になる。
同じ理由でイザークは最大の敬意を持ってカガリに赤服を差し出し、
カガリはそれを受け取ることで敬意を示したのだ。
ならば、と、アスランは通信を切るとロッカーに用意された衣を手に取った。

――これに、俺が袖を通すことになるなんて……。

 

 

 

 

身支度を整え鏡に向き合ったアスランの脳裏に浮かんだのは
厳格な父とたおやかに微笑む母で。

――今の俺を見たら、何とおっしゃいますか。

――“この姿を見たかった”、そうお思いですか。
   それとも――

アスランはシャワールームを後にした。
ザフトの白を翻して。
            


 


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