12-29 コウノトリ(2)
――こいつは何かを知って…。直感に弾かれたようにシンは問い詰める。
「教えろよ、あんた達は何を知ってるんだっ。
アスランもイザークも、なんで何も言わないっ。」決壊したように止まらない言葉。
「見えない所でヤバイ何かが動いてるって、
これから世界がおかしくなるんだって、
それ位俺だって分かるさっ。
なのにどうしてっ。」シンの脳裏に先の戦争がフラッシュバックする。
真実も、己の正義も
何も知らず、何も分からず、
ただ“敵”という存在に銃口を向け、剣を振りかざした自分。シンは顔が歪むほど奥歯を噛みしめる。
真実を見つけたのは戦後で、
真実を受け入れるにはもっと時間がかかって、
いつの間にか世界は平和になっていって、――でも俺はっ。
シンは何故か滲みそうになる瞳を宇宙へ向ける。
こんな戦い方をしたかった訳じゃない。
こんな風に平和を迎えたかった訳じゃない。シンは、平和へ歩みだした世界の中で戦争に取り残されていた。
否、自ら残っていた、
うやむやのまま戦争を終わらせることはできないと。――だからもう二度と、あんな戦争は繰り返さない。
絶対に。それは誰にも譲れない信念であるのに、
自分の知らない所で世界が傾きだしているのを感じ、
それが何であるのか知る者がいて、
なのに自分には何も知らされず、どうあがいても何も分からず、
とうとう訳の分からない何者かがこちらへ銃口を向けた。銃口を向けられればこちらも構え、
撃たれれば撃ち返す、
そうしなければ護れない。でもこのままでは、あの時と同じだ、
先の戦争と同じように見失う恐怖に駆られる、
自分は何と戦い、誰を撃ち、誰を護り、
そして描いた未来に本当に行きつくのか、と。≪そうだな、≫
胸に渦巻く葛藤に、再び風が吹き抜けた気がした。
それは、母に頭を撫でてもらった幼い記憶のようにやさしい声だった。≪私が無事に戻ったら、話してやるよ。
みんなに怒られそうだけど。≫困ったような笑みが見えるようなため息。
シンの心は一瞬にして凪いでいく。≪でも、誤解するなよ。
アスランも、イザークもディアッカも、
いつかは話す気でいるんだぞ。
ただ、シンを失いたくないから、
話すタイミングを待っていただけで。≫「失うって、俺が隊を降りるとでも。」
“まるで信頼が無いんだな”、そう言わんばかりにシンは口を尖らせたが、
返されたカガリの言葉に硬質な表情に変わる。≪違うよ。
お前を死なせたくなったんだ。
絶対に。≫「簡単にやられる程、俺は弱くない。」
シンの矜持に満ちた言葉。
しかし、≪じゃぁ、メンデル調査隊で失ったお前の仲間たちは弱かったのか。≫
カガリの問いにシンは押し黙る。
弱い者など一人もいなかった、それを誰よりも知るのは自分自身だった。
では、彼らは何故死んだのか。
俺たちは何に彼らを奪われたのか。――分からない…。
≪シン、お前の力を必要としている人がいることを忘れないでほしい。
力はお前だけのものでも無い、
そして、誰かのものでも無いんだ。≫
その時、敵艦を援護するように布陣されていたMSが動いた。
MSは間違いなくこちらを目掛けて直進してくる。「約束が違うじゃねぇかよっ。」
敵艦に対してカガリは自ら向かうと提示した。
しかし約束は反故されたのだ。
シンは舌打ちをして無意識に救難ポットを護る体勢を取る。
敵機5機がフルスロットルで直進、
それを援護するようにさらに7機が後方から近づいてきている。「コイツさえ居なければ。」
両手に抱えた救難ポット、それによって攻撃は制限されてしまうだけではなく、
まともに防御さえできない。――いっそ、コイツを捨てるかっ。
救難ポットを護りながら応戦するための最善策、それは救難ポットを手放すこと。
無論、全ての敵機をせん滅させることを見越しての作戦。
この距離であれば後方に控えるルナの方が、敵機よりも先に脱出ポットへ辿り着ける筈だ。――やってやる。
シンの眼光が鈍びやかに光る。
通信越しに感じた殺気にカガリは≪シン、待てっ。
奴らが動いたのには理由がある筈だっ。≫シンを制止させようと声を上げる。
≪手を出すな、シンっ。≫
しかし、
コウノトリは卵から手を離した。≪シンっ!≫
最大速力で離れていくインパルスにカガリの声は届かず、
カガリはやりきれない思いで首を振ると、
敵艦に通信が傍受されることも厭わずにジュール隊と通信を開始した。≪おい、イザーク、
シンを止めろっ。
アイツをこの戦いに巻き込みたくないっ。≫イザークは“あのバカがっ。”と吐き捨てると
「ルナマリア、至急ポットを回収。
ディアッカ、あのバカをなんとかしろっ」憤慨のため息と共にシートへと腰を下ろし
乱雑に長い脚を組んだ。――段取りが無茶苦茶だっ。
イザークは米神に手を這わせた時だった。
振り返るメイリンの紅い髪が揺れた。「艦長、暗号文ですっ。」
イザークが目を見開くと同時にブリッジ内を一瞥する。
このブリッジに暗号文の真意に辿り着いた者はいない。「何をしている、バカヤロウっ。」
イザークは一足飛びにクルーの間に割り込みパネルを操作する、
その姿を唖然と見上げるクルーを置き去りにして決定キーを叩いた。「あっ。」
小さな声が上がった、どうやら最初に気づいたのはメイリンらしい。
それでも反応が遅すぎる。
イザークは吐き捨てるように言った。「この暗号文が読み解けなかったヤツは全員、
アカデミーからやり直せ。」シンが引き起こした混乱の最中、
イザークの思考に着いて行けず戸惑いを露呈するクルー達。
艦が核攻撃に対応したニュートロンモードに切り替わった瞬間、
ブリッジは光に飲み込まれた。視覚を奪う、
圧倒的で暴力的な光――ブリッジに息を飲む音が幾重にも響く。
誰かが呟いた、「核…なのかっ。」
同じ言葉がクルー達の脳裏をよぎった。
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