12-35 ずっと君を(2)
アスランの沈黙はあまりにも雄弁で、
鼓動と共に聴こえる想いに、
胸が締め付けられる。
想いの分だけ強く、
深く。
ずっと求め続けていたんだと、
あまりに素直に心が震える。すぐ傍で聴こえる鼓動も、
背中に回った震える手も、
優しい指先も、
耳元をくすぐる髪も、
自分を包む匂いも、
全部。息が止まる程強く抱きしめられたまま
光の粒が散っていくのが見えた。
泣いているのは自分の方だった。――ダメだっ。
カガリはそれを捕まえるように腕を伸ばす。
――つらかったのは、アスランの方で
でも、あふれる想いのように煌くそれを消すことは出来ず、
――私に泣く資格なんて…っ。
次から次へとこぼれては、
重なった2人の軌道を描くように散っていく。涙を止めようと瞼をきつく閉じる。
すると、いつの間にか重なった鼓動の音色に真実を見て、
カガリは伸ばした腕を下ろした。
涙を止める事なんて、不可能だったのだと思い知る、
だって、この想いを止める事なんて――出来ない。
カガリは息を殺して唇を噛んた。
いくら想いがあふれても、それをどうすることも出来なくても、
今の自分は
アスランの背中に手を回すことなんて許されない。先の戦争で指輪を外したのは自分で、
Freedom trailの宿命を知って
暁の約束を結んだ時に
手を放したのは自分だ。分かり切った事実が胸を刺す。
数えきれない程味わったこの痛みに
慣れる事なんて一生無いのだろう。でも――
カガリは想いを飲み込むように瞳を開いた。
アスランの夢と自由を護りたい、
だから引いた二人を分かつ境界線。
それを越えて、泣いてすがるなんて許せない。
カガリはアスランとの距離を取ろうと腕に触れる。すると背中にあったアスランの右手がカガリの頭に置かれ
そっと肩口へと導かれた。
こんな時でさえ護ろうとしてくれるアスランの優しさに、
涙があふれた。「アスラン・・・、ごめん。」
声のか細さが今の自分を如実に表していて
カガリはぎゅっと目をつぶる。
すると、返された言葉にカガリは
大きく瞳を開く。「謝るのは俺の方だ。」
「どうしてっ。」
想いのままに上げようとした顔を、
大きな掌で制された。
事の全ての責任は最高権力者であるアスハ代表に帰し、
アスランを追いつめたのは自分なのだ、
彼が謝る必要なんて無い。
カガリはアスランの謝罪を全力で否定したかったが、
未だ震えたままのアスランの手を前に、何も言えなくなった。
だから肩に額を当てたまま、続く声を待った。落とされた言葉は
細く掠れて「ずっと、恐かったんだ。」
聞き違いでなければ
「うん。」
微かに震えていた。
「君を…、
カガリを失ったらと、思うと…」今度こそカガリは勢いよく顔を上げた。
アスランの表情は透き通る程蒼白で喉が詰まる。
だけど、カガリはこじ開けるように息を吸った。――伝えなきゃいけない。
上手く呼吸ができず喉が痞える。
――伝えたい。
力づくでカガリはぐっと視線を強める。
きっと今、アスランに必要な言葉は
自分にしか言えないのだから。「わっ、私は、そう簡単には死なないぞっ。」
たどたどしい声とは裏腹に瞳は暁の光のように強かった。
アスランは驚いた瞳を無防備にさらすと、
くしゃりと困ったように微笑んだ。「そうだな。」
「それにっ、
無茶をした私が悪い。」瞼を伏せたカガリは、
“カガリが無茶をするのは知っている。”と、
優しい雨のような声で再び顔を上げる。
真っすぐな瞳が重なった。
瞳の中に自分が映る、
奇跡の中に包まれて。「ずっと君を見てきたんだ。」
跳ねた鼓動に、カガリの頬は花が開くように色づいていく。
――わっ、わわっ。
自分の全部がアスランに伝わってしまう、
そんな焦りからかカガリの全身が驚いた猫のようにピンと伸びた。
一方のアスランは「だから、君の無茶に対応でき無かった、
落ち度はこっちにある。」常と変わらずストイックな反省の弁を述べていて、
自分ばっかり焦っている現状に悔しさがむくむくと広がる。――なんでアスランばっかり余裕で。
そこまで思考が至り、カガリはアスランの腕を引くように触れる。
アスランの余裕が示すもの――「シャトルはっ、みんなは無事なんだよなっ。」
アスランは晴れ渡った空のような笑顔で頷いた。
「全員無事だ、
マリューさんも、ウィルも、
みんな元気だ。」カガリは飛び跳ねる勢いで振り返った。
「ムゥっ!
マリューさんは無事だってっ!
シャトルのみんなも…。」言葉は、喜びの知らせであるはずなのに結ばれなかった。
振り向いた先、ムゥを含めたクルー達の空気がおかしい。
彼等は一様に固まっているのだ、
ムゥとディアッカとイザークを除いて。
こちらを見上げてある者は目を見開いて、
ある者は口をあんぐりと開けて、
そしてある者は頭に両手を乗せている。
カガリは“ふむ”と口を閉じて小首をかしげた、
と同時に、先に気づいたアスランが「いやっ、違う。
誤解だっ。」と、彼らに向かって叫んだ。
その表情は先ほどよりも青白く、ほんのりと頬が染まっているような――指笛の音が聴こえて視線を向ければ、音の主はディアッカで、
その隣のイザークは米神に手を当て首を振っており、
最後にムゥが爆弾を落とした。「お熱いねぇ、お二人さん♪」
「いちゃいちゃするなら他所でやれっ!」
止めを刺したのは意外にもイザークだった。
ボンっ、と確かに音がしたのではないだろうか。
カガリは耳まで真っ赤になると、
“ちーがーうー!!”と叫びながらムゥに向かって急降下。
地上のクルー達は、ある者は黄色い歓声を上げ、
ある者はディアッカに続いて指笛を吹き、
そしてある者は“うわぁぁぁ〜”と声にならない叫びを上げ、
残りの者は宇宙を見上げて静かに涙を落とした。
アスランは細く長い溜息をついた。
自分の行動に責任を持てと、何故か父上の声を思い出し
浮かんだのは優しい苦笑いで。
カオスと化したクルー達の波の上に降り立つのは相当の勇気がいるが、
ここから逃れられる筈も無く、
観念したかのように緩やかに下降した。視線の先では、世界で一番愛しい人が、
頬を赤くして子猫のように飛び跳ねている。
そのかわいらしい姿に目を細め、
胸の内で“ごめん”と呟いた。夢のように消えたぬくもりに寂しさを覚えるのは、
きっと贅沢な事なのだろと、
アスランは優しく手を握った。
そのぬくもりをずっと閉じ込めておきたくて。
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