12-34 ずっと君を(1)
カガリが宇宙に轟く爆音を聞いたのは
着艦して間もない頃だった。
救難ポット内のモニターは格納庫を映し出していたため、
カガリの声が飛ぶ。「ルナ、どうしたっ。」
≪敵艦が…爆発しましたっ。≫
カガリの声が硬質に変わる。
「爆発…っ。
どういうことだ。」≪状況的に、こちらから撃ったとは思えません。
恐らく自爆かと。≫「わかった、すぐに確認させてもらう。」
と言葉を結ばない内にカガリは防護服を脱ぎ捨てると
救難ポットから飛び出した。
アスランは怒りという言葉では括れない程の感情を視線の先にぶつけていた。
もはや塵芥と化した空間、
そこに確かに奴等は存在していたのだ。
そして、――今も、どこかで・・・っ。
血液が沸騰し
火の粉が躍るようにチリチリと痺れる指先を握りしめる。
いくら体と感情が熱を持て余しても
思考は清流のように冷たく淀み無く流れていく。
今すべきは現場の保存、
そして情報収集だ。
例え全てが塵と化していても、
爪の先程の小さな手掛かりでさえ逃す訳にはいかない。そんなアスランの思考を読んでか、
ディアッカが声をかける。≪おい、アスラン。≫
“何だ。”と返されたアスランの声には
全てを焼き尽くす熱と凍てつくほどの冷気が混在していて、
シンは口内で“やべぇ。”と呟く。
シンから見れば、今のアスランは未だ解けない殺気に満ちており、
触れれば骨まで絶つ刃のようだ。
こんなアスランに飄々と声をかける上司は、
勇敢なのか腐れ縁故に成せる技なのか…。
いずれにせよシンは、
触らぬ神に何とやらと口を噤んで事の成り行きを注視する。≪一度艦に戻らなくていいのかよ。≫
「その前にすべきことがあるだろう。
現場の保存状態が保たれている間に捜査と検証を――。」≪その前に、姫さんの無事を確認しなくていいのかって。≫
差し込まれたディアッカの言葉はまさに不意打ちで
アスランの動きを完全に止めた。「どういう事だ。
既にポットは回収されているだろう。」言葉のテンポの緩やかさの奥に凄みを感じ、
シンは息を止める。≪そ、俺らが回収した。
でもお前が来るまでの間に何も無かったら、
こんな事態になって無い、だろ?≫ディアッカの言葉は結ばれること無く、
アスランの紅の軌道によって絶たれた。
鼓動が、
痛い。叩きつけられるような痛みにアスランは顔をしかめた。
喉を締め付けられたように呼吸が上手くできず、
無意識に目を凝らした。
視界を過ぎていく星々の速度が
もどがしい程遅く感じるのは何故だろう。アスランの脳裏に、イザークの表情が蘇る。
アスハ代表捜索隊の旗艦リュミエールのブリッジで
画面越しにイザークは言った、『“どちらも”丁重に保管している。』
――もし、イザークに保護される前に
カガリの身に何かあれば、
あの時イザークは別の言葉を選んだはずだ。そして、ディアッカの言葉もアスランは否定する。
『お前が来るまでの間に何も無かったら』
そう、“何か”は起きたのだ。
しかしそれはカガリの身を脅かすものであっても、
現実に傷をつけるものでは無かった、
その筈だ。――だって俺は…、
『アスランっ。』
カガリの声を
聴いたんだ。
この耳で。
彼女が生きていると――。
でも――
ここに来て、思考は逆回転を始める。
腕を捥がれても、
声は出せる。
その身に傷は無くとも、
胸を抉られる事もある。心を映すように浮かんだカガリに
アスランは悔いるようにぐっと瞼を閉じる。――君なら。
例え腕を奪われても立ち上がり、
心が砕けても光を照らすだろう、
誰かを護るために。「カガリ、
君はっ。」求める、
心のままの声が
宇宙に吸い込まれた。
紅が帰艦し、格納庫は整備士だけではなく
アスランを迎えるクルー達で熱気に満ちていた。
ヒーローを見るような目で興奮そのままに待つクルー達を横目に
ヴィーノは“まるでお祭り騒ぎだな。”と肩を竦める。
肩を組んで、雄たけびを上げ指笛を吹く者までいる。アスランは単騎で一瞬で、勝敗を決したのだ、
“まぁ、こうなっちゃうのも仕方ないか。”と結論付け、
ヴィーノは持ち場へと駆け出す。
技術者にとっての戦場は、これからなのだ。しかし、格納庫に運ばれた紅を見て
ヴィーノは言葉を失った。
あれだけ、
MSを大事に扱うアスランが、と。
どれ程激しい戦闘を経てきたのであろう、
ボディの損傷は激しく、
宇宙空間で全て熱は放出された筈なのに、
紅からは蒸気が上がっているかのような熱を感じる。ヴィーノはグローブを締めなおすと、
インカムでアスランとの通信を開始した。「MSの点検後、修理及び燃料の補充をします。
分かる範囲で損傷個所を教えてください。」が、
≪修理も燃料の補充も不要だ。≫
返されたアスランの凍てついた声に刺され、
技術者達は動きを止めた。「でもっ。」
それでもヴィーノは食い下がる、
≪国家機密だ。
機体には触れるな。≫が、全てを断ち切るような響きに
格納庫の空気が一瞬で変わった。
全てを黙らせる、殺気。
最早、機体はおろかアスランにさえ触れられない。
出迎えのために集まったクルー達は、
アスランから発せられる圧力を前に
凍結したように立ち尽くした。
コックピットのハッチが開いた音が、殊更に大きく聞こえる。
ヘルメットを外し、緩やかに下降してくるアスランが
苛立たしげに首を振る。
その拍子に光の粒が空中を舞う、
そんな音さえも聞こえそうな程の無音が空間を占める。
そこへ、
タトン
軽やかなステップの音が響く。
硬直したクルー達は辛うじて動く視線だけで音源を確認した、
カガリが床を蹴った音だった。彼女はまるで翼を授かったように翔び上がる。
「アスランっ。」
真っすぐな声が
響く。
無音の世界を
染める。
コックピットから下降してきたアスランが見開いた瞳は
苦しげに歪む。
カガリはその顔を知っていると直感する。
アスランが泣きたい時の顔だと。
カガリは瞼を伏せる、
自分はアスランにそれだけの事をしてしまったのだと。「アスラン、ごめん。
私・・・っ。」カガリが顔を上げた瞬間、
強く腕を引かれた。
続く筈の言葉は、
アスランの腕の中で途絶えた。
←Back Next→
Top Chapter 12 Blog(物語の舞台裏)![]()