12-31 暗号の解





光の世界が消え宇宙が戻る。
と同時に、ジュール隊のクルーは予想もしなかった局面を目の当たりにした。

アスランの紅は敵艦のブリッジに銃口を向け本陣の動きを完全に封じ、
放たれたMSにはファンネルを向け進路も退路も絶った。

たった一機で、
一瞬で、
勝敗は決した。
あまりにも鮮やかに。

「これが、アスラン・ザラだ。」

イザークの声がクルー達の胸に刻まれる。
あの暗号文の送り主はアスランだったのだ。

“ニュートロンモード、解除”とイザークが命じても
瞬時に反応できないクルー達にため息をぶつけ、
イザークは淡々と解除操作をしながら、未だ衝撃に打たれたままの彼等に解説した。

「放たれたのは核では無く照明弾、それも超強烈なものだ。
これで奴らの視覚を奪い、その間に勝負を決めたという訳だ。」

奴等がカガリとの約束を反故しMSを動かしたのは、
アスランが予想を遥かに上回る早さで到着することに感づいたからだ。
しかし、アスランの接近が判明した時点で既に勝敗は決していた。
奴等は作戦を誤ったのだ、
有無も言わさず力づくでカガリを奪う他、勝利は無かったのだから。
それでもカガリとの約束を守った奴らは、
皮肉にもメンデルの姫に忠義を尽くす家臣のようだった。

さらにイザークは続ける。

「我々の艦をニュートロンモードにしたのは、
莫大な光量で我々およびモニターの視界を奪われないためだ。
ニュートロンモードにしていなければ、
今頃俺たちも身動き一つ出来なくなっていただろう、
奴等のようにな。」

イザークの視線の先では、紅単騎を目の前にして戦艦1隻及び7機のMSが微動だにしていない。
いや、できないのだ。
モニターの視界が正常に戻るまであと30秒はかかるだろう。
イザークは画面上の紅に目を向けた。
互いに一滴も血を流さずに勝敗を決める、

――あの女の望み通りの戦い方だな。

その一方で、

――アスランめ、キレてやがる。

イザークは片側の口角を上げた。
アスランは基本に忠実な戦い方を採る。
常に冷静で無駄が無く隙も無い。
言葉にすれば面白みが無いが、作戦、遂行、収拾、全てが完璧すぎる故に鮮烈なのだ。
しかし、アスランの本当の凄さは彼がキレた時にこそ発露するのだとイザークは知っている。
あれだけ基本に忠実なヤツが、基本も定石も概念も全てを覆してくるその様は
荒ぶる炎のように情熱的で力強い。
まるでリミッターが外されたかの様に、
目的を遂行するためにはあらゆる手段を排除しない、
その様は情熱とは真逆の冷酷ささえ感じさせる。
それ故アスランの全てが予想不可能になる、
“確実に掴み取る勝利”を除いて。

――本当に、敵に回したくない奴だ。

それは嘗ての戦友に対する最大の賛辞だった。

 

イザークは事態の収拾に向かう、
今がその最善のタイミングだ。

「ルナ、救難ポットを抱えたまま最大速力で帰艦せよ。」

≪了解。≫

ルナの応答の後にイザークは軽く息をついてから続けた。

「アスハ代表もご理解を。」

カガリ自身はこのままあの場所で全てを見届けたいと望むであろうが、
アスハ代表の御身を最優先するならばこの決断が最善だ。

≪異論ない。≫

言葉にはアスハ代表としての決断を、
決然とした響きにはカガリとしての選択を感じ、
イザークは浅く頷いた。
アスハ代表としてオーブに帰還すると、
そしてFreedom trailとは別の未来を歩むのだと。
そのカガリの意思を受け止め、
イザークは次いでシンに通信をつなぐ。

「シン、お前も後退しアスハ代表の援護をしろ。」

しかしシンからの応答は無く、代わりに戸惑うような声が通信を通して漏れ聞こえる。
シンは大方、暗号文の解読が間に合わず、
さらにディアッカが故意に暗号文の解をシンに伝えなかったのであろう。

――作戦を無視したんだ、灸を据えられて当然だな。

イザークは続ける。

「ディアッカ、そのマヌケ野郎を後退させろ。」

≪はいはい。≫

「その後、アスランの後方援護に当たれ。」

≪こっちはそのまま待機しとくぜ。
まぁ、俺とディアッカの出番は無いだろうがな。≫

後方に控えていたボルジャーノンに搭乗したムゥからの通信に、

「お願いします。」

と答えると、もう一度布陣を一瞥し艦長席に腰を下ろした。
ここからは全てアスランに任せるのが最善だ。
イザークは“確実に掴み取る勝利”を鑑賞しようと、
ゆったりと頬杖をついた。



       


 


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