12-28 コウノトリ(1)





それは数分前にさかのぼる。

「俺は絶対嫌だからなっ。」

格納庫でパイロットスーツのシンの叫びが飛ぶ。
するとすかさずルナがシンの前に出た。

「嫌がるヤツに務まる筈ありません。
私にやらせてください。」

ことの発端はカガリが、自分を乗せた救難ポットを敵艦まで運ぶ役目を
シンに頼んだことだった。
それを聞きつけたクルー達は一気にシンに詰め寄った。

「いいか、絶対に敵艦にカガリ様を渡しちゃダメだぞっ。」
「隊長の命に背いても、カガリ様をお守りするんだっ。」
「撃て、ぶっ放せ、シンっ!」
「今日のインパルスの装備は最強にしとくぜ。」

――ジュール隊はいつからオーブ軍になったんだよっ。

彼らの言葉を蹴散らすようにシンは吐き捨てた。

「この女が土下座したって絶対に嫌だ。
他を当たってくれ。」

そう啖呵を切ったシンを横に、

「カガリ様のお世話係はこの私です。
最後まで勤めさせてくださいっ。」

ルナは懇願した。
だが、カガリはルナの手を取り

「今までありがとう、ルナ。
でも、今回の件はどうしてもシンに。」

そういうとシンへ視線を向けた。

「シン、頼む。
私を向こうへ連れて行ってくれ。」

まるで“海まで連れて行って”とお願いするような口調で告げるので、
ルナは胸を締め付けられるような想いでカガリを見た。
安全が確約された救難ポットに乗るとはいえ、
何かの間違いで宇宙空間に出ても生存を確保するため、
カガリはパイロットスーツではなく赤服の上から防護型の宇宙服を着用していた。
ヘルメットを外したカガリはまるで常夏の風に吹かれているように涼やかな表情で、
現実とかけ離れたそれがさらに際立ってルナの胸に迫った。

当初の作戦ではアスランの搭乗する紅と合流し、オーブ軍主導のもと全てを治める筈だった。
しかし、
ルナは視線を冷たい床へと落とす。
メイリンの試算ではアスランの到着は間に合わない。
それは即ち、約束通りカガリがその身を敵艦に捧げることを意味する。

――そんなことはさせないっ。

ルナはカガリとつないだ手を強く握り返した。

「私が必ずカガリ様をお守りしますから。」

「ルナ…。」

その篤い想いに胸打たれたカガリは淡く微笑む、その時だった。

「その通りだ、ルナマリア。
お前には後方援護を受け持ってもらう。」

イザークの無駄をそぎ落とした指示が飛ぶ。

「後方援護…ですか。」

ルナの眼光は直ちに戦士のそれに変わる。

「万が一の場合に備え、いつでも出られる準備をしておけ。
それからシン、」

イザークの空気に圧倒的な力が加わる。

「運び屋もできない奴は、今後エースの名を返上してもらう。
お前の機体と共にだ。」

「なっ。」

シンは鋼鉄の床を蹴り飛ばしてイザークの前に出た。

「そんな無茶苦茶な命に従えるかよっ。」

するとイザークは冷徹な視線でシンを切り捨てた。

「命に背き規律を乱す者はジュール隊には不要だ。
ただそれだけだ。」

そう言い残すとイザークはカガリと2、3言葉を交わし格納庫を後にし、
シンにはこの任に就くこと以外の選択肢は残されていなかった。

 



 


――おれはまるでコウノトリだな。

カガリを乗せた救難ポットは卵型をしており、
それを運ぶ自分は、さぞかし大事に抱えているように見えることだろう。
不満と共に噴き出しそうになるため息をシンは飲み込む。
イザークの命により通信の傍受を防ぐためジュール隊との回線は切ってある。
そのため繋がっているのは直接回線のみ。
その相手とは、シンが交わることを避け続けたカガリだった。

艦から放たれた直後はどうせ“話をしよう”とか言われるんだろうと、
そしたら通信を切ってやろうと、そう考えていた。

しかし、

イザークの命に従いシンは宇宙空間を手漕ぎボートで渡るように
ゆっくりと飛行している。
にも関わらず、敵艦まで半分の地点を過ぎてもカガリは何も言ってこない。

――拍子抜け。

今度こそふっと息が漏れた。
と同時に肩が軽くなった気がして、“俺は緊張していたのかよ”とシンは内心慌てた。
その時だった。

≪気苦労をかけてすまない。≫

控えめな声だった。
自分のため息が通信を通してカガリに聞こえてしまったのであろう。
シンは否定した、自分の名誉のために。

「こんなの、どってこと無いですから。」

――そうだ、運び屋なんて取るに足らないこと。
   向こうの艦へ連れて行けと言い出したのはこいつだ、
   俺はただ運べばいい。

胸の内に浮かんだ言葉に嘘偽りは無い筈なのに、
まるで自分に言い聞かせているようでシンは苛立った。

「アイツ、来なかったな。」

苛立ちで浮足立った精神状態だったからか、
シンは自発的に話しかけてしまった。
自分の行動に驚きに目を覆うように掌を当てようとしてヘルメットに阻まれ、
コツンと乾いた音がコックピットに響いた。
もう、何もかもが滅茶苦茶だ。

――全部、コイツのせいだ。

全てがみだされていく、
メンデル再調査の工程も、
ジュール隊の空気も、
そして自分自身も。
普通じゃいられない。

――何なんだよっ。

シンは自ら放った言葉の責任を取るように、会話を続ける。
このまま放置すれば、まるでやり逃げだ。

「あんたは賭けに負けたんだ。
命を担保に賭けをするなんて、本当に無謀な奴だな。」

≪私にはそれ以外、
賭けられるものなんて無いからな。≫

返された声。
シンはヘルメットを被っている筈なのにオーブの風を感じた気がした。
この先で死が待っているかもしれないのにカガリの声は何処までも曇り無い。
それは晴れ渡ったオーブの空のようだ。

――どういう神経してるんだよ、コイツ。

シンはカガリに気づかれないように救難ポットの内部カメラの映像を画面上に映し出す。
するとカガリは淡い微笑みを浮かべているではないか。
シンの苛立ちはさらに高まった。
そして彼自身、自分が何に苛立っているのか分からずにいた。

「アスランは間に合わない、それでもジュール隊は手を出すな――
アンタ、代表首長としての自覚あんのかよ。」

≪大丈夫だ。≫

「だからっ、アスランはどうやったって間に合わないだろっ。
アンタが敵に渡ればオーブはまた混乱に陥る、
分かってるんだろ。」

敵艦までの距離は既に半分を超えている。
インパルスのレーダーを最大限に拡大しても紅の存在は確認できない。
仮にレーダーの端で確認できたとしても、この距離では到底間に合わない。

≪私はこの賭けには負けないさ。≫

焦りとは無縁の声にシンの焦燥の方が加速する。

「強がるなよ。」

≪奴等は私を殺せない。
奴らの狙いはアスハ代表では無いからな。≫

「何言って…。」

“意味分かんねーよ。”そう呟いてシンは首を振った。
これではまるで自分がカガリの身を案じているようではないか、と。
こいつが殺されようと、オーブが崩壊しようと、ザフトのシン・アスカには関係ない。
自分の役割はただの運び屋で、この救難ポットを敵艦に渡しさえすればいい。
MSの操縦を初めて習った士官学校生でさえできる任務であるはずなのに、
乱れる感情は理解できず、振り回され続ける状況に足を踏ん張っているような疲労感を覚え
シンは唸るようなため息を落とした。

――もう考えるのは止めだ。

そう胸に浮かんだ時だった。

≪奴等の狙いは、
私の遺伝子だ。
だから奴等は私を殺すことはろか、
かすり傷一つ、つけることも出来ない。≫

カガリの言葉が理解できずシンは声を上げる。

「はぁ?」

変わらない、
晴れ渡る風のようなカガリの声。

≪私はメンデルで生まれた奇跡の双子の片割れだ。
その遺伝子を奴等は欲している。≫

この響きは真実であると、シンは直感的に思う。
だが、あまりにかけ離れた声と真実に思考が追いつかない。

「あんた、一体…。」

≪これは単なるテロでは無い。
目的は、オーブを壊滅させることでも、
戦争を引き起こすことでも、
世界を混乱に陥れることでもない。≫

声が変わる。
覚悟の響きをシンは聴く。
カガリは放つ、
それがシンに届くことを祈って。
いつか来てしまうその時に、
シンが真実を見つけられるようにと。

≪シン、覚えておいてほしい。
これからお前は、何を護り、何と戦うべきなのか。
そしてその時、お前は何処に居たいのか。≫

シンは驚愕に瞳を開いた。

    


 


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