12-33 姫の騎士(2)





アスランの瞳に宿る蒼い炎が
高く火の粉を上げて燃え上がる、
自身を焼き尽くす程の勢いを
鎮める事など出来ない。
宇宙と紅の接点が
蜃気楼のように蒼く揺らめいた。

 

 

 

 

空間を通り越してアスランの殺気が伝わり、
ルナは瞬きも呼吸さえも忘れて
事の成り行きを注視していた。
それでもルナは、カガリを収容するという任務を滞りなく遂行できる精神力を持つ。
モニターでルナの動きを確認したイザークは浅く頷いた。
配役は間違ってはいなかったと、
そして、何か匂う、とも。

「ルナマリア、速度を上げろ。
即刻帰艦せよ。」

イザークは再度敵艦へと視線を向けた。

 

 

 

嘲笑とも取れる声が敵艦から響いた。

≪それで姫を護ったつもりか、
アスラン・ザラ。≫

紅の纏う空気は揺れない。

≪このままでは、
お前はいずれ偽りの騎士となるだろう。≫

≪何故なら、我々こそが真の騎士であるからだ。
真の平和を実現する術も、力も、
我々の手にある。≫

≪そして、姫の願いも。≫

その言葉を最後に敵艦はわずかに後退し、一気に加速した。
それは投降の放棄を意味する。
即ち、彼等は戦闘を選んだのだ。
アスランは主砲の引き金に力を籠める、
その指を止めた。
可視化されない違和感が、指の動きを止めさせたのだ。

ここで後退すれば確実にアスランに討ち取られる事は明白だ。

――何故、後退を…。

この場所に辿り着くまでに張られた幾重もの糸、
それに似た予感をアスランは覚える。

艦に集約されるように後退するMS1機に自ら開発した兵器ハーネスを撃ち込んだ。
ハーネス内部に埋め込まれたウイルスがMSのシステムを乗っ取り、
動きを封じ込めると当時に確保するためだ。
しかし、実際に引き金を引いてさらに違和感が膨れ上がる。
アスランはハーネスを撃ち込んだMSを置き去りにして、敵艦を追う。
しかし、違和感は近づく足音のように警鐘を鳴らす。

実戦の数は少なくないと自負している、
だが、こんな戦闘は初めてだとアスランは目を凝らす。
戦場では剥き出しの感情を肌で感じるものだ。
殺意、憎悪、恐怖、痛み、諦め、哀しみ…、
様々な感情がぶつかり合い、散っていく。
しかし、ファンネルを向けたMSからも主砲を向けた敵艦からも、
一切の感情が流れていなかった。
彼等からは生命の熱のようなものも感じられない。
それは、MSにハーネスを撃ち込んで確信に変わった。

――まるで俺だけがシュミレーターの中に迷い込んだような…

自らの言葉にアスランは打たれる。

――シュミレーターっ。

アスランの予感は、ハーネスで撃たれた筈のMSの動きによって確信に変わる。
あのMSは自動操縦でイザークの艦へと向かうようプログラムした、
しかし、

「何故、自由に動けるっ。」

ハーネスで撃たれた直後は動きを止めたかのように見えたMSは
敵艦へ集約されるような進路を採り、最大速力で向かっている。

「この短時間でウイルスを破壊し、システムを復旧させたと言うのか。
まさか、そんな事がっ。」

出来る者を、アスランは一人だけ知っている。

――キラだったら。

同時にアスランは自らの閃きに硬直する、
こんな芸当ができる者がもう一人いるのではないかと。
同じ遺伝子を持った、彼なら。

――ケイ。

ケイにはキラと同じ自由の名を持つ専用機がある、
従って、量産機と思われるあの機体に搭乗しているとは考えにくい。
そして、戦闘の中で感じたことの無い違和感。
この2つが示す新たな仮説――

あのMSを、
いや、この戦場の全てをケイが遠隔操作しているのだとしたら――

≪逃がすかよっ。≫

アスランの思考をシンの声が撃ち抜いた。
我に返ったアスランの視界にインパルスの背が遠ざかるのが見えた。
シンは後退する敵艦を全速力で追っている。
定石であればその行動は正しい、
しかし、

「シン、深追いするなっ。
戻れっ。」

アスランの内の何かが警鐘を鳴らす、
それは経験に裏打ちされた第6感のようなものだった。
だが、その声はシンに届いても響きはしない。
アスランは胸の内で悪態をつくと最大速力でインパルスを追う。
敵艦に近づく分だけ奴等を追いつめている筈なのに、
袋小路に追いつめられていくような感覚が押し寄せてくる。

――間に合ってくれ。

その時だった、左翼後方から進行方向を遮るような火柱があがった。

「ディアッカっ。」

見ればディアッカが主砲である遠距離砲をシンに向かって連射し始めた。
銃線は並みのパイロットであれば確実に撃ち抜かれるラインを描いている。
シンの力量をもってしても速度を保ったまま敵艦の追跡は不可能な程、容赦ない。

≪何すんだよっ。≫

シンの罵声が飛んだ瞬間――
MSのアラートが鳴り響いたと同時に、
モニター上で敵艦の熱量が一気に膨れ上がり、

一瞬の輝き。

宇宙を劈く爆音と共に
全てが消え失せた。

 

 


≪自爆…したのか。≫

爆風を直に受けたシンが驚きの声を漏らす。
シンにとっては、あまりに唐突な幕引きに見えたのであろう。
一方でアスランはどこかシナリオをなぞるような感覚を覚える。
カガリの強奪が不可能と判断した敵艦は、
足跡も手掛かりも存在さえも抹消するように宇宙の塵と化す、
あわよくば、一人でも多くの敵を巻き添えにして――
これもまた、奴等の想定の範囲内だったのではないか。
即ち、奴等は確信しているのだ、
カガリを手に入れる方法は他にもあるのだと。

――それだけじゃない。

自由への軌跡へ続く扉は
必ず開かれるのだと。

目の前の敵は排除した。
大切な人の今を、護ることはできた。

――なのに、

この手は空を切っただけ、
そう感じずにはいられない。
アスランが固く握りしめた拳は
微かに震えていた。
         


 


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